「自分も刺されるのではないか」。東京・秋葉原で6月に起きた無差別殺傷事件の現場に駆けつけ、元派遣社員加藤智大(ともひろ)容疑者(25)を取り押さえた万世橋署の荻野尚(ひさし)巡査部長(41)が、警視庁の外郭団体が発行する月刊誌で、初めて心境を明かした。
6月8日午後0時半ごろ、加藤容疑者運転のトラックが電気街の交差点に突っ込み、通行人をはねた。加藤容疑者はさらに交差点付近でダガーナイフで通行人らを次々襲い、計7人が死亡、10人が重軽傷を負った。
荻野巡査部長は交差点から約100メートルの交番から急行した。「何もわからない状況の中、現場に到着すると、人がたくさん倒れており、『サリン事件のような大事件か』『テロか』などといろんなことが頭をよぎった」
逃げる加藤容疑者に追いついたが抵抗され、ナイフで切りかかられた。身に着けていた耐刃防護衣には左胸と左脇腹の3カ所に傷が残っていた。
「やるか、やられるかという緊張の中で、『絶対に捕まえてやる、自分がやるしかない』という気持ちだけはあった」。ただ、「刃物を持った凶悪犯人を目の前にすれば、誰でも怖いと思う」。07年2月、女性を助けようとして電車にはねられ死亡した警視庁板橋署の宮本邦彦警部のことや、今年3月に茨城県土浦市のJR荒川沖駅で起きた無差別殺傷事件などいろんなことが駆けめぐった。「自分も刺されるのではないかと、瞬間的だが思ったのも事実」という。
家族には心配をかけまい、と事件のことは伝えず、「仕事で遅くなる」とだけ連絡した。妻は後日「無事でよかった」と言ってくれたという。
「何の罪も落ち度もない人が犠牲になり、ましてや被害者には人生これからという若い方が多く、本当にやるせない思いでいっぱいです」と荻野巡査部長は言う。(吉田伸八)