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From:トビリシ・小谷守彦 許せぬ市民への攻撃

 南オセチア紛争は、大国ロシアによる弱小国グルジアに対するいじめだろうか。またロシアは、中央アジアの石油がロシア迂回(うかい)のグルジア経由パイプラインで欧米に渡らないようにするため軍事介入したのだろうか。

 答えはいずれもイエスだろう。ただ、グルジアを取材した私は、そんな単純化された視点で済まされない、過酷で重層的な民間人への暴力があったことを思い知った。

 グルジア中部の町ゴリは、首都トビリシと南オセチア自治州を結ぶ交通の要所だ。ここではロシアの空爆で100人を超える市民が死亡した。さらにロシア軍の侵攻で市中心部にいた数十人が犠牲となった。

 ゴリからは多くの住民が脱出し、ゴーストタウン状態となった。治安は極度に悪化し、市中心部では市民を狙った発砲が起き、外国人ジャーナリストを含む数人が死亡した。略奪や住宅放火も相次いだ。

 犠牲者のほとんどは、ロシア軍の侵攻にもかかわらず市内にとどまっていた高齢者や負傷者だ。他方、攻撃者は時にはロシア兵であり、ロシアが支援する南オセチア独立派民兵であり、銃を持つ犯罪者たちだった。

 ロシア軍とグルジア軍がまともに戦火を交えたとは私には思えない。ゴリでの取材を終えてトビリシに戻る途中、「ゴリがロシア軍に占領された」との報道が流れたが、ゴリ市内からは砲撃らしき爆発音が数回聞こえただけだった。グルジアの軍役経験者は「貧弱なグルジア軍が、ロシア軍にかなうわけはない」と言う。トビリシ-ゴリ間の目立つ幹線道脇で、グルジア軍は砲身の短い時代遅れの高射砲を空に向けていた。

 南オセチア紛争とは、軍と軍の戦いというよりも、武器を持つ者による無抵抗な市民への暴力ではなかっただろうか。ロシア軍の「残虐行為」や「民族浄化」はトビリシで大々的に報じられ、多くの人がロシア軍の首都侵攻を本気で恐れていた。深夜、人々はテレビの定時発表にくぎ付けになり、首都脱出を相談し合った。ゴリに駐留し続けるロシア軍がトビリシ方向に移動したと米CNNテレビが報じると、皆パニック状態になった。ある旅行代理店の女性は「ロシア兵は私の子供たちの首を切りに来る」と青ざめた。

 グルジア軍も民間人への暴力に手を染めた。人権団体ヒューマン・ライツ・ウオッチによる市民や民兵への聞き取り調査では、グルジア軍による南オセチアでの無差別攻撃はロシア軍以上に容赦ないものとされる。

 憎悪に満ちたこの地域を安定させるため、国際社会は本腰を入れるべきだ。まず中立的な停戦監視団を投入し、世界の視線が注がれていることを知らせる必要がある。多様な民族、宗教が混在するカフカス地域を21世紀の「火薬庫」にしてはならない。

毎日新聞 2008年8月18日 東京朝刊

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