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ここは天国だよ

そう思う理由は、そこに彼の全てがあるからで、
自分の全てに囲まれて過ごせるものならば
それ以上の幸せはあるのだろうか。
けれど自分の全てを一箇所に集めることはできません、
全てとは他の人の頭の中の記憶や思い出までも指すのですから。
あの言葉はほとんどのものを捨ててきたホームレスのおじさんだから言えることなんだ

何の話かって、角田光代の「幸福な遊戯」に出てくる一文の話。
2年以上前に読んだのに「ここは天国だよ」という台詞が
ずっと頭から離れてくれない。
なんでだろうとずっと考えて、去年の冬くらいにようやく答えがでた。
それが始めに書いたものです。

もうすぐ大学を卒業します。
なんで、どうして、私は社会に出るんだろう。
私なんかが会社に勤めてお金貰って
ボーナス貰って仕事に疲れたってお酒飲んで
日本の将来について憂いたりして
そんなことしていいのかな
自分が社会人だなんて信じられない。

頭が混乱するよ、BGMが平沢進だからますますね。
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いい言葉だな

彫像に対する理解として、コンテクストを前提とした意味の解釈のみを
唯一とすることは、適切ではないだろう。
つまり、『かたち』は、単に場の要請によって規定されるのみではなく、
逆に場をつくりあげる機能も担うというように、
場と像のいわば相補的関係の中から醸成されてくるもの
とみることができるからである。

長岡龍作氏の論文より
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うつる

こっちは全て非公開にして、
備忘録としての日記をこちらから

http://harukorosuke.cocolog-nifty.com/blog/

ちなみにこの「はるおくん」は2年近く前から書いていて
自分の覚書代わりに使ってたから
非公開にしてるのが結構あったんだけど
もー
2年前の日記なんて
もー
ほんとにひどい。
バカかお前は、と
水入れたたらい持って過去に戻りたくなる
もー
はずかしや。

ログはちゃんととっておいて
これからもこっそり1人で読み返します。
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