平和を考える

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終戦記念日:「火垂るの墓」の悲劇 同じ戦災孤児が訴え

 戦災孤児の兄と妹--。野坂昭如氏の「火垂(ほた)るの墓」が実写版で今夏映画化される中、同じ境遇を生き抜いた大阪市東住吉区の元会社社長、多田正明さん(71)には、戦争を知らない世代に伝えたいメッセージがある。それは、「戦争でつらい思いをするのは、いつも子ども。孫たちがあんな目に遭ってはならない」との思いだ。

 父は大阪市内で洋服の仕立屋を営み、家族5人は幸せだった。だが1944年、父に召集令状が届く。長男で国民学校2年だった多田さんの胸は、「これから家族はどうなるんやろう」と不安でいっぱいになった。

 父が従軍した後、母は肝臓を患い、床に就いた。「お父さんが凱旋(がいせん)される日は、必ずこれを」と日の丸の小旗を渡し、終戦の20日前、病死した。3歳下の妹は泣きじゃくった。

 自分と妹は奈良県の父の実家へ、乳児だった弟は母の実家へ預けられた。「正明らが増えて、かさが高うなったのう」と生活の負担が増えた親類の言葉が心に突き刺さった。

 終戦。父が迎えに来るのを待ちわびたが、消息不明のままその時は来なかった。運動会で、両親と弁当を広げる友達がうらやましかった。夕方は西の空の夕焼けばかり眺めた。山の向こうの大阪が恋しかった。夜中、フクロウの鳴き声が、両親がいない心細さと寂しさを募らせた。

 「なぜ、自分だけがこんな目に遭わなければならないのか」。その後は、やけくそ半分で勉強に打ち込んだ。高校卒業後に就職し、45歳で建築塗料販売会社を起こした。

 お盆と彼岸には、両親の墓参りを欠かさない。そして、世界では今も戦争が絶えない。「戦争で解決することは何もない。なのに、なぜ人間は同じことを繰り返すのか」と腹が立ってならない。【田中博子】

 【ことば】「火垂るの墓」

 1945年の神戸周辺を舞台に、戦争で両親と家を失った幼い兄妹が、混乱の中を生き抜こうとするが、飢えで衰弱していく姿を描く。原作は野坂昭如氏の実体験を基にした小説。88年、高畑勲監督がアニメ版を製作した。

毎日新聞 2008年8月14日 5時00分(最終更新 8月14日 5時00分)

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