どういう基準で選ぶのか。福田氏は、「ファンからの愛情が感じられる作品なら残しておいて構わないと思っている」と言う。同チャンネルの広告収入をユーザーと分配することも検討中だ。
こうした試みが利益に結びつくかどうかは不透明だ。また決して安い投資とは言えない。角川の試算では、今後数カ月でプロジェクトにかかる費用は100万ドル(約1億1000万円)に及ぶ。
だが同社の取り組みは、日本のアニメ業界がネットを利用して海外へ進出する道筋を示すものだ。宮崎駿監督(監督作の「千と千尋の神隠し」が2002年に米アカデミー賞長編アニメ賞を受賞)ほか何人かは海外での知名度も高いが、大部分の制作会社は200億ドル(約2兆2000億円)規模の国内アニメ市場だけを対象に映画、テレビアニメ、ゲーム、関連玩具などを制作している。
多くの場合、海外事業で利益を上げるのは容易でない。日本の制作会社や配給会社が海外での使用許諾契約の締結にこぎ着ける頃には、そのアニメ作品は既に動画共有サイトで無料で見られるようになっている。
またネット上での著作権侵害行為の撲滅推進は、それはそれで問題がある。許可を得ずに動画をアップロードしているという点では、ファンも著作権侵害者と変わりはないからだ。
ファンは作品の著作権には無頓着
2006年に日本の地方テレビ局で「涼宮ハルヒ」の第1話が放映されると、たちまち動画がユーチューブに掲載された。ドワンゴ(本社:東京)が運営する「ニコニコ動画」といった国内動画共有サイトでも同様に掲載され、作品はたちまち全国に視聴者を獲得した。非公式の字幕版の動画が登場すると、人気は海外にも飛び火した。ほどなく、登場人物のようにミニのセーラー服に身を包み、2人あるいはグループで主題歌に合わせて踊るファン自身の動画が投稿されるようになった。
日本音楽著作権協会(JASRAC)のように、著作権侵害の急増をユーチューブの責任だとして、問題の動画をすべて削除するよう要求している著作権者もいる。一方で異なるアプローチを取る著作権者もある。アニメ企画制作大手のGDH(本社:東京)は今年3月から、日本でテレビ放映された自社作品を、同日ユーチューブや「クランチロール」その他の動画サイトで海外向けに公開している。
だが大半の権利者はあえて何もしていない。ロサンゼルスを拠点とする映画プロデューサーで、米映像制作管理会社サークル・オブ・コンフュージョンの共同経営者でもあるデビッド・アルパート氏は、取引先開拓のために日本に滞在中、制作会社幹部と会って日本のアニメ作品の海外での頒布権やリメーク権を買い取りたいと申し出た。ところがアルパート氏が作品を見せてほしいと言うと、「相手の答えは『字幕版はありません』とのことでした。それからこちらを見て、周囲を見回してからそっと『ユーチューブでファンが作った字幕版を探してください』と言うのです」。
自作動画作品の複雑な権利関係
角川が動画共有サイトに作品の掲載を容認するのは、国内の同人マンガ家に対する、これまでの同社の扱い方にも理由の一端がある。有能な同人作家は、毎年8月と12月に東京で開催される世界最大の同人誌即売会「コミックマーケット(コミケ)」で自作を販売する。彼らが人気マンガのパロディー作品を売るのを、長年出版社は見て見ぬふりをしてきた。
「こうした作品はほぼすべて違法」と、ポール・ヘイスティングス・ジャノフスキー・アンド・ウォーカー外国法事務弁護士事務所(東京)で知的財産権関連案件を専門に手がける土井悦生弁護士は言う。
20年前、角川は、いちはやく同人マンガ界から新人作家を発掘していた。ユーチューブとの協力でも再び同じ試みをしたいと考えている。ただし、アニメを編集・合成し再構成した自作動画作品の権利の取り扱いは厄介だということも痛感している。こうしたいわゆる「MAD(マッド)動画」は、複数のソースからアニメや音楽を流用しているからだ。
角川はオリジナル作品の著作権者や制作会社に、角川アニメチャンネルへの動画投稿の許可を求めてきたが、断られるケースが大半だ。またユーチューブは特に人気の高いサイトではあるものの、動画共有サイトはほかにも存在し、新たなサイトも次々と登場している。
「まずはユーチューブから、実現可能だということを示していく」と福田氏は言う。将来的には日本国内や中国の動画共有サイトと、同様の取り決めを交わしていきたいとしている。
ユーチューブ利用者側の反応はどうだろうか。6月下旬、ある日本の大学生(23歳)は自作の動画について角川から電子メールを受け取った。「涼宮ハルヒ」のイントロ部分を、成人向けゲームのサウンドトラックと合成した作品で、既に60万回視聴されていた。
ユーチューブでのユーザー名「c0ldcup」と名乗り、匿名を希望するこの大学生は言う。「評価してもらったことはありがたい。ただ、あの作品を作ったのは、アニメを愛するファンの気持ちを代弁するためであって、著作権者に認めてほしかったからじゃない。だから複雑な心境だ」。
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