中国の瀋陽市で行われた日本と北朝鮮の外務省実務者協議で拉致被害者に関する再調査の早期実施が合意された。北朝鮮が調査委員会を設置し、可能な限り今秋に結果をまとめるという内容だ。
日本側は、調査開始と同時に経済制裁の一部を解除することを約束した。懸案の拉致問題打開に向けた一歩と受け止めたい。
日本側の説明では、今回の再調査は「生存者を発見し帰国させるための全面的な調査」という位置づけだ。対象には政府認定の拉致被害者のほか、「拉致の疑いが濃厚」とされている特定失踪(しっそう)者らも含まれる。
北朝鮮が調査の進ちょく状況を日本側に知らせたり、日本側が関係者と面会することや関係場所を訪問することに北朝鮮が協力することも確認した。
しかし、不安はぬぐい切れない。以前、金正日(キムジョンイル)総書記が「白紙に戻して再調査する」と約束したにもかかわらず、その後北朝鮮が出してきた拉致被害者の安否情報にはつじつまの合わない不自然なものが多かったからだ。
金総書記は6年前の日朝首脳会談で初めて拉致を認めた際、拉致は「妄動主義と英雄主義」に走った「特殊機関の一部」が実行した、と述べた。そうであるなら、調査委員会は特殊機関に対しても調査権限を持つ組織にしなければならない。そうでなければ実効ある調査ができるはずもない。
メンバーの人選は北朝鮮に委ねられるが、再調査に真剣に取り組む意思があるかどうかは、調査委員会の位置づけや人選でわかる。北朝鮮は制裁解除を強く求めるのなら、真摯(しんし)な姿勢を行動で示してもらいたい。
日本側は再調査の結果を待たず開始と同時に、人的往来規制などの制裁カードの一部を切ることにしたからには、政府の責任は重大だ。秋までに納得できる結果が出てこない場合も想定した対応策を固めておく必要がある。
一方、米朝関係では、米政府は今月11日から可能となった北朝鮮に対するテロ支援国家指定の解除を先送りした。北朝鮮の核計画申告に対する強力な検証体制が決まらないのだから当然の措置である。
北朝鮮が拉致の再調査を受け入れたのは、日朝関係の改善を印象付けることによってテロ指定の解除を早期に実現させたいとの思いがあるからだろう。
拉致問題解決を含む日朝関係の改善と米朝関係の改善は、6カ国協議という国際的枠組みの中に位置づけられた二つの課題である。
テロ指定をいつ解除するかは基本的には米国が判断すべき問題ではある。だが、関係国との連携や協調を欠いては北朝鮮を動かすのは難しい。その意味で、テロ指定をいつ解除するかという問題も含め、日米は一層連携を強める必要がある。
毎日新聞 2008年8月14日 東京朝刊