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大野事件から三次試案を振り返る―医療制度研究会

 現場の医療者らが医療問題について考えるNPO「医療制度研究会」は8月9日に夏季研修会を開催。「大野病院事件から第三次試案大綱までを振り返る」をテーマに、産婦人科医やテレビ番組制作者、弁護士がそれぞれの立場から講演した。

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【福島県立大野病院事件】
 福島県立大野病院事件は、2004年12月、帝王切開手術中の女性を、子宮に癒着した胎盤のはく離による大量出血で失血死させたとして、当時の産婦人科医長、加藤克彦被告が業務上過失致死などの罪に問われて06年に逮捕・起訴された事件。今年8月20日に判決が言い渡される。公判では、出血後もはく離を続けた判断の妥当性などが争点となり、弁護側は加藤被告の無罪を主張している。現場の医師からは、「産婦人科医が一生に一度、遭遇するかしないかと言われるまれな症例で、医学的にみても治療に誤りはなかった」との声が上がっている。訴訟リスクを懸念する医師らが臨床現場を離れ、重症患者を引き受けなくなる委縮医療を招いているとの指摘もある。


■「大野病院事件が何を残した」
野村麻実・名古屋医療センター産婦人科医師

 野村氏は「産科医療崩壊の現場から―大野病院事件によって浮き彫りにされた問題点」と題して講演。事件発生から加藤被告が逮捕されるまでの流れとして、「医師法21条による(異状死の)届け出がされていない。遺族からの告訴がされていない」と指摘した。このため、死因究明制度の第三次試案や法案大綱案が、医師法21条の改正に着眼していることを「大きな誤解」とした。また、「業務上過失致死傷罪が(告訴されることが公訴の前提となる)親告罪でないために、警察が望めばいつでも介入できることも問題」と述べた。
 このほか、医療事故死などの捜査手法について、「業務上過失致死罪の逮捕基準があいまいで、自白偏重になっている。自白調書が欲しいために逮捕・拘留する『人質司法』と言われ、それも問題」と述べた。

 大野病院事件の争点整理として、@胎盤と子宮の癒着を認識した時点で胎盤のはく離を中止すべきだったか(癒着部位やその程度、出血の程度や予見可能性、死亡との因果関係、クーパー(手術用ハサミ)を使用してはく離したことの妥当性)A医師法21条違反に当たるかB被告の供述の任意性―を挙げた。このうち@に関して(「癒着部位やその程度」以外)は、「医師の裁量権の問題。その場で医師がどう判断し、どう対応するかは素人が考えて判決を出す問題ではない。それが争点の中心的な問題になっている。それを刑事で裁くことに問題がある」との見方を示した。

 野村氏は「刑事訴追の問題点は、個人を罰するという方法しかなく、検事が問題とする点についてのみ議論が続けられること」と指摘。大野病院事件でも、麻酔科などの問題は議論されていないと訴えた。また、裁判の場では遺族感情は慰撫(いぶ)されないと主張した上で、「医療と裁判は相性がよくない」と述べた。

 このほか、福島県内では事件後に13施設(休止予定も含む)が分娩の取り扱いをやめていることなどを説明し、事件の影響で県内の産科医療の崩壊が進みつつあると訴えた。


■「医療者を代表した声が発信される団体を」
真々田弘・日本電波ニュース社報道部

 救急医療に関するドキュメンタリー番組の制作などを手掛ける真々田氏は、「現場を見ることが取材に対する姿勢」と語った上で、これまでの活動を紹介した。
 真々田氏は、テレビ局のプロデューサーから、「医療が旬になってきたから取材してみないか」と声を掛けられたことをきっかけに、07年6月に6人の内科医が一斉退職した大阪府の病院を半年間取材した。取材の過程で、医師の不足や過重労働の問題などを理解した。真々田氏は、「(この病院の)事務長も状況を変えたいと思っていたが、医者を守るために救急外来を制限しようとしても住民や議会が敵に回った。毎年経営を改善しても、市からの繰越金が年々減っていた。市長が怒鳴り込んで院長を叱る声が患者にも聞こえてくる。これでは医療者も逃げてしまうと思った」と、取材の感想を述べた。

 真々田氏によると、取材を続けるうちに制作スタッフは医療者の現状を理解していった。視聴者目線ではなく、医療者側の立場で番組を作ろうと意識が変わり、テレビ局のスタッフも番組の放送直前になって「医療と裁判は相性が悪い」と理解した。
 当初は視聴者からの批判を懸念していたが、予想外に反応が良かったという。真々田氏は「きちんと伝えれば分かってくれるのだと思った。『こんなに医者が頑張っていると知らなかった。もっと伝えてほしい』との感想があった」と紹介した。
 
 真々田氏は、取材を続けるうちに感じた思いを、次のように語った。
 「5、6年前に比べ、潮目が変わっている。視聴者は『自分たちが医療を受けられなくなるかもしれない』と皮膚感覚で感じているから、こういう番組が受け入れられるようになってきた。医療者が発する言葉を視聴者が待っている。医療をどう守っていくかの提言を番組として出したが、困っている。取材をする中で、個々の医者が頑張っている姿しか見えず、医療者の集団が見えてこないからだ。日本医師会も学会も勤務医の声を代弁していない。誰の声を聞けばいいのか。集団としてのまとまりのなさに、ある種情けなさを感じる。日雇い派遣(の業界では、)制度を見直させている核となる人間の数は1000人いないかもしれないが、声を上げて政治を動かしている。26万いる医師たちは何をしてきたのかと思わざるを得ない。医療が悪くなっていることを伝えてこなかったわたしたちは『マスゴミ』と呼ばれても仕方がないと責任を痛感する。では医療者は何をしてきたか。現場で毎日が厳しくなり、医者が足りなくなっていると、医療界全体として発言してきたのか。医療を今後、どんなものにしてほしいか、医療界が知恵を集めて提言してきたことがあったか。
 4月12日の超党派議連のシンポジウムで、ある医師が『何をしてきたと言われたら、医者は医療をしていた』と言った。『うまいことを言う』と思ったが、一種の逃げ口上だ。マスコミがそう言われたら、『1日24時間、番組に穴を開けないために必死だった』と答えるのと一緒。しかし、それでは責任を果たせない。
 今がチャンス。メディアも変わりつつある。医師のつらく苦しい現場が開かれれば、わたしたちは入る。特に今は視聴者が求めているから発信できる。医療者は総意や知恵を集め、何らかのアクションを起こしてほしい。わたしたちはそれを支えていけると思っている」


■事故調は厚労省の権限を強化する
井上清成・井上法律弁護士事務所

 医療法務弁護士グループ代表や病院顧問などを務める井上氏は、死因究明制度について、第二次試案の段階から、「きれいな物言いで作られているが、法律家から見たら『裏』があると分かる。だが、医師には分からない。デメリットの部分が言われておらず、医療にかかわる法律家たちは指摘しないのかと頭にきた」と述べ、医療者が議論できる前提となる情報開示がなされていない点を問題視。その後公表された第三次試案についても、「責任追及」のスタンスが基本的に変わっていないと指摘。責任追及について、「例えば、民事で医療過誤の損害賠償請求がされたとする。ある医者の医療行為がおかしいと(患者が)訴えたが、見込み違いで、患者も正当な医療だと認めた。だが、医者が悪いという前提に立っているために、理屈が立たなくなっても『次はこれ(が悪い)』と出してくる。これが裁判や訴訟で、検察はどこまででもやるし、公訴を取り下げることもない」と述べた。

 法案大綱案について、民主党案と比較すると▽医師法21条の拡大強化▽医師の黙秘権の剥奪▽行政処分権限の拡大強化▽現行の業務過失致死罪の追認▽医療の行為規範化―などの問題が起こるとした。「(異状死を)届ければ行政処分がいっぱいできる。届け出なかったら医師法21条が働くと読むのが普通」と述べた上で、「届けない場合が事故隠しであることを前提に(厚労省は)構想を練っているのではないか。そのつもりだったら(通常の死亡は届け出ないと考える医療者と)話がかみ合わないので、下手をすると医師法21条の拡大強化につながる」と指摘した。また、「医師法21条は大した問題ではなく、本丸は刑事犯に処せられる業務上過失致死傷罪」として、医師法21条と、業務上過失致死傷罪を切り離して考えるよう促した。また、制度が出来上がってしまえば、業務上過失致死傷罪の適用を医療界が認めたと世間は受け止めるとの見方を示した。

 井上氏は、「病院長と勤務医の間にくさびを打ち込むのにちょうどよく、行政処分権限の拡大強化につながる。厚労省がうまくコントロールできるようになる」と述べ、新制度が創設された場合、厚労省が最も得をすることになるとの見方を示した。

 また、スウェーデンの無過失保障制度を視察した際に、「患者保険機構」のCEOを務める法律家から、「無過失保障制度を導入し、スウェーデンでは医療過誤訴訟を根絶やしにしたが、そんな制度を日本に導入しても弁護士は損するから意味がないのでは」と指摘されたと述べた。

 このほか、09年にスタートする産科の無過失補償制度と、死因究明制度の第三次試案について、「違いを見つけ出すのが難しいほど似ている」とも述べた。


更新:2008/08/11 22:16   キャリアブレイン


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