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2006年08月07日  サイマトロン治療機・その2 [医学・科学関連]

8月4日の続き。

私が医学部を卒業したのは70年半ば頃であったが、その頃は大学病院の精神科でもECTが日常的な治療法として繁用されていた。その数年前ぐらいまでは、インシュリンショック治療も結構使われていたが、そちらは身体管理が大変なので次第に廃れたらしい。それでも先輩医師から、「破瓜型はインシュリン、緊張型はECT」と適応を聞かされたこともある。

その当時は、もっぱら分裂病に使うものとされていた。うつ病で入院した人に対して、「うつだけとは思えぬ自我レベル障害があるようだ」という理由でECTが追加されたのを見たこともある。ECTに自我障害を改善させる効能があるとも思えず、当時と言えどもかなりいい加減な適用基準であった。

もっとも、その頃でもアメリカ留学帰りの医師は、ECTの適応は重症うつ病に限るべきだと主張していたが、なにせ普通の精神病院では、精神疾患全般に対し、薬物療法で不十分なところはECTで補うというやり方が主流であったので、それを受け入れる人はほとんどいなかった。処置にしても、せいぜいイソゾール静脈麻酔をかけるぐらいで、けいれん誘発は当然のこととされていた。患者さんがけいれんを起こして呼吸が止まっている間、処置側も息が止まる思いで見守るしかないのである。

市中病院に出るようになって、そこがたまたま精神病院ではなく、総合病院だったので、ヒマなときに麻酔の手伝いなどもするようになり、自分がECTをやるときは筋弛緩をとり呼吸管理するやり方を応用するようになった。いわゆる修正型ECTに自力でたどり着いた、といいたいところだが、これはすでに研修医の時に例のアメリカ帰り医師に聞いていたのである。

適応疾患もほぼうつ病に限った。実際、分裂病の幻覚妄想状態にこれをやって効いたような例はあまり見たことがなかったし、記憶の脱失がおこるこの治療法はむしろ妄想的確信を植え付けることもあった。なにより、前もって同意を得ずにこういうバーバリックな治療をするというのが、次第に受け入れられない雰囲気になってきたのも大きい。まず分裂病急性期の人が、この治療法を受け入れてくれることは期待できないのだ。

そもそも、修正型ECTの何がメリットかと言うことに触れるべきであろう。これの解説(例えばここ)では必ず「安全性」が強調されるが、それは少々怪しい。確かに有けいれん法では椎骨の圧迫骨折とか、歯が折れるなどの危険性があるが、そんなもの普通に注意していれば回避できるし、麻酔をかけることの危険性からいえば、あまり比較にはならないと言って良い。

だいたい、なんで外科手術の時に麻酔科医が別につくようになったかと言えば、手術よりも麻酔の危険性の方がある意味高いともいえるからなのだ。凡百の外科医より、スミルノフ教授の方がよっぽど偉い仕事をしているのである。それを、わずか2~3分で済むECTのために、静脈麻酔をかけて筋弛緩剤を打ち、気管挿管までするのだ。危険性という観点から言えば、実にバランスの悪い行為といえよう。

それでもこうしたやり方が欧米で主流になっているのは、先に書いたような「患者さんがけいれんを起こして呼吸が止まっている間、処置側も息が止まる思いで見守るしかない」という、運を天に任せているとしか言えないやり方への不安であろう。近代医療にとっては、メリットがあろうがなかろうが、事態をコントロールすることこそが重要なのだ。

てんかん発作そのものは、連続して起こり続ける重積発作でない限り、そんなに危険なものではない。単発のてんかん発作で、命に影響する状態になるようなことはそう多いことではない。私はそう教えられてきたので、単発のてんかん発作(しかも受診したときにはまず発作は収まっている)で救急受診する人を見たとき、かなり不思議な思いをしたものだ。正直いって、今もそう思っているが、そう言い出すとパニック発作も同じことで、救急病院の懐具合にも関わる話になるので、ここでは詳しく触れないことにする。

それに、たとえ効果が高かろうが、てんかん大発作を敢えて誘発するというのはあまり気持ちのいいものではない。修正型では通電時の筋収縮(これは筋弛緩剤を使っていても、電流が直接筋線維に及ぶので避けようがない)ぐらいで、後はまぶたがピクピクする程度で収まり、無呼吸を強いることもない。その見た目のスマートさと、呼吸が維持されるという数少ない実質メリットが与えてくれる安心感はきわめて大きく、多少の手間などいとわぬ気分にさせるのである。まして、麻酔科医がついていてくれると、術者のすることは通電作業だけなのだから、自分には全然手間などかからないのである。

そんな修正型ECTを20年ほど前からやってきて、不満なのはただ一つ、「器械がダサイ」ということであった。日本で認可されているECT治療機は、大正時代に作ったのではないかと思われるような木箱に、古めかしい電圧計と調整つまみのついた、まるでYMOのLPジャケットに写っていそうなシロモノなのだ。

中身は要するにスライダックで、家庭用の100V交流を幾分か変圧するだけ。通電電極など、なんと綿で出来た訓練用銃剣の先っぽみたいなもので、使用時にはそれに塩水を染みこませて使うという情けなさである。導電ペーストという便利なモノがあるのを知らんのか。麻酔科医が準備をしてくれて、さあ通電というときにこいつを取り出すと、皆がサーッと引くのがわかる程である。

そんな訳なので、2年ほど前にサイリスタでパルス刺激波をだす米国製治療装置が認可されたとき、これでやっとあのしらけた思いをしないで済むと安堵したものだ。値段がかなり馬鹿高く、どうも現地値段よりも相当ボラれているように思うが、代理店を通さないと買えないエグイ仕組みになっている。安心はやっぱり金で買うしかない、ということなのであろう。

気がつけばすでにえらい長文になっているので、実際の使用経験については次回。

投稿者 webmaster : 2006年08月07日 20:02

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■医学都市伝説: サイマトロン治療機・その2全身麻酔下で、筋弛緩薬を使って無けいれんのECTを行う、麻酔科医もいろいろと試行錯誤しながら、... [続きを読む]

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コメント

 麻酔科医をよいしょしてもらってどうもです。

 スミルノフ教授も泣いて喜んでおられましたので、教授に代わりまして厚く御礼申し上げますw

PS:あの古いECTの装置は確かに拷問道具にしか見えませんでしたが、重症鬱のみならず統合失調症にも結構有効でありました。

投稿者 はかせ : 2006年08月09日 00:48