NY市場におけるWTI原油8月限は3日に145.29ドルに達し、史上最高値を更新しましたが、その後の8日には一時的に135.50ドルまで下落した後に$136.04で取引を終えました。8日のWTI原油8の下げ幅は5.33ドルを記録していますが、これは1日の下げ幅としては1991年以来もっとも大きなものとなります。
これほどまでに価格が下落した理由としては、食糧や石油の高騰が懸念されているほか、地球温暖化の観点から洞爺湖サミットにおいて主要8カ国(G8)が2050年までの大幅な二酸化炭素排出量の削減を「世界全体の目標として採用を求める」ことで合意したことが脱石油の動きを強めるとの思惑が働いた可能性が考えられます。
また、先にゴールドマン・サックス社が発表していた"7月4日までに150ドル"という予測の期限を迎えたこと、FOMCの金利据え置きやECBによる予想範囲内の利上げ実施で材料織込み感が強まっていること、世界的なインフレ懸念と各国の物価高に対する措置、原油価格高騰に伴う需要の減少見通し、などの理由も価格下落を促した要因として挙げられるでしょう。
なかでも、原油価格の高騰を受けて石油製品価格を政府が統制しているアジア諸国で石油価格が引き上げられていることが注目されるでしょう。というのも、6月に石油製品価格が引き上げられたアジア諸国のなかに、インド、中国とこれまでの世界原油需要増加見通しを支えていた両国が含まれているからです。
なお、独立記念日の連休明けに発表されたCFTC報告によると、この原油価格の下落を先取りするようにNYMEX市場での6月25日~7月1日間における大口投機筋の買い越し数(先物のみの場合)は前週に比べて2,249枚減少しました。一方、前週には4,635枚買い越していた実需筋はこの週に1万8,424枚の売り越しに転じるなど、弱気な傾向が見られていました。
それでは、原油価格はそのまま下落することになるのでしょうか?実は原油価格がそう簡単には下落しない可能性が高いと思われます。というのも、9日には米国財務省によるイラン系の8法人・個人に対する経済制裁の拡大発表に続いて、イランが中長距離地対地ミサイル9発を試射したとの報も伝えられるなど、地政学リスクが高まっているからです。
イランは核開発を巡り米国との緊張が高まっていますが、6月26日付のエコノミスト紙でも伝えられているように、イスラエルとの関係も悪化が懸念される状況となっています。
原油の需給においてイランを巡る情勢悪化が懸念されるのは、同国が世界第4位の石油輸出国であることが一因です。また、中東からタンカーで原油輸出をする際にタンカーが通過しなければならないホルムズ海峡に面している同国がこの海峡を閉鎖するなどの措置を採れば、中東からの原油輸送はタンカーという手段を回避せざるを得なくなり、世界的に石油供給が逼迫する可能性が高まることが予想されるからです。
そして同時に注目されるのが、この緊張の高まりに足並みを合わせるようにして、NYMEX原油市場では$200ドルのコールオプションが着々と買われ、取組高が増加している点です。コールオプションとは、将来の決められたある時期に予め設定された価格でその商品を購入する権利を買う取引のことで、(一方の売る権利のことはプットオプションと呼ばれています。)今後の市場の方向性を判断するために一助とされています。
その原油のコールオプションの取組高ですが、行使価格が$200のコールオプション($200で原油を購入する権利)は、6月12日時点では800枚に過ぎなかったにもかかわらず、わずか3週間後の7月2日時点では2万6,210枚に達しています。これは、$130以上のコールオプションのなかで最も多い枚数であり、NYMEX市場では$200到達を見越してオプション取引が活発化している可能性が高いことを窺わせています。
また、インド、中国ら新興国5カ国を加えた主要排出国会合(MEM)においては、新興国側がCO2排出制限を拒否した結果、G8と新興国の間で温室効果ガスの排出目標が合意に至らなかったと新たに伝えられたことも、これら新興国の石油需要増加観測を後押しする要因となってきそうです。
原油価格が歴史的な高値に達したことで、世界的な物価高に対する警戒、脱石油の動きとこれに伴う需要の減少観測と原油市場を巡る弱気材料が意識される傾向が強まっています。とはいえ、このように弱材料が台頭すると同時に強気な見通しが改めて浮上する状況を見ると、原油価格はこのまま下落傾向を強めるのではなく、高止まり傾向が続く可能性が高いように思われます。