個人的な錯覚だろうか。実際に要した時間はさほど違わないのに、初めて訪れた土地で目指す場所に行き着くまではとても長く感じ、帰りはぐんと短く思える。
行きがけは迷わないようにと風景などに神経を使い、その後の予定もあって「早く着きたい」との意識が強い。一方、帰途は目的を達した満足感からただ家路へ。これが錯覚の原因だろうか。沿道で記憶に残った光景も往路で目にしたものがほとんどだ。
散策が趣味という尾道市出身の映画監督大林宣彦さんは、かつて散歩は円を描くように心掛けていたと著書に記している。折り返して同じ道を戻るのがつまらなく思えたからだ。
ところが、年齢とともに考えは大きく変わった。道は同じでも、往路と復路では全然違う。歩く向きが逆になってこそ見えてくるものがある。その楽しさを知ったという。
大林さんは人生に例える。折り返すと、がむしゃらに往路を歩いて来る若者たちとすれ違う。その際、往路を歩んだ経験者として何らかのメッセージを送ることができるかもしれないと。
五十代後半の身にとって考えさせられる。若かった往路での価値観や喜び、苦しみ、悩みといった体験を踏まえた上で、目線を変えて進んでいきたいものだ。印象に残らない復路とならぬように気をつけながら。