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2006年08月10日  サイマトロン治療機・その3 [医学・科学関連]

なんか、中途半端なぶつ切れ夏休みをとったためか、緊張の糸が切れたみたいで、ここの更新が全然続けられなくなってしまった。お前、こんな馬鹿記事書くのにそんなに緊張していたのか、という正しいツッコミは禁止。馬鹿映像コメント記事に特化している別館の方は、そこそこ続けられるのもまた不思議。そんなわけで、何とか自分を叱咤激励して以前の記事の続きを。

重症うつ病への対応というと、アナフラニールという三環系抗うつ剤の点滴という手があり、これはかなり有用な手段ではあるものの、飲み薬ほどではないが、やはり効果発現には若干のタイムラグがある。私はこれにドグマチールの注射薬を加えたりして、少しでも早く抗うつ作用の発現が得られるようにしている。

(つい最近、麻酔剤の一つであるケタミンで、即時的かつ持続的抗うつ効果が得られるという報告があった。本当なら画期的)

うつ病薬物療法の権威であるキールホルツというスイスの精神医学者がいるが、かなり前にこの人の日本講演を聞いた時、こういっていた。「まずルジオミールを服用させ、150mgまで増量して効果が芳しくなければアナフラニールの点滴を加える。それを何日かやってもダメならECTを考える」というのをかなり愚直に守っているわけだ。もっともキールホルツは、あまりドグマチールが好きでなかった様子であった。デブになる副作用があるからかな。

キールホルツは他にも、抗うつ剤の効果スペクトルというようなことを言っていて、これはかなり怪しいところがあるのだが、一応一つの目安にはなるように思う。もっとも、上の発言でもわかるように、ルジオミールでこと足れりともいうので、なんだか良くわからない面もある。

キールホルツが古典的抗うつ剤について述べたようなことを、SSRIについても誰かが発表してくれれば有り難いのだが、今のところそういうのは聞いたことがない。私は今も、SSRIを症状に対して使い分けると言うことがほとんど出来ないが、少なくとも、こういう例なら三環系よりSSRIかなぁ、という曖昧な目安だけはつくような気がする。

これも皆、他の治療機関でパキシルの無差別投薬をうけ、抑うつに加えて、副作用の吐き気やめまいでフラフラという沢山の人を見た経験のおかげである。主な首都圏大学病院精神科には足を向けて眠れない思いである、ホント。

さて、薬物療法を様々に工夫しても症状は改善せず、間違うと自殺か無理心中でも起こしそうな徴候を示している人に対して、ECTはかなり有効な手段である。私は一般病院で自殺企図を繰り返す重症肺気腫患者に対して、仕方なく廃材の電線と金属片を利用してこれを行ったことがある。ICUでがっちり抑制されていた患者さんが、2度目のセッションのあと、柔らかな笑顔で目覚めたときには、主治医の麻酔科医が驚愕していた。

そんなときでも、麻酔して筋弛緩を取り補助呼吸をする、いわゆる修正型の手順だけは踏んでいたものの、あり合わせ通電装置はともかく、本物の治療器械でも圧倒的にショボイ装置しかないのが難点であった。倫理的な問題からこの治療が攻撃されていたとき、「効くモノは効くんだ」と居直ってこれを続けていた治療者たちは、より安全で効果的なけいれん誘発方法を導入するという、最低限の努力を30年以上やってこず、それは攻撃する側も同様であった。悪いモノはどんな方法であろうと悪いという、一種の原理主義に依拠していたからである。

欧米でもその事情はあまり変わらず、パルス波による誘発装置が80年代に使用可能となった後にも、この治療方法は激しい攻撃にさらされた。攻撃の主要な主体は、ハリウッドの映画俳優が信者になっていることで知られる、サイエントロジー系の団体である。サイエントロジーというのは、精神分析をモデルにして、それを思いっきりトンデモ化して、組織の方は集金機構としてきわめて合理化されているような団体だと思って頂ければいい。その発祥自体に妙なパクリがあるので、精神医学一般に一方的な近親憎悪を向けるのかも知れない。

もう一つ、いわゆる反精神医学の視点からの反発があるが、これは精神科医療がしばしば抑圧的な装置として機能してきたことへの反省から生まれたもので、本来は結構まともなモノなのだ。しかし、政治党派やらエキセントリックな主張で注目を集めようとしたエセ知識人などに利用された面もあり、あまり実りある批判的立場として機能したとは言い難い。そういうドン詰まり潮流はやはりアピールしやすいところにその矛先を向けるので、ECTはいい攻撃材料になったのである。

そういう経過があるものの、米国では20世紀末には約10%のうつ病患者がこの治療を受けるまでになった。むしろ、裕福な層にこれを受ける割合が高いという報告もある。治療期間の短さと、寛解率の高さの結果ゆえであろう。日本でも4年前にパルス波刺激治療装置が認可され、唯一の製品であるサイマトロン治療機が輸入されはじめた。もちろん、それ以前から使われていたはずであるが。

パルス波刺激が何故有利かというと、神経細胞というのは超短時間作用フィリップフロップみたいなものなので、家庭用交流みたいな正弦波ではじわじわと興奮閾値に至る刺激が繰り返され、なかなか興奮に至りにくいからだと考えられる。パルスで刺激すると、一気に興奮閾値まで電位が上昇するので、興奮誘発がされやすいのであろう。

実際サイマトロン治療機では、刺激前に測定した頭部の内部抵抗から導かれる刺激強度の3割程度で充分な誘発が可能である。これが今までの刺激装置なら、術者が選択できるのは電圧と刺激時間だけで、I=V/Rの電流はフルに流れることになる(そのうち脳実質に流れる電流は一部ではあるものの)。ECT治療時の逆行性健忘は今まで仕方のないことだと言われていたが、3割程度の刺激の場合、ほとんどこれが起こらない。麻酔からさめた後もしばらくもうろう状態が続いたりしたこともあったが、これもほとんど起こらないのもダメージの少なさを物語る。

今まで、ECTの効果はそうしたダメージも一つの要素だと言うような、ちょっと乱暴な意見もあったのだが、ことうつ病に関する限り、効果は十分であって、むしろ治療後の頭痛などがない分、本人にも効果を実感できるようである。私のいる病院の救急部には、遷延うつ病者の服薬自殺企図が週に数人は運び込まれるのだが、もうちょっとポジティブな目的で彼らと接するようになれるかも知れない。

などとといいつつ、あんまり仕事は増やしたくないな、というのは正直なところ。いちいち手術室の予約を取るのも面倒くさく、麻酔のいらない磁気刺激治療が早く使えるようにならんかと、さらに無精な願いは募るのでした。

投稿者 webmaster : 2006年08月10日 23:08

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コメント

確かに呼吸を管理下にして・・・となると術者も相当な覚悟で、その上高い機械となると薮が思い付きで手を出すのも簡単でないですね。
匙加減の判らぬ薮が手を出して、薮蛇状態って事にはそう簡単になりそうにない感じで、まあ安心です。


結果的セカンドオピニ、有難う御座います。(当時の医者の数年前の躁転という診断も?ですが)

三環の口渇にはスルピリド・・・フムフム・・・。
主治医はスルピリドには全く抵抗が無い様なので
(多分同世代)もう一度試す価値はありそうな感じ・・・。
将来の保険にサイマトロンのある病院を探しておきましょうかね。

投稿者 二人目 : 2006年08月14日 23:15

>電撃を掛けると言うのは侵襲的な行為ですから
駄目医者の手には渡らないような仕組みが欲しい

一応、ちゃんとした麻酔をかけないと点数が取れないという仕組みは、それなりの歯止めのように思えます。私も昔はヘタな麻酔を自分でやっていましたが、他のスタッフにちゃんと目撃者になってもらうことも目的にして、麻酔科医の同席をルールにしています。

>パルス波では副作用の記憶障害も減る物なのでしょうか?

パルス波でも治療を続けていると刺激閾値が上がってくる傾向がありますが、70%パワーで刺激せざるを得なかった例でも記憶障害は出現しませんでした。

>ドグマチールも無効、ノリトレン、トリプタノールでは著効

わあ、後の二つは懐かしい薬だ。ただ、ドグマチールは抗うつ剤ではないので、単味では効きません。感情の調整作用はあるので、軽い気分障害には抗不安剤と組み合わせて使えますが、うつそのものを改善する力はない。

三環系と併用すると少なくとも口渇は軽減することが多い。ノリトレン、トリプタノールというベテラン薬剤なら、PZCあたりもいいかも。

躁転がある人は、デパケンやリチウムの併用で、抗うつ効果の増強が得られる場合も多いようにも思えます。SSRIとジプレキサというのも何故か相性がいいようですが、薬剤費がクソ高くなってしまうのが難点。

投稿者 Webmaster : 2006年08月12日 01:00

>パキシルが何故ダメなのか?

これは経験則もありますが、文献的にも3~4割の有効率であることは知られているはずです。それ以上に困るのは、食欲不振が激しくて、3ヶ月で10kgやせたと訴えるような人に平気でパキシル20mgを初めから投与し、摂食不能、嘔吐で脱水を来させても平気(なのか鈍いのか?)というような医師が結構いることです。

効く人にはパキシルは有効な薬です。最近、何となくこの薬を使う適応がわかりかけてきたので、使用例はかなり増えています。悲哀感と衝動性あたりがキーになりそうに思えます。

投稿者 Webmaster : 2006年08月12日 00:41

個人的な話ですがSSRIでは躁転、SNRIは無効。
ドグマチールも無効、ノリトレン、トリプタノール
では著効という一人です。

三環系は副作用が辛いですが、出る副作用は数十年来
の経験で判り切っていますから患者サイドでも対応が
容易です。

パルス波では副作用の記憶障害も減る物なのでしょうか?
おそらくサイン波時代の修正型ETCに掛かった人で未だ
記憶が戻らないという人が居ます。
三環系は辛いですが・・・記憶は・・・
主治医も電撃は三環系が効いている内は必要ないとの認識
のようです(サイマトロンの存在を知らない可能性はあり)

何れにせよ電撃を掛けると言うのは侵襲的な行為ですから
駄目医者の手には渡らないような仕組みが欲しい所です。
(精神医学一般に言える事ではありますが)

投稿者 二人目 : 2006年08月11日 15:39

記事の趣旨とずれているので些か心苦しいのですが、パキシルが何故ダメなのか?少し気になりサイト内を検索させていただきましたが、経験則に基づく判断という解釈でよろしいでしょうか?
いちおうgoogleで他サイトも検索したのですが、否定的意見が少ない印象でして、肯定意見を観察しても説得力あるお話は見つかりませんでした。
パキシルを服用されている方々にお聞きすると、(その殆どは不調を訴えるものですが)効果に自覚を持たれているようですので、比較的正常と感じられるお薬が存在するか、を、試したり、要求したりする権利というのは、患者側にあるのでしょうか?また(患者の立場としてはお医者様のプライドは傷つけたくもないわけでして、患者側に薬剤や医療知識が無い前提が成立しているとすれば)、一般的に、合意を得て治療するという考えは不自然なのでしょうか?
対症療法である以上は、ある程度対応速度、経過観察に差が出るのは仕方ないと諦めるべきか、悩ましいです。

投稿者 とおりすがり : 2006年08月11日 04:05

〔ストレスフルなあなたも、すっきり爽やか!寝ている間に安全なECTのクリニック〕という触れ込みで、美容系クリニックみたいな小奇麗なものやったら、すごく繁盛しそうな悪感がしますw

投稿者 はかせ : 2006年08月11日 00:32