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ER医は救急を変えるか:1(寺沢教授)

2008年8月16日

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写真症例検討会で研修医や学生に診療のポイントを教える寺沢秀一教授=山崎虎之助撮影

 あらゆる症状を診るプロ。

 住民は安心でき、医師は専門に集中できます。

    *

 日本にはわずか500人。

 80機関が養成を始めました。

 「ER」(救急室)。まだ聞き慣れませんか。急な病気もけがも、症状が軽くても重くても、あらゆる救急患者を診る北米的な救急外来のことです。新しい救急医療として全国に広がり始めています。福井大学医学部の寺沢秀一教授(56)は日本のER医の草分け的な存在です。崩壊が進む救急医療を、ERは変えられるのでしょうか。

 胃が痛くなり、消化器内科に行って胃カメラをのんでいるうちに心臓が止まった人が、実は心筋梗塞(こうそく)だった。

 「肩が痛い」と整形外科で診てもらったが、大動脈が裂ける「大動脈解離」だった。

 内科で「かぜ」と言われたのに、よく調べると、細菌感染によるのどの病気「急性喉頭蓋(こうとうがい)炎」だった。

    *

 どれもよくある怖いケースで、私たちのERにも時々、そうした患者さんが搬送されてきます。

 日本の救急医療体制=図、キーワード=では、医療機関は1次〜3次に分かれ、主力の2次救急病院では各科の専門医がほぼ寝ずに当直し、守備範囲外の患者も診ています。翌日もいつも通りに手術。若い医者の指導もする過酷な環境で疲れ果て、病院を去る医師が後を絶ちません。

 医療はますます高度になり、医者は各専門分野に細分化されました。多くの医者は「腹痛の女性はどんな病気に注意すべきか」といった、怖い順に病気を考える基礎的な教育を受けなくなった。その結果、救急の現場で、優秀な専門医が専門外の落とし穴にはまることが起こるのです。

 救急患者には素早く的確に診断し、治療にあたる医師が必要です。救急医療の危機も、ER医をはじめ守備範囲の広い医師が十分に養成されてこなかったことが一因だと思います。

 ER医は、赤ちゃんからお年寄りまで、交通事故の外傷も心臓発作も、異物の誤飲も、目や耳の病気も、あらゆる症状を診療します。

 軽い症状に潜む危険な病気を見抜き、どんな治療が必要か、緊急に専門医を呼び出す必要があるかを判断する。患者のリスクは下がります。「専門外だから」と救急車を断らないので、住民も安心です。ER医が救急を担えば、専門医は自分の守備範囲に専念でき、疲れ果てる原因を取り除くことにもなります。

 ただ、日本のER医はわずか500人。北米のように人口1万人に1人とすれば、日本に1万2千人必要ですが、それは難しい。そこで、人口100万人圏にER医が4、5人いる救命救急センターを一つ、周辺に3、4人のER医が働く2次救急病院が四つという体制を私は思い描いています。それなら必要なER医は2千人前後です。

    *

 ER医はやりがいのある仕事です。診療範囲が広く奥が深いため、専門医や患者から敬意を持たれる高いレベルに達した人はまだ少ない。でも、深めれば深めるほどおもしろい。全身を診るうちに、生き方や家族のこと、経済状態まで丸抱えでつき合うことになり、「ありがとう」と言ってもらえる。虐待、家庭内暴力、ホームレスなど、社会的背景のある診療もするので人間性も鍛えられます。

 だから、もっとER医が育ってほしい。日本救急医学会で昨年2月に承認された後期臨床研修プログラムにより、全国の80医療機関が養成を始めています。数年後、このER医たちの評価が高まり、「あんな医者になりたい」と後に続く若者が増えると期待しています。

 次回はER医の教育や悩みをとりあげます。

    ◇

 寺沢秀一(てらさわ・ひでかず) 福井大医学部教授。金沢大医学部を卒業後、沖縄県立中部病院、カナダのトロント総合病院を経て83年に福井県立病院へ。福井県内でER型救急を実践してきた。著書に「研修医当直御法度」(共著、三輪書店)、「Dr・寺沢流 救急診療の極意」(羊土社)など。

 ◇キーワード

 <日本の救急医療体制> 外来診療ですむ軽症患者は診療所など1次救急へ、入院や手術の可能性があれば救急病院など2次救急へ、命にかかわる場合は3次の救命救急センターへ。患者に適切な治療をするため、日本は分担している。米国やカナダでは、まずERですべての救急患者を診療する仕組みとなっている。

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