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「表現の自由」と高額訴訟−フリージャーナリストへの「口封じ」攻撃

渡辺容子2008/08/14
一介のジャーナリストの記事や発言を捉えて、高額の損害賠償を請求する訴訟が起こされている。被告の言論を抑え込もうとする意図が明らかで、この問題を考える集会が先月下旬、東京都内で開かれ、当事者たちが訴訟の経過、背景などを語った。また、裁判所が言論の自由を守ることより、強者の立場を擁護する傾向が強まっている、と現状を強く批判していた。
日本 裁判 NA_テーマ2

 東京の岩波セミナールームで、「『表現の自由』と高額訴訟――フリージャーナリストへの『口封じ』攻撃」という講演会が、7月23日開かれました。最近、情報提供者やジャーナリスト個人を相手に高額な損害賠償訴訟を起こし、黙らせようとする策動が相次いでいます。

 マスメディアが知らせない、深刻な「表現の自由」の危機を手作りの集会で知らせようとするもので、JCJ(日本ジャーナリスト会議)出版部会+出版労連の7月例会でした。

高額訴訟の特徴と問題点
 まず、田島泰彦氏(上智大学教授)が高額訴訟の特徴と問題点について問題提起を行いました。

 田島氏は、最高裁の住基ネット合憲判決やNHK番組改編裁判の判決を例に挙げ、最近の裁判所は本来の役割である人権や表現の自由を守るのではなく、権力に追随し、規制、抑圧する側に回っている、と指摘しました。

 NHK番組改編では、最高裁が表現の自由の名の下に、現場を無視して政治家やNHK幹部が何でもやっていいと認めてしまったにも関わらず、翌日の各紙社説はそれを正しい判断としていた。マスコミは既に「癒着」状態を超え、権力と一体になっているに等しいと述べました。また、裁判員制度も、裁判員の保護という名目で報道が規制され、取材・報道の自由に重大な制約がもたらされ、すべての状況が表現の自由からかけはなれた方向へ動いている、と分析しました。

 損害賠償で高額判決が続出するようになったのは2001年春頃からで、従来から損害賠償の額はこれでいいのかという議論はあったが、高額判決は自民党の「報道と人権等のあり方に関する検討会」報告書(1999年8月)を直接のルーツとし、メディアに対して制裁を加えるという意味で意識的になされてきた、ということです。

 検討会報告書は、アメリカなどと比べて高額化を唱えているが、アメリカと日本では表現の自由の範囲が天と地の違いほどあり、アメリカの損害賠償額が高額であるのは懲罰的損害賠償があるからで、日本とは前提条件が違うと指摘しました。

 政治家を含む著名人はいわば「公人」の類であるが、彼らに訴えられるジャーナリスト個人の裁判が増えてきていて、弁護士費用、訴訟費用、裁判にとられる時間や労力が過重な負担となっているそうです。今のメディアがかなり駄目になっている中、こういう人たちがジャーナリズムを支えているのに、このような弾圧がかけられ、今後どうなっていくのか、表現の自由の危機であると訴えました。 次に裁判に訴えられたジャーナリスト3人から、お話がありました。

731部隊と御手洗富士夫会長
 斎藤貴男さんは去年の10月に「週刊現代」で、キャノンの御手洗富士夫会長(経団連会長)についての記事を連載、斎藤さんが1億円、版元の講談社が1億円、総額2億円の損害賠償請求を起こされたそうです。

 何を書いて訴えられたのかというと、キャノンの創業者と信じられている御手洗毅さんについてで、1つはこの人は創業者ではなく、他の人の作った会社に出資して、いつのまにか創業者だとされたこと、2つ目はこの御手洗毅さんは産婦人科医だったが、博士論文のテーマが妊娠しているウサギに毒ガスを吸わせるとどうなるかで、その論文の指導教官に「731部隊」の関係者がたくさんいたという事実を書いたこと、だそうです。

 このことは100%真実なので、争いようがなく、相手側が言ってきたことは、タイトルが「731部隊と御手洗富士夫会長」という、ただ「と」でつないだだけというつまらないタイトルなのに、それが気に食わないということと、731部隊の写真とキャノンの工場の写真が並んでいるのが気に食わないということだそうです。

 これは編集部の責任なので、弁護士はこの訴訟に斎藤さんは関係ないのではないか、と言っているそうです。斎藤さんは2億円もの損害賠償を訴えられたので、いろんなところから取材に来るんじゃないかと思って期待していて、せっかく見つけた御手洗毅さんの論文を渡すか渡さないか考えていたのに、全くの取り越し苦労だった、この国のメディアは99%、ダメになっている、と無念さを語りました。

 ある地方紙で、秋葉原の通り魔事件に関連して格差社会について書いた斎藤さんに、社会があんまりひどいとこういうことになるという趣旨で書いてほしいと言ってきたので原稿を書いたところ、地方紙の上層部からそういう記事は事件を正当化することになる、とクレームがついて掲載されず仕舞いになったそうです。

 事件の起こった当時は、派遣労働などの事件の背景についても報道されていたのに、その後、加藤容疑者が悪い、親が悪い、ということになった。しかし、加藤容疑者を追い詰めた社会の問題を考えなければ第2、第3の加藤容疑者が必ず出てくる。財界や政府におびえきっているジャーナリストというのは何なんだろう、と斎藤さんは嘆きました。

何とか黙らせようとする、こじつけ裁判
 次に黒薮哲哉さんが話しました。 黒薮さんは読売新聞社から2件で訴えられていて、その背景から語り始めました。新聞の「押し紙」問題です。

 日本全国の新聞販売店に搬入される朝刊の部数は約4500万部ですが、このうち、少なからぬ部分が配達されないまま破棄されているのですが、このような新聞は、(新聞社が販売店に「押し売り」しているのも同然なので)「押し売り」に引っ掛けて「押し紙」と呼ぶそうです。

 1977年に初めて調査した時には8.3%の「押し紙」があり、2000年頃にあった読売新聞の販売店からの内部告発では、店で扱っている4000部のうちの2000部が「押し紙」だったそうです。2004年だったかに大阪で裁判を起こし、5000部中2000部〜3000部が「押し紙」で、これは裁判所も認めたそうですが、こういうひどい実態が、このころから始まっているそうです。

 こんなに「押し紙」を押し付けられて、なぜ販売店が倒産しないかというと、折り込みチラシ部数の水増しをやっているからだそうです。つまり、新聞社はチラシの水増し収入を販売店から吸い上げていることになり(販売店は新聞を卸値で新聞社から買うので)、さらに、チラシの水増しでも「押し紙」の損害を相殺できない場合、それを補てんするために“補助金”が払われているそうです。

 言い換えれば“補助金”を投入して「押し紙」を買い取らせ、部数をカサアゲする意味もあるということで、暴露されると大問題になるので、新聞社は販売店がチラシ部数を水増しするためにも、「押し紙」を好んでやっているそうです。

 読売新聞はこういうやり方をやってきたのですが、昨年11月に久留米文化センターという販売店が、2010部中997部が押し紙だったので、減らしてくれと、弁護士さんを通じて減らしてもらったら、年が明けていきなり店をつぶされたそうです。

 読売新聞はその場で、廃業通知を読み上げてつぶし、同時に翌日の折込用チラシを持ち去ったそうです。 この事件を黒薮さんはご自分のHPに、店をつぶして勝手にチラシを持ち去ったのは窃盗に当たると書いたら、持ち去ったのは自分たちではない、それは関連会社の社員がやったことで、自分たちが持ち去ったと書いたのは名誉毀損だと訴えられたそうです。

 もう1つの裁判は、黒薮さんが読売新聞販売店の取材中に手に入れた「催告書」をご自分のHPに載せたことを「著作権侵害」としたものだそうです。著作権法にいう「著作物」とは、「思想又は感情を創造的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう(著作権法2条1項)」と定められており、「催告書」がこれに当たるとは思えず、結局、なんとかして自分を黙らせようとしているのだ、と黒薮さんは述べました。

言論に対するテロ行為
 3人目の烏賀陽(うがや)弘道さんは、自分の場合は前の2人と全く違って、自分で1文字も書いていないのに、高額訴訟を起こされたと話し始めました。

 雑誌「サイゾー」の編集者からの電話取材に答えたコメントに対して、オリコンから5,000万円の高額訴訟を起こされたそうです(詳しくは、関連記事)。しかも、事前に原稿を見せられた時に掲載を断ったのに、載せられてしまい、出版社や編集者は訴えられず、コメントしただけの烏賀陽さん1人が訴えられたそうです。

 ということは、烏賀陽さんが自分の貯金をはたいて弁護士を雇わなければならないし、裁判に時間を奪われ、生活を破壊されてしまったそうです。 こんなバカな訴訟を東京地裁が受理するわけはないと思っていたが、裁判が始まり、7回の口頭弁論を経て、今年の4月、オリコンの名誉を棄損したとして、100万円払えという判決が出てしまったそうです。

 烏賀陽さんは、ジャーナリストが自分の書いた記事によって訴えられるのは、まだしも、取材を受けた人間がこのように訴えられるというのは、恐ろしいことだとし、例えば一般市民が街頭を歩いていてNHKや新聞にインタビューを受け、「キャノンの偽装派遣は問題だ」と言っただけで、名誉毀損で訴えられ100万円払えという判決が出ることもありうる、と話しました。これは9.11に匹敵する言論に対するテロ活動であり、4.22と呼んでいるそうです。

 オリコンは烏賀陽さんが謝罪すれば裁判を取り下げるとしたそうで、烏賀陽さんは民事訴訟を装った脅迫である、と指摘しました。当然、控訴していますが、高裁では地裁で審理は尽くされている、として1回で審理を打ち切ってしまう可能性が高く、最高裁で審理がやり直される可能性はさらに少なく、このまま1審のむちゃくちゃな判決が確定してしまうかもしれない、と危機感を募らせていました。日本の裁判は、3審制ではなく実は1審制ではないかと、最近、初めて分かってきたとも言っていました。

 この判決が確定すれば、企業を批判したりすると、すぐに狙われることになり、その意味でこの裁判は、一般市民に対する言論脅迫という意味を持っている、大変なことなので、今日の話を聞いたみなさんはできる限り、ブログなどで広めてほしい、と述べて締めくくりました。

筆者の感想
 斎藤さんもおっしゃっていましたが、経団連会長や読売新聞、オリコンなど、金も力も持っている側が、一介のジャーナリストを訴えるのは「ルール違反」ではないかと思います。金も力も持っている者は、従来もっとおおらかで堂々としていたのではないでしょうか。

 さらに、裁判所が弱者の正義を守るのではなく、金も力も持っている者に加担するのは本当にひどい話です。筆者は訴訟を起こしていますが、裁判所は金も力も持っている者の不正にお墨付きを与えることの方が圧倒的に多いため、裁判所は税金の無駄遣いで、ない方がましだと思うことがしばしばあります。しかし、黙っているわけにはいかず、なんとかして裁判所の体質そのものを変えていかなければならない、と思っています。


関連サイト
SLAPP WATCH
新聞販売黒書(黒薮さんのサイト)
うがやジャーナル
◇ ◇ ◇

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