大分前だが、中国の農村でびっしりと密集して植えられた稲の上に子供が乗っている写真を見たことがある。いくら何でも、と思ったが、実は50年代末に毛沢東の指導で進められた「大躍進」の際の宣伝写真だった▲当時はソ連の学者の主張にもとづき作物の密植による増産が図られ、写真はその「成果」を示す宣伝であった。実際はこの密植政策はさんたんたる失敗に終わり、多数の餓死者を出す大凶作を招く。当の写真もトリックだったとされている▲そんなトリックも交えた情報操作を民衆動員に利用してきた中国政治だった。だから様変わりした中国を世界にアピールしようという北京五輪でも、常にその演出の政治的狙いが注目されるのも仕方ない。なかでも内外で物議をかもすことになったのが開会式の演出のトリックだ▲ことは少女による革命歌曲の歌唱が、実は別の少女の歌声だったという「口パク」の一件だ。言ってみればそれだけの話だが、少女らの心を傷つけたであろうこの演出が、共産党幹部の指示によるとの報道や、国家利益を考慮した措置だったとの説明がなされれば論議も起ころう▲欧米のメディアは中国当局の“偽装”を批判し、国内のネットでも「人々の感情をもてあそんだ」などといった非難が出た。広がる騒ぎに、とうとう共産党の北京市委員会は口パク問題についての国内メディアの報道を禁止してしまったのだ▲結局、口パク騒動が浮き彫りにしたのは、演出の細部からその報道まで政治的に統制された五輪の舞台裏だ。躍動する人間の美と真実とをたたえる五輪の成功は、統制の稲束の上ではなく自由な報道と言論の上で実現してほしい。
毎日新聞 2008年8月16日 0時03分
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