中国新聞 2008年8月11日付 洗心(4面) ネット上のソースなし
合祀取り消し訴訟原告団長 大田の菅原住職
「靖国と信仰」問い続ける
国の姿勢一貫し批判
合祀取り消し訴訟原告団長 大田の菅原住職
「靖国と信仰」問い続ける
国の姿勢一貫し批判
まもなく終戦記念日。戦争遺族の一人、大田市の菅原龍憲さん(68)=浄土真宗本願寺派正蔵坊住職=は「靖国神社を問うことは私の真宗信仰を問うこと」と語る。中曽根康弘元首相の公式参拝を契機に、一貫して国の「英霊顕彰」を批判。上映中止問題が起きた映画「靖国」にも出演し、合祀取り消しの主張を広く訴えた菅原さんに思いを聞いた。 (串信考)
「靖国神社に神として祀られると、戦没者が英霊とほめたたえられることによって、遺族は悲しみの行き場を失い、国の戦争責任を問えない状況が生まれる」。菅原さんは「靖国」の李纓(リイン)監督とのインタビューを振り返りながら話した。
先代住職の父龍音さんは一九四四年、ニューギニア戦線で戦病死した。今なお、約十万体を超える遺骨がジャングルに埋もれているといわれる激戦地。「国が起こした戦争で無残な死を遂げた者を、国がほめたたえるのは欺瞞ではないのか」。靖国合祀は遺族の悲しみを吸収することで、国の「欺瞞」を見えにくくする―との思いが菅原さんにはある。
八五年、当時の中曽根首相が首相として戦後初めて靖国参拝を実施したのを受け、八六年、真宗の「神祇不拝(じんぎふはい)※」に基づく真宗遺族会が発足。その代表として活動している。
二〇〇六年、靖国神社を相手に、龍音さんの合祀取り消しを求めて、他の遺族とともに大阪地裁に提訴した。原告団長の菅原さんは「祀られたくない自由」を主張し、靖国側の「祀る自由」と対峙する。
提訴するとき、宗教者が宗教者を訴えることに、ひどく悩んだ。しかし「靖国神社が、遺族の意思を無視して祀り続けるのは個人の内面への耐え難い侵害」として、踏み切ったという。
なぜ、そこまで靖国問題にこだわるのか。「日本人は仏教やキリスト教などとの多重信仰と言われるが、私は違うと思う。実質は神道一本なのではないか」。初詣で、七五三、お祭り・・・。「習俗化したものほど強力な宗教はない。日本人は意識して取捨選択をしない限り、神道信仰を免れえない存在だ」
〇五年の自民党の新憲法草案には政教分離を定めた二〇条の一部改正案もあり「社会的礼儀や社会的習俗」の範囲であれば、国や自治体の宗教的活動が許容されている。「実現すると、学校や行政の場に神道儀礼が簡単に入ってくるだろう」
靖国合祀問題への問いかけの中で、菅原さんは常に日本の戦争責任を見つめる。それは真宗教団に対しても向けられる。「戦前の国家神道はアジア各地に神社を建てたが、同時に東西本願寺も寺を建てていった。天皇のために念仏を唱えるという護国思想を支える教えになっていた」
戦後、連合国軍総司令部(GHQ)の国家と神道を分離する「神道指令」によって、靖国神社は宗教法人となった。「真宗は国家神道的なものを完全に払拭してきただろうか。靖国問題は、真宗は本当に今のままでいいのかを、われわれに突きつけている」
写真 「日本人は天皇を中心とする信仰の共同体に帰属しやすい精神構造を持っている」と話す菅原さん
※ 「神祇不拝」の「祇」の正しい新聞表記は「示氏」です。
>「靖国神社に神として祀られると、戦没者が英霊とほめたたえられることによって、遺族は悲しみの行き場を失い、国の戦争責任を問えない状況が生まれる」。
よく意味がわからん。遺族の中にもお前みたいなプロ市民はいるだろ。
帰りなんiza日記 とほほな菅原龍憲
>八五年、当時の中曽根首相が首相として戦後初めて靖国参拝を実施
はっきり公式参拝と書いていないので、中曽根元首相が戦後の首相で初めて靖国参拝したように感じさせる微妙な記述ですね。記者もそう思って書いてたら笑えるけど。
以下を見ると、吉田茂も1951年に公式参拝してるみたいだけどな。
そもそも私人としてなら三木元首相も1975年に参拝してるけど、菅原龍憲はその時に真宗遺族会を作ろうとは思わんかったのが不思議ですね。
靖国神社問題(WIKIPEDIA)
>「祀られたくない自由」
>「靖国神社が、遺族の意思を無視して祀り続けるのは個人の内面への耐え難い侵害」
本人が祀られたくなかったかは他人にはわかりませんが、何か。
親は靖国に祀られていないと考えればいいだけの事なのに必死だな。
>初詣で、七五三、お祭り・・・。「習俗化したものほど強力な宗教はない。日本人は意識して取捨選択をしない限り、神道信仰を免れえない存在だ」
クリスマスを祝う人間が、すべてキリスト教徒でも言いたいのか。
>「日本人は天皇を中心とする信仰の共同体に帰属しやすい精神構造を持っている」
思い込み日本人論キターーーーーー。
中国様が怒っているので参拝しては駄目 (当ブログ過去エントリー)
750万円の公的助成金が出ている件はスルーですか、森さん (当ブログ過去エントリー)
「靖国神社に神として祀られると、戦没者が英霊とほめたたえられることによって、遺族は悲しみの行き場を失い、国の戦争責任を問えない状況が生まれる」。菅原さんは「靖国」の李纓(リイン)監督とのインタビューを振り返りながら話した。
先代住職の父龍音さんは一九四四年、ニューギニア戦線で戦病死した。今なお、約十万体を超える遺骨がジャングルに埋もれているといわれる激戦地。「国が起こした戦争で無残な死を遂げた者を、国がほめたたえるのは欺瞞ではないのか」。靖国合祀は遺族の悲しみを吸収することで、国の「欺瞞」を見えにくくする―との思いが菅原さんにはある。
八五年、当時の中曽根首相が首相として戦後初めて靖国参拝を実施したのを受け、八六年、真宗の「神祇不拝(じんぎふはい)※」に基づく真宗遺族会が発足。その代表として活動している。
二〇〇六年、靖国神社を相手に、龍音さんの合祀取り消しを求めて、他の遺族とともに大阪地裁に提訴した。原告団長の菅原さんは「祀られたくない自由」を主張し、靖国側の「祀る自由」と対峙する。
提訴するとき、宗教者が宗教者を訴えることに、ひどく悩んだ。しかし「靖国神社が、遺族の意思を無視して祀り続けるのは個人の内面への耐え難い侵害」として、踏み切ったという。
なぜ、そこまで靖国問題にこだわるのか。「日本人は仏教やキリスト教などとの多重信仰と言われるが、私は違うと思う。実質は神道一本なのではないか」。初詣で、七五三、お祭り・・・。「習俗化したものほど強力な宗教はない。日本人は意識して取捨選択をしない限り、神道信仰を免れえない存在だ」
〇五年の自民党の新憲法草案には政教分離を定めた二〇条の一部改正案もあり「社会的礼儀や社会的習俗」の範囲であれば、国や自治体の宗教的活動が許容されている。「実現すると、学校や行政の場に神道儀礼が簡単に入ってくるだろう」
靖国合祀問題への問いかけの中で、菅原さんは常に日本の戦争責任を見つめる。それは真宗教団に対しても向けられる。「戦前の国家神道はアジア各地に神社を建てたが、同時に東西本願寺も寺を建てていった。天皇のために念仏を唱えるという護国思想を支える教えになっていた」
戦後、連合国軍総司令部(GHQ)の国家と神道を分離する「神道指令」によって、靖国神社は宗教法人となった。「真宗は国家神道的なものを完全に払拭してきただろうか。靖国問題は、真宗は本当に今のままでいいのかを、われわれに突きつけている」
写真 「日本人は天皇を中心とする信仰の共同体に帰属しやすい精神構造を持っている」と話す菅原さん
※ 「神祇不拝」の「祇」の正しい新聞表記は「示氏」です。
>「靖国神社に神として祀られると、戦没者が英霊とほめたたえられることによって、遺族は悲しみの行き場を失い、国の戦争責任を問えない状況が生まれる」。
よく意味がわからん。遺族の中にもお前みたいなプロ市民はいるだろ。
帰りなんiza日記 とほほな菅原龍憲
>八五年、当時の中曽根首相が首相として戦後初めて靖国参拝を実施
はっきり公式参拝と書いていないので、中曽根元首相が戦後の首相で初めて靖国参拝したように感じさせる微妙な記述ですね。記者もそう思って書いてたら笑えるけど。
以下を見ると、吉田茂も1951年に公式参拝してるみたいだけどな。
そもそも私人としてなら三木元首相も1975年に参拝してるけど、菅原龍憲はその時に真宗遺族会を作ろうとは思わんかったのが不思議ですね。
靖国神社問題(WIKIPEDIA)
>「祀られたくない自由」
>「靖国神社が、遺族の意思を無視して祀り続けるのは個人の内面への耐え難い侵害」
本人が祀られたくなかったかは他人にはわかりませんが、何か。
親は靖国に祀られていないと考えればいいだけの事なのに必死だな。
>初詣で、七五三、お祭り・・・。「習俗化したものほど強力な宗教はない。日本人は意識して取捨選択をしない限り、神道信仰を免れえない存在だ」
クリスマスを祝う人間が、すべてキリスト教徒でも言いたいのか。
>「日本人は天皇を中心とする信仰の共同体に帰属しやすい精神構造を持っている」
思い込み日本人論キターーーーーー。
中国様が怒っているので参拝しては駄目 (当ブログ過去エントリー)
750万円の公的助成金が出ている件はスルーですか、森さん (当ブログ過去エントリー)