ロシアとグルジアの軍事衝突に発展した南オセチア紛争の背景や、両国が合意した和平案について、トビリシのチャフチャバゼ国立大学のダビト・アプラシゼ教授(グルジア内政問題専攻)に聞いた。【トビリシ小谷守彦】
--ロシアの軍事介入をどう見るか。
◆ロシアはソ連時代から多くを失った。東欧の離脱やソ連崩壊、さらに中国や中央アジアの役割が増し、今年に入って(セルビアから)コソボも独立した。だが転落の一途だったロシアは今回、冷戦後初めて国外の地域を思い通りにした。ロシアにとり歴史的な転換点であり、冷戦時代のレトリックが復活した。
プーチン首相は国民に強さを示し、ロシアは国連で米国を眼中に置かない態度を見せつけた。豊かになったロシアが軍事力を戦略、装備面で飛躍的に向上させたことをグルジアは身をもって知った。
--ロシアが石油パイプライン周辺などを攻撃した理由は。
◆攻撃は中央アジアからグルジア領内を経由して欧米への石油輸出を許さないという、カザフスタンなど周辺国へのメッセージだ。特にアゼルバイジャンには「ロシアを迂回(うかい)する石油輸出を続けるならアルメニアとの係争地ナゴルノカラバフ自治州の独立を支持する」との脅しも込められている。軍事介入はすべてが冷徹に計算されたものだ。
--今回の衝突はグルジア軍が先に進攻したためとされるが、その実態は。
◆コソボが独立し、(グルジアからの独立を求める)南オセチアとアブハジア自治共和国で緊張が高まった。プーチン首相が「コソボが独立するなら南オセチアも独立すべきだ」と言ったためだ。両地域をめぐるグルジア政府との交渉も活発化したが、サーカシビリ大統領がロシアの挑発に乗ってしまった。
南オセチアの重要なグルジア人の村が砲撃される事件が相次ぎ、グルジア軍が州都ツヒンバリに進出した。ところがツヒンバリの市内には市民はほとんどおらず、グルジア軍は待ちかまえていたロシア軍に攻撃され、撤退を迫られた。ロシアの軍事介入が始まったのはそれがきっかけだ。私はこの話を複数の筋から聞いている。
--ロシアとグルジアが紛争解決に向けて合意した和平案をどう見るか。
◆ロシアに有利な内容だ。合意項目の一つに「武力の不行使」があるが、ロシア軍はこれまでも自らの武力行使を「南オセチアやアブハジアの独立派軍によるもので制御できない」と説明しており、今後仮に武力行使があってもこの主張で言い逃れる可能性がある。また、合意でロシアの撤退が「戦闘開始前の地点まで」とされたが、ロシアはそれ以前から南オセチア内に進出しており、グルジアから完全に撤退する必要はないことになる。
ただ、南オセチアとアブハジアの地位問題の再検討を求めた当初の草案は修正され、グルジアに最悪なものではない。
毎日新聞 2008年8月16日 東京朝刊