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【結いの心】この恩は永遠に 眠らぬ街<6>2008年6月1日
日系ブラジル人3世のケンジ(21)には、宝物がある。 紺色のズックかばん。愛知県豊田市にある日本語教室「トルシーダ」で教えている高山(こうやま)静美(49)が8年前、贈ってくれた。 トヨタ系の自動車部品会社で働く父親に呼び寄せられて来日。高山らに数カ月、日本語を学んだ後、地元中学に入った。入学前、学校指定のかばんを買いに行き、2万円近い値札に目を丸くしていたら、高山らが「プレゼントしてあげる」と買ってくれた。 中学校に入ると、入学前に膨らませていた期待が、すぐにしぼんでいった。教師の言葉が分からず、授業についていけない。日本語を学ぶ国際教室は、座って書き取りをするばかり。3カ月で不登校になった。 「自分は、どうなるんだろう」。将来への不安におびえながら毎日、団地の一室で過ごした。かばんを目にするたび、申し訳ない気持ちが込み上げる。 救ってくれたのは、事情を知って訪ねてきた高山だった。 「ずっとこのままで、どうするの? 勉強しましょうよ」 それから1年間、日本語を学び直し、自信がついた。「言葉が分かったら、勉強も面白くなった」。中学校に戻ってテストを受け、同級生の1カ月遅れで卒業資格を得た。 だが、社会に出て待っていたのは、派遣社員にしかなれない日系ブラジル人の現実。重労働で休みがなく、給料も上がらない。トヨタ系の下請けで、転職を繰り返した。 派遣生活を抜け出せたのは、身に着けた日本語のおかげだった。4社目の大手下請け企業が今年2月、彼の日本語能力を認め、社員に引き上げたのだ。 給料は3割近く上がり、ボーナスも有給休暇もある。社会保険にも入れた。「正社員になれたんだよ」。トルシーダの恩師たちに報告する電話の声がはずんだ。 卒業して6年たつが「あのかばんだけは手放せない」と言う。 「お守りみたいな感じかな。中に気持ちがいっぱい詰まってるから」 トヨタを支える下請け企業に、欠かせなくなった外国人労働者たち。「トルシーダの先生たちみたいな人が、日本にとって大事だと思う」。ボランティアで講師を買って出るケンジは言う。 「トルシーダにお礼をしなきゃいけない。永遠にね」 =文中敬称略 × × 取材班・秦融、寺本政司、酒井和人、島崎諭生 写真・長塚律、畦地巧輝、隈崎稔樹
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