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│<< 前日へ │翌日へ >> │一覧2008.08.17
五輪の最中にロシアがなしたグルジア侵攻。ナトーに参加しようとしているグルジアに軍事的圧力をかけ、ロシア経済圏に引きとめようとする野望は、断固これを阻止しなければならない。南オセチア自治州に軍事介入し、グルジア中部ゴリを占拠しているロシア軍司令官は17日、メドベージェフ大統領の指示で撤退を開始したと述べた。しかし、グルジア側は撤退開始を確認していない。 ロシアとグルジアが合意、署名した6項目の和平原則はロシア軍の戦闘開始前の地域への撤退を定めている。しかし何とかぐずって既成事実化しようとしている。国際社会は撤退を早急に監視しなければならない。 ロシアの本音は、南オセチアをロシアに併合すること。そのためにはロシア軍がグルジア領各地に駐留する口実を様々に作り上げるであろう。妥協は決してなしてはならない。 ロシアは今やソ連の時代に戻った如く、プーチン帝国である。強大国の軍事力支配に脅える時代となってしまった。 民主岡田克也氏の、半島「非核三原則」宣言や九条平和国家日本という幻想は国家防衛においても何の役にもたたない。米国・ロシア・中国という核保有国は決して核兵器放棄などするわけがない。経済効率が最大であり、攻撃力の要である核を破棄するはずもない。北の核でさえ、一旦もてば米国はセーブできない。我が国も「守り」を疎かにすれば、チベットやグルジアと同じ運命をたどることは明白。 かって、中国の李鵬首相が「近未来、日本は世界地図から消える」と語り、日本をあなどり、以来、中国は軍事費を年率二桁増やしてきた。それも7兆という日本のODA資金を使い、アフリカなどを懐柔、中国の勢力下に組み込んだ。残金を国防費につぎ込んできたのだ。日本は日本に向けた核配備資金をこともあろうに国税を使ってなさせてしまったのである。 五輪の陰に隠れた感があるが、四川大地震の復興には十数兆円を要するという。その資金の相当部分を日本から吸い上げる腹づもりであろう。中国のしもべである福田康夫氏に相当な金額をせびってくるのは充分予測できる。「人道支援」の美名を使って。そうは問屋が卸すものか。 中国経済はバブル崩壊と輸出の減速で相当厳しくなると指摘されている。総選挙後、民主党が政権を奪還すれば、果たしてどれだけの政治家が中国の要求を拒絶できるのか。 五輪後の中国の経済危機の打開の道は、戦争によって国民不満のはけ口を外部に作り出すことしかないであろう。その際、本当に台湾が先なのか。尖閣、沖縄がまだ安全と安閑としておられるのであろうか。 心して中国を見続け、五輪後の迫りくる危機に対処しなければならない。尖閣は何があっても竹島化させてはならない。 グルジアに日本の危機を読み取れない政治家は退場してもらうしかないのだ。
昨日は中学の同級会に参加した。多くの仲間と再会できたのは実に嬉しき体験である。恩師にも会え、様々に話せた。嬉しき体験でした。
その足でチベット名古屋の総括会に出た。みな非常に責任意識がでており素晴らしき顔つきになっていたのに感動した。かつて会合に参加させていただいたときと大違い。 個々人がこれをやりたい、ここの分野に責任を持って行きたいと自らの意思で発言してみえ、若者のやる気の素晴らしさを感じた。 会議時間の厳守、発言をタイマーにて時間制限するなど、かつてとは大違い。 私も発言する機会を与えていただき、先回の十日の祭りの成功の祝意と感謝を申し述べた。 ミュージシャンの賛同や屋台、フリーマーケットの出展など、新しい企画と行動に取り組んだ成果は大きい。後、同じ志を持ってくれる仲間に会の活動の様子知らせるべくHPなり通信を出して、対外的に会の主張を知らせていかれたらと提案させていただいた。 すでに私が参加する前に議論されてみえ、通信発行とホームページ作成を議論されてみえた。 デモは、若さゆえの不手際など致し方なき部分はあったものの、この時期に中国の欺瞞をアピールし、中日新聞などに報じられたことなど重要な任務を果たしえたと,いまさらながら思う。5輪が終了した後、必ず起こるチベットウイグル大弾圧。これに対して少しでも抑制効果になったのではないかと思う。 チベットIN名古屋の皆さんが仕事との両立の中で、この様な重いと行動を続けてみえることに深く敬意を表したい。 今後の活動は議論の末、以下の如くになりそうです。 チベット・中国近隣問題 近現代研究会 拉致救済 三ヶ根・慰霊 ほかに 音楽関係の活動や 朝鮮・領土・各種情報収集等に役割分担させ活動継続が図られる模様であり力強い。健闘を祈りたい。 アピールだけでは駄目だ、具体的に変革するまでやりぬくと全員が決意してくれていた。素晴らしき決意であり、大いに期待したい。分科会責任者をきめ、新たに内実を深める作業に入るという。学習に力をいれ深き知識と行動を目指す若き仲間に勇気をもらった一日であった。 │<< 前日へ │翌日へ >> │一覧 │ 一番上に戻る │ |