浄土真宗本願寺派(本山・西本願寺、下京区)が、伝統仏教教団の運営としては全国でも珍しい特別養護老人ホーム「ビハーラ本願寺」と診療所「ビハーラクリニック」を城陽市にオープンしてから4カ月が経過した。「生老病死」の苦悩に手を差し伸べようとする教団の姿からは「葬式仏教」との批判から脱却し、社会の要請に応えようとする姿勢が見える。現場で模索を続けるスタッフらの姿を追った。【木下武】
「ナモアミダブツ、ナモアミダブツ……」
午前8時45分。「ビハーラ本願寺」のホールで、僧籍を持つ山田宏晁施設長を導師に朝の勤行が始まった。朝日が差し込む明るいホールの前方には阿弥陀如来像が安置され、念仏を唱える山田さんと唱和する入所者10人の声がこだました。
車いすで参加した女性入所者(73)は一日もお参りを欠かしたことがない。東京で独り暮らしをしていた3年前、脳こうそくで倒れ、左半身まひの後遺症が残る。「本当なら生きていなかったはず。今はありがたくて天国のよう。左手がこれ以上悪くならないようにお祈りしています」
「単なる食事や入浴、排せつの介護だけでなく、将来の不安や寂しさを抱える心にいかに寄り添うかが大切。そのためにはスタッフのスキルアップが重要になる」。山田施設長はそう言って気を引き締める。
入居者は99人とほぼ満床。死への不安を抱える人も少なくない。「仏さまはどんな時も私たちを見守っている。仏さまの願いとして最後には必ず浄土に生きさせてもらう。だから今を精いっぱい生きて行こう」。山田施設長は押しつけにならないよう配慮しながら、浄土真宗の教えを少しずつ聞いてもらうようにしている。
一方、隣接する「ビハーラクリニック」(19床)は現在、6人の末期ガン患者を受け入れ、疼痛(とうつう)緩和や精神的ケアをしながら患者の最後の時間を見守っている。患者が求めれば、常駐の僧侶が精神的ケアにかかわるのが特徴だ。
既に8人の患者をみとった僧侶の打本弘祐さん(29)には印象に残る患者がいる。ほとんど言葉が出なくなった患者の枕元でお経をあげている時だった。「ナモアミダブツ」。患者の口から漏れる念仏に涙が止まらなくなった。患者は4日後に亡くなったという。
「一緒に人生を振り返り、深くかかわった人たちが亡くなっていくのはつらい。自分の感情をコントロールするのが大変な時もある。それでも逃げずに患者さん一人一人としっかり向き合っていきたい」と打ち明ける。
アユを調理して食事に出したり、竹を切って来てそうめん流しをしたり、患者の求めに積極的に応じている。8月には特養と合同で盆踊りが計画され、ささやかだが花火を上げる予定だ。「どれだけ患者の希望をかなえられるか。ここで死んでいくことが幸せだと思ってもらえる看護をしたい」。浦谷一夫事務長はそう決意を新たにしている。
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■ことば
ビハーラはサンスクリット語で「心身の安らぎ」の意味。仏教・医療・福祉が三位一体となって「生老病死」の苦悩を抱えた人たちを支援しようと1987年から活動をスタート。研修を通して活動者を養成するなどしてきた。実践の場として今年4月、特別養護老人ホームと緩和ケアをする診療所を開設した。
毎日新聞 2008年8月3日 地方版