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「消費税なしで財政再建も考えられないし、安心できる社会保障制度も成り立たない。どうこれから扱っていくか、きちんと道筋を立てていく」
そう福田首相が方針を語れば、町村官房長官が「社会保障を充実するため、負担が増えることへの理解はできつつある。中期的ビジョンを示す必要がある」と応じる。
内閣改造後、政権担当者から消費税を上げる地ならしと受け取れる発言が相次いでいる。国、地方の長期債務の残高が800兆円近くもあり、高齢化で支出が増えていく。それを賄うには国民に負担増を求めざるを得ない。そんな考えが見てとれる。
しかし、である。その前にやっておかねばならぬことがある。財政の無駄や非効率を徹底してなくすことだ。
最近でも、許せない無駄遣いが次々と発覚している。天下りの受け皿になっている特殊法人や独立行政法人による官製談合、あまりに多い公用車、ミュージカルやマッサージチェアにも使われた道路財源と、きりがない。
なんとかしようという動きが自民党内にも出てきた。政務調査会メンバーを中心にした「無駄遣い撲滅プロジェクト」である。肥満問題の「メタボ」にひっかけて「ムダボ」というのだそうだ。遅すぎた感は否めないが、この使命はきわめて重大だ。
チームは公共事業など主要な予算項目ごとに10人程度、計50人ほどの国会議員をあて、無駄や冗費を洗い出す。当面は調査費や広報費のなかに、役割を終えたもの、効果が認められないもの、同種の内容の二重支出などがないかチェックするという。
予算は、財務省がシーリングと呼ぶ上限額を決めて抑制してきた。だがこの方法だと、各省庁の予算要求が枠内に収まっていればそのまま認められがちで、個別の支出の必要度が厳しくチェックされにくい。とくに天下りのための予算など、官僚たちの利権に直結するものは温存されてきた。
官僚によるお手盛り予算は、官僚では削れない。これこそ政治家の役割のはずだ。さらに、本当に必要な分野へ予算を組み替えることにも取り組むべきだ。道路財源の一般財源化がその代表だ。それには「族議員」との正面衝突も覚悟せねばなるまい。
大いに期待したいが、志の低さがいささか心配だ。目標金額を聞くと「3千億〜4千億円」という声がもっぱらだが、数兆円単位で切り込まなければ国民の共感は得られまい。
政府も「行政支出総点検会議」を設け、民間人や自治体代表の知恵を借りて無駄をあぶり出す作業を始めた。ムダボチームと競い合えばいい。
政治が自らを律し、真に必要な予算をつくる。それが増税の大前提であることを肝に銘じなければならない。
日本のきものは、すべて国産の生糸で作られている――。
過去3年に高価なきものを買った900人あまりを対象に農林水産省の関連団体が行った調査で、半数を超える人がそんなふうに答えた。
実際はちがう。国産の生糸は、わずか1%しかない。日本で売られている絹のきものや帯の大半は、中国など外国産の繭や生糸に頼っている。
危機にある日本の農業のなかでも、養蚕はその最たるものだ。生活様式が変わってきものの需要が減ったうえ、輸入される安い生糸に押されて、20年前に5万7千戸を数えた養蚕農家は千戸ほどに減った。繭から糸を作る製糸工場も2軒が残るのみだ。
農家が養蚕を続けられるよう農水省が一定額の補助金を出す。こうした繭代の補填(ほてん)で生産者を支えてきた。
しかし今年4月、そんな補助のあり方を大きく変えた。繭代補填から自立支援へとかじを切ったのだ。
新しい支援の軸は、品質の高さを売り物にした純国産絹製品のブランドを確立することだ。養蚕農家や製糸業者、織物業者、問屋、小売店が一つのグループを作り、特色ある製品の開発に挑む。食料品と同じように生糸の産地まで消費者に伝わるようにして、純国産のよさを訴える作戦だ。政府は審査を通ったグループに、3年間に限って支援金を出す。
制度の転換は当然だ。所得の9割を補助金に頼るような農業では、長続きしない。見直しが遅すぎて事態を深刻にしてしまったことが悔やまれる。
農家の数でも繭の生産量でも4割を占める群馬県では、とくに危機感が強い。前橋市で呉服店を営む西尾仁志さん(59)は、6年前から独自のグループ「絹の会」を作って国産製品の巻き返しに努めてきた。
良質の繭を生産する農家3軒から、基準価格より高く買い取ってきた。製糸工場にその繭を特別の引き方で風合いのいい糸にしてもらう。それを各地にいる20人ほどの織り手や工房に提供して製品にしてもらう方法をとってきた。流通を思い切って簡素にすることで価格の上昇を抑えている。
新制度のもとで、早くもいくつかのグループが名乗りを上げている。支援期間中に経営体質を強め、支援金が切れた後も、グループの一人ひとりが責任を持って、消費者に評価される製品を作り続けてもらいたい。
第2次大戦前の時代には生糸が輸出品の7割に達し、日本の近代化に貢献した。時代が移り、産業構造が変わるのは仕方がないことだ。
しかし、絹は日本人の衣生活や文化と深く結びついている。関連する事業者はこの機会を逃さず、世界最高の養蚕技術と生きた産業文化を守っていってほしい。