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2008.08.11

大きな数に対する態度

ちょっと前、若い人が原因不明の発熱で入院して、診断がつかなかったことがある。

目に見える症状は「発熱」だけだったから、熱源調べたり、血液の培養出したり、 考えて、調べて、「これ」という原因がはっきりしないまま、何日か経った。

その方は、外来でCTを撮られてて、わずかな胸水があったから、フォローの意味でCTが再検された。

夕方のカンファレンスで「原因がはっきりしない人がいる」なんて、その患者さんの画像が供覧されて、 誰かが「肝臓縮んでるよね…」なんて指摘した。

そういう視点で検査データを見直すと、たしかに日を追うごとに肝機能が悪くなっているように見えて、 この時点でうちの施設では白旗上げて、大学にお願いすることになった。

大学では、入院したその日に原因分かって、すぐに治療が始まった。

検査の力

どこの病院にも「スクリーニング採血」という考えかたがあって、入院した患者さんは、 原因にかかわらず「一通り」の採血を受ける。変な病気を見逃したり、あるいは肝炎みたいな 感染症を持っていないかどうか、最初の採血で見当をつける。

大学病院は、「スクリーニング」の範囲が広大で、生化学検査一通り、感染症一通り、 膠原病だとかアレルギー、ありとあらゆる検査を、全ての患者さんについて提出する。

紹介した患者さんは、結局のところ膠原病の初発症状を見ていたみたいで、 大学に入院して、入院時の採血検査を受けて、その日の夕方には答えが出た。

分かってしまえば、あるいは大学流のやりかたをやってさえいれば、研修医でも分かるぐらい、 簡単なことだった。

大きな数に対する態度のこと

医療の業界では「なるべく少ない検査」というのが美徳で、「スクリーニング」みたいな やりかたも、自分が研修医だった頃は邪道と言われて、頭を使う医師になりたかったら、 ああいった真似をしてはいけないんだよ、なんて教わった。

物理学の業界、超ひも理論なんかの入門書を読むと、大きな数に対する態度がずいぶん違う。 あの人達が今問題にしてるのは、理論を統合しようとしていくと、必ずある計算の答えが 無限に発散してしまうことらしくて、「無限じゃない」ことが分かれば、それはもう画期的な発見で、 無限でないことが証明されたその時点で、その理論は力ずくの計算が可能であると 認識されるんだという。

宇宙の深遠見てる人達と比べることが間違いなんだけれど、 検査30種類とか出したら「そんなに出して何をしたいの?馬鹿なの?殺したいの?」とか上級生から 頭叩かれるような業界に長くいると、30種類ぐらい、物理学の人達のこと思えば、ゼロに近似したって いいじゃないかとか思う。

もっと検査出していいような気がする

「70種類」の採血項目出していいなら、たいていの病気が診断できるような気がする。 そもそもほとんどの疾患は、患者さんの症状診れば診断可能で、検査が必要な人というのは、 その時点で「普通のやり方では分からない」という大きな限定条件が付くから、 「70種類の検査」の威力は、通常以上に高くなる。

外注検査のカタログは分厚くて、あれに載ってる検査を全部提出すると、もちろん70種類には 全然足りないんだけれど、検査の大半は、臓器の機能を評価するためのもので、 診断につながる検査は案外少ない。

一般性科学検査と血算、培養と、代表的なウィルス抗体、膠原病の採血一通りに腫瘍マーカー一通り、 採血で証明可能なホルモン検査一式、全部出してもたぶん、まだ70種類には届かない。

「入院したら70種類」をやっていいなら、たぶんたいていの病気はこの時点で診断できるし、 「70種類が全て正常」という情報と、入院した患者さんの症状を組み合わせるだけで、 たぶん残る病名は、かなり絞られてくるはず。

診断学の教科書は分厚くて、知らないといけないことは年を追って増える一方だけれど、 人体の構造だとか、弱点だとか、昔も今も、もちろんほとんど変わらない。

「検査は少なければ少ないほどいい」という態度は、診断学の教科書に書いている病名を見て、 そのあまりの多さに恐れをなした誰かが、「どうせ病名は無限にあるんだから、最初は最小限」なんて、 大きな数に白旗を揚げた名残のように思える。

大きな数を見て、それを「無限である」と考える人と、 「十分に計算可能なぐらい有限」と考える人とでは、たぶん同じ数でも、 見えかたが全く異なってくる。

病気の数は、たぶん今も昔もそんなに変わらないけれど、検査のやりかただとか、 コストだとか、技術が進歩して、今はもう、「70種類」もそれほど無茶じゃなくなっている。

自分たちの学問も、そろそろ「有限」に舵切り直してもいいような気がする。

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Comment & Trackback

とかく腕におぼえのある人たちに批判されがちな絨毯爆撃診断法(画像、血液)ですが、それもアリかな、と思います。

研修医たちにはタテマエ上、「絨毯爆撃は駄目だぞ」とは言っていますが。

で、この症例ですが、いくつか質問させてください。
(1) 診断は何だったのでしょう?
(2) レトロスペクティブに見て、その診断を示唆する病歴・身体所見はあったのでしょうか?

自分自身の後学のためにお尋ねする次第です。

専門は化学なもので場違いな人間ですが、化学の世界ではコンビナトリアルケミストリーという技術が発展しつつあります。
ちっちゃな反応容器をたくさん並べて、後はひたすら組み合わせを変えて実験操作から評価までを自動化してしまうというものです。
もっともこれは生物分野の方が進んでいるので、ご存じかもしれませんが。
私も初めて聞いたときは、それって頭悪いな、と思ったものですが、よく考えれば、実験コストが極端に安いのなら、今まで通りのやり方が不合理な訳で、
逆に自分の腕を頼りに実験する方が遅くて結果が出ないということになってきたんですよね。
マシンガンが脇に置いてあるのに、愛着あるからといって火縄銃で戦うのは、端から見たらやることやってないってことですからね。

 「不明熱にはとりあえず上から下まで造影CT!」とかよくやっちゃいます。なんで生じたのかよく分からない深部の膿瘍とかよく見つかりますね。
 研修医向けの教科書では悪い例とかに挙げられそうですが、経過観察とかしていたずらに入院期間が長引くよりも、医療経済的にも社会的にもベターだと思ってます。 そういえば今や「頭痛には全例CTを!」の時代ですね。

 検査が一回1万円か10万円か、自分のところでできるか100km先の他施設にいくか、当日できるか2週間待ちか、医療紛争になりそうかどうか、などで同じことやるのでも敷居の高さはだいぶ違います。

 状況が許すなら、手持ちの武器はどんどん使って良いですよね。検査を最小限に!っていうのはあんまり良い医療機器・試薬がなかった時代の名残ですかねぇ。

SLEの初発でした。。>原因。

今は新しい薬発見するやりかたも力ずくになってきて、大手製薬メーカーも、研究室閉めるところ増えてるんだとか。火縄銃と機関銃のたとえは、言い得て妙ですね。。

結局、経済性と侵襲の問題でしょうか。あと、人的コストと。スクリーニング検査が多岐にわたるとコスト増で医療経済が破綻しますし、侵襲のある検査を増やしていけば副作用で亡くなられる不幸な「病気でない方」が増えますし。。。何より自動診断的な方向へ行くと、医師の存在自体が否定されてしまいます。(・・・全部機械やコンピュータが診断するような状況)やはり、大学は一般病院では診断が困難な患者さんを診断するために多くの検査、人材を使っていくべきでしょうし、一般病院では「それよりやや劣る」診断、治療技術で住み分けていくのが良いかと。。。
スナイパーとマシンガン持った素人。どちらが優秀な殺人者になれるのかって言う問いに近い気がします。診断の達人の域には達することはできなくてもやはり「スナイパー」に近いところを目指したいと思っております。「診療報酬」は全国共通なのですから。。。

早期診断じゃなくって…早期検査だよなぁ
と思ったりする。
とりあえず探さなきゃ話は進まない。

SLEでしたか!

最近読んだ本によれば、このような病歴は
「随伴症状のない発熱」という主訴でくくれ、
となっていました

そうすると感染症を本命としつつ、
膠原病と薬剤熱も考えるというのが定石のようですが、
実際には難しいですね

やはり悪性腫瘍や膠原病の場合には病歴・身体所見よりも
画像や血液検査が強いのでしょうか?

病歴・身体所見を大切にしながら、抜かりなく画像・血液検査も行う。
日本の医療は、そういう新しいフェーズに入りつつあるのかもしれません。

もっとも私自身は内科ではないので、
これまでにSLEを見たことはありません。

大変参考になりました。

時代の進歩によって診断学も進歩すべきと思いますが、
あまり極端に振れなくても良いような気もします。

釈迦に説法だとは思いますが、
発熱って主訴だったら結局、
鑑別診断は感染、感染、感染、癌、膠原病や血管炎
ですよね。
大体の病院では抗菌薬やりながら様子を見て、
結局数日後にマニアックな感染や癌や膠原病・血管炎を
ワークアップすることになるのですよね。
提示されていた症例はあの海沿いの病院ですか?
カンファレンスでは鑑別診断として膠原病はあがらなかったのでしょうか。

僕は割と診断が好きで得意(のつもり)でした。
というのも単純な話で、
ハリソンやいろいろな教科書の鑑別診断の表を
ポケットコンピューターに入れていて、
症例検討会のときこっそり見ていたからです。

そういう意味では、よくわからないときは、
一回頭をリセットしてきちっと鑑別診断をあげなおして
それを診断するための検査を組むという姿勢があれば
いいのではないでしょうか。

さりとて、
スクリーニング検査に助けられることも多々あります。
だから、不明熱が○○日続いたら、
それこそ70種類の採血+画像診断と
自動化するのも手かもしれませんね。
もちろん緊急性があれば、初日から広域抗菌薬とステロイドを
ぶち込みながらマシンガンを乱射すれば良いと思います。

検査計画というのは、
黒猫さんのおっしゃるとおり、
結局、経済性と侵襲の問題が大きいと思います。

あとは、偽陰性の問題が大事だと思います。
やたらにメクラにスクリーニングをかけると、
陰性に出たときの評価が難しいかもしれません。
陽性になるだけの病態に進んでないかもしれませんし、
そもそも検査の感度の問題かもしれません。

右手でピストルをもちつつ頭の良い綺麗な医療をやりながら、
いざとなれば隠し持っていたマシンガンを乱射して
汚い医療もやれるようにすれば良いのだと思います。

どっちかしか出来ないのであれば後者をやるのが、
今の日本の医療の実情にはあっているのかもしれませんが。

↑気持ちの良い意見でスッキリしました(^^;)
ループス肝炎なんて、ちゃんと教科書にも鑑別診断として載っていますが、、、なかなか現場では思いつかないですね。。。っていうか、ルーチンで時間をとられたり、人手不足で診断できないのでしょうか? でも、一般病院で診断しようと、大学へ送っても予後は変わらないと思いますので。。。
僕は日々マシンガンを構えながら、スナイパーも腕を磨いております。

「右手にピストル、背中にマシンガン」
いい言葉ですね!

後は、どのタイミングで綺麗な医療を捨ててマシンガンを使うか・・・・・・

でも最初からマシンガンに頼って、
遠くからメクラ打ちばかりというのも困りものです

やはり
「ギリギリまで引き付けておいて1発で仕留める」
という美学を持っている人間こそ、
マシンガンの使い方も上手いような気がします

でも、やっと公立病院の医師の報酬を上げよととの勧告が出ましたね、今のところがんセンターとかだけみたいですけど、自治体病院にも自治省からの通達があるでしょう。ありがたいことです。。。これで、開業への流れが少しでも減速してくれたら良いと思います。変わるときには一気に変わるのでしょうけど。。。今の研修医の将来に対する本音を聞いてみたいものです。 速効マシンガンをぶっ放すような医者になって欲しくないです。。。

やっぱり、患者さんあっての医療(医学ではなく)だと思うし、魂は売りたくないですし。
ぎりぎりテンパっちゃった時にはお酒飲んで騒いで、憂さ晴らししてます、、、、。それでいいのだ(^^;)! 僕らも人間なんだから。

「分からない」状況に立ち入ったときにどう振る舞えばいいのか、自分たちの業界には、一般解がないような気がしてしょうがないんですよね。。

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