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第1回 世界中を巻き込む食糧危機の嵐
――多様な原因と望まれる長期的な対策を探る

Aalok Mehta
National Geographic News
May 28, 2008

 世界はいま、ここ数十年で最悪の食糧危機を迎えている。ここではナショナル ジオグラフィック ニュースが世界各地で取材を行った「Global Food Crisis――世界食糧危機の最前線」の第1回として、各国が直面している問題をかいつまんで紹介しよう。

 例えば、国内史上最悪の干ばつに悩むオーストラリアでは、次々と枯れていく作物を前にして農家の人々が懸命に手を尽くしている。また、経済成長を続ける中国では、新しく中産階級の仲間入りをした人々がついに念願のステーキを食べられるだけの現金を手に入れた。そしてアメリカでは、増大するバイオ燃料の需要を見越して、農業経営者が作付けする作物を小麦からトウモロコシに変更しようとしている…。

 このうちどれ1つをとっても、それだけでいま私たちを悩ませている問題を説明することはできない。現在、世界が直面している株式市場の混乱や社会不安の蔓延、そして貧困層の飢えや栄養状態の悪化といった問題は、これらがすべて複合的に絡み合って引き起こされているからだ。

 国際通貨基金のデータによると、世界の食品価格は2006年末以降、平均で50%近くも跳ね上がっているという。コーネル大学の経済学者であるエリック・トルベッケ氏は「さまざまな要因が結び付いた結果、まるで巨大な嵐に飲まれるかのように食物の価格が高騰している」と話す。基本的な穀物の価格も大幅に急騰しており、国連食糧農業機関(FAO)の統計では2007年4月以降、2倍近い価格にまで高騰しているという。FAOでは食品価格の高騰は2008年いっぱい続き、特に発展途上国で顕著になると予測している。

 こうしたアグフレーション(食料インフレ)の動きを受けて、アメリカやヨーロッパなどの裕福な国々でも、倹約は当たり前のことになった。しかし、この状況で最も苦しんでいるのは貧困層の人々だ。1日を2米ドル以下で生活すると国連が見積もっている人たちは、世界中に約26億人いると見られている。彼らは既に賃金の大部分を食料につぎ込まざるを得ない状況に追い込まれているのだ。

食糧か? それとも燃料か?

 この世界的な食糧危機にはさまざまな原因があるが、大きな要因の1つは世界各国が経済的に豊かになっていることだ。特にアジアの国々においては経済発展が著しい。インドや中国といった経済成長国では、燃料や原料の需要がかつてないほど高まっている。石油や生活必需品の価格の上昇はとどまることを知らないほどだ。

 それに応じて、中産階級の仲間入りをしようとしている人も数百万人に上っている。肉や乳製品などの「贅沢品」を味わうことができるだけの現金を初めて手にする人々が増えているのだ。実は、こうした「贅沢品」を作り出すためには、膨大な資源が要る。たった450グラムの肉を生産するにも、最大で3.2キロもの穀物と大量の水、肥料などが必要だという。また、原油価格の高騰で、農業や食品流通業にかかる費用がかさんでいることも状況を悪化させている。

 米国農務省(USDA)の統計によると、米国の農家が負担する費用は2008年の最初の4カ月だけでも、燃料で43%、飼料で23%、肥料で67%も増加しているという。さらにUSDAは、消費者にとって価格高騰に占める作物の原価上昇分はわずか20%にすぎないとしている。消費者が手にする食品にはほかにも原油を大量に消費する労務費や包装費、輸送費などが上乗せされるからだ。

 このような価格高騰に拍車をかけているのが最近の天候の問題だ。オーストラリアが深刻な干ばつに悩まされ、アメリカ、インド、東ヨーロッパ諸国も収穫期に天候に恵まれなかったことが、食糧不足を加速させているのだ。こうした気候変動の陰には、かねてから指摘されている地球温暖化の流れがあり、温暖化の影響はこの先何年も増大し続けると予想されている。

 このほか、食糧の価格高騰の原因として多くの人々が挙げるものに、先進国で使用されるバイオ燃料の増加がある。特にトウモロコシから精製するエタノールは、新世代の燃料として期待され、助成金も出ているためだ。これについては、いくつかの国が「食物の価格高騰にバイオ燃料が関与する度合いはわずかなものだ」と主張している一方で、「このような食糧不足の折りには、エネルギーの素となる作物よりも食物の生産を増やす方が先だ」という批判も出ている。

 これまで述べてきたような状況が引き金になって、市場は混乱に陥っている。各国政府が早急に穀物を大量購入しようとし、投機家もさらなる高騰を見越して買い占めにかかっているからだ。 また、多くの国は、国内の需要を緩和し物価上昇に歯止めをかけるため、輸出制限や輸出税をかけており、中には主要な食品群を全面的に輸出禁止とした国もある。

必要とされる全世界的で長期的な展望

 今後、数十年のうちに中産階級に参入する人々は数億人に上ると予測されている。そうなれば、食糧と燃料の供給はますます難しくなるだろう。それにもかかわらず、耕作に適した土地は世界的に見ても、ほとんどが田畑として使い尽くされている。

 そして追い討ちをかけるように、とりわけアジアやアフリカでは、広大な土地が砂漠化や枯渇、汚染などで失われ、活用できる土地も給水量の減少によりいずれは使い物にならなくなると予想されている。

 この状況を打開する唯一の方法は、既に耕地として使用している土地の食物生産量を増やすことにあるというのが専門家たちの見解だ。より効率的な生産方法を見出すためには、ふさわしい投資をして何年にもわたる研究を待たなければならない。

 アメリカのエド・シェーファー農務長官は最近の記者会見で、食糧や燃料のような「長期的な問題には、長期的な展望が必要だ」と述べた。同氏はまた「ほかの国がアメリカと同程度まで生産量を増やさなければ、人々は飢えに向かうだろう」とも述べている。

Photograph by Jason Larkin/Getty Images



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