63回目の終戦記念日を迎えた15日、福田康夫首相は当初から表明していた通り、靖国神社を参拝しなかった。かねて毎日新聞は首相の靖国参拝に反対してきた。当然の対応であると評価したい。
一昨年は小泉純一郎元首相が参拝に踏み切り、騒然とした一日となった。安倍晋三前首相は昨年、参拝を見送ったものの「参拝するかしないか明言しない」と言い続け、あいまいさを残した。
これに対し、福田首相は就任前から参拝しないと明言してきた。この結果、靖国問題は政治の表舞台から消えたように見える。
だが、実情はどうか。この日は現職閣僚の太田誠一農相、保岡興治法相、野田聖子消費者行政担当相のほか、小泉、安倍両氏も参拝した。福田首相だから参拝しなかったのであり、靖国問題は依然、決着していないと見るべきである。
靖国神社にはA級戦犯が合祀(ごうし)されている。問題の本質は、やはりここにあろう。
中国人監督によるドキュメンタリー映画「靖国」が今春、「反日的だ」との批判を受け、上映を取りやめる映画館が相次ぎ、さまざまな論議を呼んだのは記憶に新しい。一方で、昭和天皇がA級戦犯合祀に強い不快感を抱いていたことも近年、明らかになった。
一部の若い政治家の中には、先の大戦を正当化、美化するかのような風潮が出てきているのも事実だ。しかし、あの無謀な戦争に突き進んだ戦争指導者たちがまつられていることに違和感をおぼえる国民は決して少なくないはずだ。
では、わだかまりなく戦死者を追悼するためにはどうするか。
小泉元首相の参拝を契機にA級戦犯の分祀論や靖国神社の非宗教法人化、新たな国立追悼施設建設案などが浮上したが、政界では今、こうした議論はほとんどされていない。
河野洋平衆院議長が、この日の全国戦没者追悼式で無宗教の追悼施設建設を検討するよう求めたのは、この状況は好ましくないと考えたからだろう。小泉時代の喧騒(けんそう)は終わった。むしろ、静かに追悼のあり方を議論する好機だと考えたい。
安倍前首相の参拝見送り後、日中関係は改善に向かっているが、中国製ギョーザ問題など新たな難題も出てきている。北京五輪での応援ぶりを見ると中国側の反日感情は根強く、日本国内にも反中、嫌中意識があるように見える。韓国との関係も竹島(韓国名・独島)問題などをめぐり、再びぎくしゃくしている。
歴史認識をめぐる溝はなお深いということだ。その中心に靖国問題があるという状況も変わっていない。日本はまず、偏狭なナショナリズムに陥ることなく、アジア各国とさらなる関係改善に努めていく必要がある。ここでも大切なのは静かに議論することだ。
毎日新聞 2008年8月16日 東京朝刊