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【社説】

週のはじめに考える ためらいを超えるのか

2008年8月17日

 米大統領選挙の華ともいえる民主、共和両党の大会が今月末から順次開かれます。アメリカらしいお祭りを前に、深いためらいもほの見えます。

 党大会は次期政権にかかわる「顔」が勢ぞろいして結束を誇示する祭典です。また、党の将来を担う若手にとっての登竜門でもあります。

 前回の民主党大会で「一つの合衆国」をテーマに基調演説し、その雄弁ぶりで一躍脚光を浴びたのが無名の一州議会議員オバマ氏でした。わずか四年後、そのオバマ上院議員(47)が次期大統領候補として指名受諾演説をする事態をどれだけの人が想定したでしょう。

「黒人になる」悩み

 演説が行われる二十八日は、キング牧師が「私には夢がある」と演説した日に当たります。

 キング牧師が訴えたのは、「すべての人間の平等」「生命、自由、幸福の追求を含む譲ることのできない権利」をうたった独立宣言の理念が、奴隷解放宣言から百年を経ても黒人には実現していないことへの激しい抗議でした。

 オバマ候補は米国留学中のケニア人を父に、カンザス州出身の白人を母に生まれ、ハワイやインドネシアで育った複雑な経歴を持ちます。奴隷の子孫ではないため、物心ついたころから「本当の黒人」に見られないことに悩んだといいます。

 自著では、ハワイの小学校に転校した時「お父さんは人を食べるのか」と同級生に聞かれたことや、テニス観戦に行った際、手の色がうつるから掲示板の予定表に触るな、と注意されたつらい体験を吐露しています。

 シカゴでの地域活動を経て名門ハーバード大学に進み、イリノイ州上院議員、連邦上院議員と輝かしい経歴を重ねてきたことはよく知られています。

未知への期待か安心感か

 「自分のアイデンティティーとは何か」。オバマ氏個人の半生を貫く問いかけは、超大国の威信低下に揺れるアメリカの現在の姿と重なります。

 オバマ候補への支持がアメリカの理想主義的な「未知への期待感」に基づいているとすれば、マケイン候補(71)支持には現実主義的な「安心への期待感」が見て取れます。

 当選四期目の上院議員。祖父は第二次大戦、父はベトナム戦争時の海軍提督でした。自身も海軍士官学校を卒業後、パイロットとしてベトナム戦争に従軍しました。

 一九六七年、ハノイ上空で搭乗機が撃墜され墜落。間もなく父がベトナムを管轄する軍の司令官に就任したことから「人道的釈放」の対象となりますが、「捕虜釈放は捕らわれた順、との軍紀に反する」として固辞、その後繰り返し拷問を受けた、と親しい記者は記しています。

 イラク戦争は一貫して支持の立場ですが、自身の戦争体験から拷問反対、グアンタナモ収容施設閉鎖を訴えて現政権とは一線を画しています。

 グルジアの南オセチアにロシア軍が侵攻するといち早く声明を出し、親西欧色を強めるグルジア支援の立場を鮮明にしました。国家危機への機敏な対応、という資質をアピールする狙いは明快です。

 種々の世論調査では、オバマ候補が一歩リードしているものの、概(おおむ)ね互角の支持率が続いています。歴史的な不人気に喘(あえ)ぐ現共和党政権下、本来有利なはずのオバマ候補が伸び悩んでいる背景に、初の黒人大統領の現実味を前にしたアメリカのためらいを見るのは難しいことではないでしょう。

 歴史を一挙に数歩進める選択へのためらいは、長かった民主党予備選にもにじみました。

 スタンフォード大学フーバー研究所のスティール研究員のように、アメリカ社会を「過去の贖罪(しょくざい)を求める白人社会」と「免罪符を与える黒人社会」という大きな歴史の枠組みでとらえ、オバマ候補が唱える変革には、この枠組みを変える具体性はまだない、とする厳しい議論もあります。

 好対照をなす両候補者ですが、実際の政策は迫りつつある政権交代期を視野に、現実的なものに接近し交錯しています。

過度の「君主制」の是正

 両候補には、一致し得る大きな共通点があります。アメリカ憲法制定時、起草者たちはアメリカの政体の中に君主制、貴族制、民主制の三つをバランスよく組み込むことに腐心したといわれています。ブッシュ政権下で過度に君主制に傾いた政治を本来の姿に戻すことです。

 その上でどのような新たなアメリカ像をめざすのか。一極世界から無極の時代とさえいわれるまでに激変した世界にあって、二年越しのレースはいよいよ熾烈(しれつ)な最終章に入ります。

 

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