2008年8月17日 (日曜日)

1日という時間

お盆参りツアーも一段落ついて、今日は久しぶりに、のんびりな日。

天気も良いし、ホントはどこかにドライブに出掛けたいところだけど、まだお盆参りの方がお寺にお越しになるので、とりあえず自宅待機。


ヤマを越えて今、家の中でしたいこと。

うーん、
とりあえず
本を読みたい。


という訳で

買いだめて未だ読んでない本を読みながら、時々ウトウトしてた1日。
時間の流れ方が昨日までと全然違う。

あ。
いいなぁ。こんな日。

でも
そんな1日もあっという間に過ぎた。

忙しくても1日。

のんびりできても1日。

油断するな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年8月16日 (土曜日)

お盆パワー

お盆。
 
このやっかいな季節。
  
お盆は確かにお寺は忙しいですが、
別にお坊さんのワタシは嬉々としてこの行事をやっている訳ではありません。
もしも、
ミンナが
「お盆なんて廃止しよう」
とリクエストしてくれるなら、真っ先に辞めると思います。許されるならね。
  
なぜなら、
私は
実体論的な「霊」も「輪廻」も認めない「浄土真宗」という仏教の立場にいる坊さんなので、
一般に
お盆になると先祖があの世から帰って来るだの戻っていくだの言ってる迷信(風習)を信じてお盆参りツアーをしているつもりはまったくないからです。実は。
  
でも
お盆には
ものすごい数の人が
「よく分からんけどお盆だし」
と墓参りをし、
「よく分からんけど、お坊さんお経あげてね!」
というニーズに圧倒され、そして巻き込まれていきます。
  
そんな
この季節にある独特感をワタシは皮肉を込めて
「お盆パワー」
と名付けてます。
  
確かに、
生者も死者もお盆という季節には故郷へ「里帰り」をして、いのちの連帯を感じようという「情」は解ります。
だから、お盆の全部を否定する気はありませんが、
8月のお盆という季節に限らず、
私が手を合わせるとき、いつもそこに真実を伝える存在として、この私を導く「仏」として亡き人はいらっしゃるのではないですか。「霊」ではなく「仏」としてね。
  
だから、
なんとか
お盆という行事にシックリくる意味解釈を求めようとワタシは毎年模索します。
 
昨年のお盆にもブログに書いたけど、
お盆という言葉の語源がサンスクリット語で「サカサマ(に吊るされた苦しみ)」と言う意味だから、
お盆とは、自分の命のルーツを尋ねながら、今の自分の生き方とか考え方の「サカサマ度」をチェックする行事だと理解してます。
  
つまり、今年のお盆参りツアーのタイトルにした
「いま、わたしにとって」
を問うのです。
  
 
ま、以上の事を言ってみたって、この「お盆パワー」の前には全然敵わなくて、ほとんど伝わっていかないですけどね(苦笑)
  
今年も
日本列島バカの壁
「お盆パワー」に完敗です。
  
そして、
この「お盆パワー」は毎年ずっと続くんでしょうな。
  
そして、
ワタシはお坊さんで有る限り、この「お盆パワー」に翻弄されながら、シックリこないまま、お盆参りツアーを毎年続けていくんでしょうな。
  

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年8月15日 (金曜日)

今、

今を大事に生きる。

でも、

この「今」とは何だろう?

刹那的に、今さえよければ、後はどうでもいい、という訳ではない。

過去を踏まえ、未来を見据え、立っている現在。

今こそ永遠。

そして、

一刻たりとも止まることのない今。

でも、目の前の事をやり遂げるのに必死な日々。

そして、先のことは分からない。

どんな展開が待っているのか・・・

でも、ある程度の予測を立てておかなければ、やっぱりダメだ。

でも、そのために、今、具体的に何をしたらいいのか、具体的に分からない。

住職になって2年目。

色んなシュミレーションをしながら、お盆参りをやってきた。

ウチのお寺を支える「人員」が足りない。

将来は、

坊さんも事務員さんも「パートタイム」で雇わなければ

僕だけではやっていけない、

と正直思う。

そして、

自分なりに持っていた「バネ」のチカラが

前よりも弱くなった気がしたな。

数々の「不安材料」を残したまま、

今年も、

許容範囲以上の疲労度を伴って、

お盆がもうすぐ終る。

やっと終る。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2008年8月11日 (月曜日)

疲れた時は甘いもの………しかしっ!

疲れた時は甘いもの………しかしっ!
盆参りツアーも折り返しを過ぎた。快晴のお天気が続き気温が上がるけれど、爽やかな風が吹いていて、カラッとしてるので、例年よりも 暑さ対策が楽だ。

そうは言っても、ちょいとバテ気味。

疲れた時は「甘いもの」よね〜〜〜♪
…という訳で、先日の札幌のお盆参りツアーの帰りに、買ってきたその名も
【ジンギスカンキャラメル】。

ジンギスカンとキャラメルのコラボですぜ。いったいどんな味わい??

興味津々で思わず買ってしまったキャラメル。


さて。
恐る恐る一粒を口に入れてみた。

「…………………。」


むり。

| | コメント (7) | トラックバック (0)

2008年8月 8日 (金曜日)

コンナトキハ

お盆参りツアーで日々たくさんの人と会っている。

お盆に親類一同が集まるのをキッカケに「法事」を勤めるご一家もある。人だらけで足の踏み場もないくらいの家の中。とてもニギヤカでうらやましい。


そういえば
ウチも昔はニギヤカだったな。


なんとか予定のお参りを済ませ、
疲れてウチに帰ってきて、
部屋に

ポツン

独り

夜。

コンナトキハ、
どんなに疲れていても
「誘い」にのって
飲みに出るボクなのでした。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

確認事項

お釈迦様は、
「死後の世界はあるの?」
「霊魂のような実在はあるの?」
といったような 
「ある」とか「ない」とかいつまでたっても結論の出ないジャンルの質問に関しては、「無記」であるとして、解答しなかったと伝えられてます。
なぜなら、
そんな「水掛け論」に没頭しているうちに、目の前にある「大切な問題」を見過ごしてしまうからです。

大切な問題とは、
この私が
一度きり
誰にも代わってもらえない
限りある命を
現在(いま)
生きている、
という事実です。


だから。

好かんのです。
「水掛け論」にしかならないジャンルの話題が。


好かんのです。
訳のわからん「思い込み」で進んでいく話題が。

そんなことで、
ギャーギャー
騒いでいると虚しくなります。


だから、
俺の人生には必要ないのです。
そんな話に頷いているヒマはないのです。


一度きり
誰にも代わってもらえない
限りある命を
生きている「事実」を学ぶのです。

あぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜良かった。
荒唐無稽な事をまことしやかに吹聴する必要のない「教え」に出会えて。

でも、
ある意味、荒唐無稽に逃げられない「厳しさ」があるんだけどね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

«ペース配分