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「水の惑星」といわれる地球だが、水の大半は海水だ。淡水は極地の氷を含めて約3%にすぎない。その貴重な淡水が人々の生命や生活、経済発展を支えてきた。
だが今、人口の増加や食糧の増産、工業開発などによって、世界の各地で水不足が深刻になっている。
まず、飲み水や衛生を保つための水を見てみよう。そうした生活水は1日に最低20リットルは必要とされる。シャワーを2分も浴びれば流れてしまう量だが、その水を手に入れることができない人がアフリカや中国、インドの奥地などに11億人もいる。
■使い過ぎで枯渇も
その多くは1日に5リットルぐらいで暮らす。日本人が300リットル以上使っているのに比べ、あまりにも大きな差がある。水不足に苦しむ地域の多くは、もともと水道や井戸の設備が貧弱なうえに、人口が増えている。
農地化や工業化が進むにつれ、水が足りなくなるケースもある。
中国の黄河では、農業用水や都市用水を取り過ぎて、水流が河口まで届かない「断流」が相次いでいる。
米国中西部は、巨大な地下水層を水源に「世界のパンかご」といわれる大農業地帯に発展してきた。ところが、水をくみ上げ過ぎたため、いまでは枯渇が心配されるようになった。
心配なのは、この水危機に地球温暖化の影響が加わることだ。世界の気象が極端になり、大雨の地域はさらに雨が増える一方で、渇水の地域は水不足がもっとひどくなるといわれる。
「20世紀の戦争が石油をめぐる戦いだったとすれば、21世紀は水をめぐって戦われるだろう」。1995年にセラゲルディン世界銀行副総裁がおこなった不吉な予言は、あながち絵空事ではないのかもしれない。
■節水へ「青の革命」を
水不足に対し、これまでは大規模なダムや水路を建設し、利用できる水を増やそうとしてきた。
確かにインフラの整備がまだ必要なところもあるだろう。しかし、目先の利益しか考えず、自然に無理な負担をかけて取水すると、しっぺ返しを受ける。黄河や米国中西部が典型例だ。
ここは水の有効活用にもっと目を向ける必要がある。
そこで、洞爺湖サミットのG8首脳宣言に盛り込まれた「統合的水資源管理」に注目したい。農業用や工業用などとバラバラに扱うのではなく、生態系への影響も考え、政府や自治体、住民が協力して水を管理し、需給のバランスを図る。そんな考え方だ。
途上国の水不足の地域も、もとから水がないわけではない。水道や井戸の管理が不十分なうえに、排水を垂れ流して、貴重な水源を失っているようなところが多い。水をむだにせず、再利用できるようにすることが大切だ。
具体的には、水道管の漏れを減らす。井戸や川の汚染を防ぐ。いったん使った生活用水を農業用水に回す。節水を促す料金体系にする。そうしたことが考えられる。
地味な節水技術と思われるかもしれないが、これなら途上国でも十分実行できる。むやみに水資源を開発しないだけに、自然への打撃は小さい。
こうした水を効率的に使う発想への転換を、米国のシンクタンク、ワールドウオッチ研究所の元副所長サンドラ・ポステル氏らは「青の革命」と呼ぶ。品種改良などで穀物生産を伸ばした「緑の革命」をもじった名称だ。
「一滴の水を生かせ」というポステル氏が実践例に挙げるのは、イスラエルの農地で開発された点滴灌漑(かんがい)だ。表面に小さな穴の空いたチューブを地中に埋め込み、最小限の水と肥料を根に注ぐ。これで水の使用量を30〜70%減らすことができる。
■輸入食糧も水を食う
「青の革命」を広めるうえで、日本の出番はたくさんある。世界でトップ級の節水技術を持っているからだ。
上水道の漏水率は1割以下、工業用水の回収率は8割だ。トイレや洗濯機の水使用量も20〜30年で半減した。水を田に順番に回す番水の伝統もある。
支援の実績もある。国際協力機構(JICA)の要請で、カンボジアの首都プノンペンの水道復興を手助けしたのは北九州市の水道局だ。1300キロの配水管網を細かなブロックに分けて管理し、漏水や盗水を見つけやすいようにした。消毒技術も指導し、「そのまま飲める水」として好評だ。
北九州市は78年、大渇水で170日の給水制限をした。その経験から磨いてきた水管理のノウハウが生きた。
バングラデシュでは、東京都墨田区の市民グループが雨水の利用を広げる活動をしている。雨水を集めるため、現地にたくさんある竹を使って雨どいをつくるなどの工夫をこらす。
日本では、時折見舞われる渇水のときを除けば、水危機はひとごとと思われがちだ。
しかし、日本は外国の水を大量に使っている。輸入食糧の生産に使われた水も一緒に輸入したと考えると、膨大な量になるからだ。これはバーチャルウオーター(仮想水)といい、東大の沖大幹教授によると、年間640億立方メートルで、国内の灌漑用水を上回る。
食糧自給率を上げて仮想水の消費を減らしつつ、食糧輸出国での節水や有効利用に協力する。そうしたことも日本に求められている。