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ちょっと暴走中。
精神医療においての不満。
それはゴールを示さないこと。
ゴールという嘘を引き受けないこと。
患者さん以上に、患者さんの家族に視点にたつならば、
患者さんの病で生活が大きく崩れるわけだから、
これがいつまで続くのか、どうしたら終わるのか、
そういったゴールを明示してほしというのは当たり前の話だ。
患者の立場に寄り添う医師は、
そういった質問には応えない。
「今の病状が良くなるまでどれくらいかかるかわかりません」
「少しずつ変化がありますから一緒に変化をみていきましょう」
そういった返答が恐らくは最良の精神科医の返答。
なぜなら、真面目な精神科医ほど患者に責任を持つから。
自分の言葉に責任を持つということは、
自分の言葉に間違いを許さないということ。
自分の行動に診断に言動に、間違いを許さない。
医者は真摯であろうとするほど、
患者の改善すら認めようとしない。
改善のちょっとした裏側の危うい要因に着目する。
社会復帰を止める。危ういから。
それは極めて正しい判断だし、
僕自身弱っているときは「正しさ」に寄りかかって楽をしてしまうんだけど、
今の世の中、正しいことなんてどこにもなくて、
するさや狡猾さが大事なこととみられてるのに、医者が善意で目指す正しさは
世の中で生きる上でどれだけ「正しさ」を発揮するんだろうか。
今苦しんでいる患者や家族にどれだけ正しさは機能するんだろうか。
本当は、家族に必要なのは、大まかな夢なんだと思う。
どういう状態になったら、もう大丈夫。
そういうのは、論理的には規定できるけど、
「人の顔色を気にして過剰適応してしまう」
「長年やってきた仕事を辞めてやることなくてうつっぽい」
そういう人たちに、そういう人を支える人たちに
「自己主張ができるようになれば大丈夫」
「仕事以外の生きがいが見つかれば大丈夫」
そういう答えは、真面目な医者ほど出しにくい。
あまりにも不確定要素が多すぎる。成功率はどうあがいても7割。
だから大丈夫ってさらっと言えるのは、ビジネスマンか、山師。
でもある意味山っ気がないといい精神科医はやれない気がする。
嘘でもいから夢を作って、夢に向かって自分もだまして
患者も家族も自分もそれに向かう生活(流れ)を整えること。
ある意味目的に向かう生活が整えられれば、それは治療の終結を意味する。
なんか、パラドックスみたいだけど、
混乱した生活を、一つの目的に集約することは
絶対に治療的だ。
治療のゴールを明示するなんて嘘だ。わかってる。
そんなものは明示できない。でも、嘘とわかって嘘を引き受ける人が
社会には必要で、僕らは嘘をひきうけることを求められている。
だから、世の中の人には、
僕らは嘘を嘘とわかりながら引き受けざるを得ないことをわかってほしい。
自分のためでなく、誰かのために嘘を引き受けるわけだから。
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