どちらに未来があるか、選択肢の問題

―――『イノセンス』(04)で取材させていただいたとき、3Dキャラにはご興味あるか質問したら、「全然ない」と明言されてました。

押井 あの時点ではね……まだ作画でがんばれると思ってたの。でも、実際にはあの時でもすでにピークはとっくに過ぎてたんだ。こんなに急速にね、アニメーターが払底してしまうとは思わなかった。

―――発言の変化は、状況あるいは環境の変化によるものということになるのでしょうか。

押井 やっぱりさ……。時間が経ったってことだよね。

―――つまり、スタッフが4年分の歳をとったっていう意味ですか?

押井 うーん……。それは当たり前のことだけどね。一方で3Dは今回の『スカイ・クロラ』をやってみてね、「(この4年で)本当にみんなうまくなったな」って、それは改めて感じたから。

―――それは空戦シーンを中心にそう思われたことになりますよね。

押井 うん。それでね、たとえば3Dのキャラクターアニメーションを使ってね、バセットを見事に動かせるのかって言えばさ……。

―――ダメなんですか?

押井 おそらくまだ……。かと言ってね、いま作画でやってみて、かつて『イノセンス』でやれたようにバセットをもう1回見事に動かせるかっていうとさ……。これはもう両方とも不可能なわけだよね。だったら「どちらに未来があるだろう?」っていう話なんだ、これは。演出家として、監督として、どちらに自分の作品を託すべきかっていう、選択肢の話であってさ……。
いや、これでもずいぶん遠慮してものを言ってるんだよ(笑)。今後ともしばらくアニメーターとは付き合っていくわけだからね。彼らは彼らでね、おそらく手描きの世界に殉じるだろうと僕は思ってるからさ。それはものすごく尊重してる。常に尊敬に値する仕事をしているわけだし、今回もずいぶんと助けてもらったし。
でもね、そちら(2Dアニメーション)の風が凪つつあるのは確かなことで、新しい風はしばらくは吹かないだろうと。だって今のトップグループに匹敵する、いわゆるコアの2Dアニメーターはね、20代の頃からみんないい仕事をしてたわけだ。なのにね、今の20代にめぼしい人間がもしいないとすればね……僕は見つけられなかったけど……10年後が存在するとは思えない。

―――それは、いろんな取材を通じてよく聞く懸念ですよね。リアル系アニメーターに後続のないまま、このまま高年齢化していったときにどうなるかって……。

押井 アニメーションってさ……映画もそうなんだけど、時間が経てば経つほど、どんどん良くなるっていう、そういう基盤がないんだよね。昔やれてたことが、今できない。昔可能だったことが、今不可能。そういうことが、アニメーションの世界にはザラにあるんであってね。みんな漠然と、技術力って右肩上がりになるはずのものだ、それが自然の過程だって思ってるかもしれないけど、それはとんでもない話なんだ。誰かが懸命に支えない限り、どんどん下がるものなんだよ。

3Dに秘められた可能性と限界

―――逆にデジタルの場合は「ムーアの法則」(※1)を筆頭として純粋な技術的な進歩もあると思っています。ということは、何年か経てば確実に何倍かになる余地が、まだ残されているってことになりますか。

押井 そういう可能性は間違いなくあるよね。相当優れた3Dのアニメーターがね、この先に登壇する可能性は、僕はかなり高いと思っている。ただね、それでも越えられないある種の壁があるんだよ。それは何か。って……何だと思う?

―――うーん……。

押井 僕には分かってる。それがね、このまま行けばきっとどうにもならない。彼ら3Dアニメーターがいかにね、モーションに巧みになったとしてもね、絶対に越えられない壁があるんだ。

―――それは、あらかじめ作られているモデルを動かすから、どうしても予定調和になるとか、そういうことですか。

押井 それはアニメーションだっていっしょだよ。

―――でも、アニメーションの場合だとメタモルフォーゼ(※2)とか、予定を崩す手法がいろいろありますよね。

押井 ああ……。でもね、それを言い出したらさ、3Dだって作ったモデルをそのまま律儀にずーっと同じように動かしてるわけじゃないよ。とにかく、いろんな裏技があるんだよ。要するに、アニメーションをするってことは、モーションをとるっていうことだけじゃないからね。だから僕がもしやるとしたらなら、もちろんモーション(キャプチャ)は使わないよ。

―――じゃあ、手づけで。

押井 うん。やるとしたらね。モーションはね……。僕は、あんな技術に未来があるとは思わない。

―――実際、アメリカのアカデミー賞基準でも、アニメーションとして認められなくなりましたからね。となれば、3Dをやるとしても、目指すところはアニメーションという点には変わりないということですか。

押井 だからね。その文章(『メタルギアソリッド4』のプレス)を書いたときから、僕はある種の覚悟をしたということなんだよ。ただし、それがいつからになるかはね……まあ、明言できないですよ。

―――次回作の内容に関わるからですか?

押井 まあ……それはね。それこそ、最大の企業秘密に属することなんでね(笑)。

―――それでは先の話はできないとしても、アニメの現状に関する押井監督のコメントから、何か先につながるお話をいただけないかと思うのですが。

押井 アニメーションって多分ね、それは『(崖の上の)ポニョ』(※3)って作品含めての話だけど……。日本における手描きのセルアニメーションって、デジタル化したにせよ、まさに落日に差し掛かっているんですよ。まさか僕が生きているうちにそうなるとは思わなかったわけだけど。どんな変化もね、想像したより早くくるもんだなって。かつてのデジタル化がそうであったように、恐ろしい速さでその斜陽化は進行しているんですよね。それでもなお旧態を守るっていうことについては、もちろん別にそれはそれで否定しない。ただし多分それはね、僕の仕事じゃないんだ。

「映画を発明し直す」ことで先へ生き延びる

―――であれば、押井さんの今後の仕事とは、どういう方向性を目ざすのでしょうか?

押井 どう考えてもね、僕はこれまで「映画を発明し直すこと」で監督足りえてきたんですよ。少なくとも、自分ではそう思っている。演出力がどんどんどんどんうまくなっていって、巧みになることで生き残ってきた監督ではないんだよ、自己分析すればね。「映画それ自体を発明してきた」のであってさ。

―――それも、「映画のための技術」とカップリングで発明してきたってことですね。

押井 うん。それがね、おそらく今後も僕の仕事なんだろうと。アニメーションの良さを守ろうという意志はね……それは、宮さん(宮崎駿監督)みたいなアニメーターにこそ、ふさわしい。僕がそれにもし共感したとしてもね、同じことはできない。できないし、するべきでもないと思っている。

―――具体的には、どんなアプローチをとろうとされてますか?

押井 だから本音を言えばね。いつも言ってることだけど、「一番手になるのは真っ平なんだ」っていうこと(笑)。特に今回、日本で公開されている3Dのキャラクターアニメーションの長編映画にね、やっぱり見るべきものがなかったっていうことも、確かにあるわけ。アニメファンはおろか、一般の映画ファンもこれを支持するとは、とうてい思えないわけですよ。だから、現在って3Dはまだ偉大なる先行投資なんだろうと。

―――だとすると、そこであえて押井監督なりに3Dキャラクターの今足りない点を突きつめることが、「映画を発明しなおす」という突破口につながると、そういう理解でいいんですか?

押井 うん。僕が単にね、「これから3Dのキャラクターアニメーションを手がけることにしました」って言い出したとしても、それだけで何かができるとは全然思っていない。その場で新たにある種の発明をするしかないんであってさ。とは言っても、それって技術的な発明のことを言ってるんじゃないんだよ。

―――これまで誰もやっていなかった使い方という意味ですよね……。

押井 そう。あくまで「映画としての発明」ってこと。やっぱり技術そのものは、何ものでもないんだよ。かつてCGがそうであったようにね。本来、CGっていう技術は、映像を作り出すためのものでもなかったし、ましてやいわゆる「劇映画」を作り出すための技術でも何でもなかったわけですよ。もっとアカデミックなものとして誕生したもので、ゲームやら映像やらに使われるために作られたものじゃないんだよ。

―――歴史的には、まさにそうですよね。

押井 でもさ、そのCGをそういう風に使おうという意志を持った人間が登場した瞬間にね、CGってものがただのコンピュータ・グラフィックスではなくなって、CGI(コンピュータ・ジェネレーテッド・イメージ)になったわけだ。つまり、そこで始めてイメージを持った。それでゲームや映画に使えるようになり始めたというわけ。
それと同じようにね、今の3Dのキャラクターアニメーションがもっている、さまざまな技術的な可能性を生かすも殺すも、それにふさわしい「映画を発明」できるかどうかにかかってるんだよ。『イノセンス』がかつてそうであったようにね。
それをまあ……見つけ出せばね。口はばったいこと言うようだけど、それを見つけること、その映画を発明することが、僕の仕事なんですよ。そして、おそらく僕が最適任者なんですよ。なぜかといえば、そのために必要とされるさまざまなスキルを積み上げてきたから。その中には、実写の経験っていうことも含まれてるしね。
ただひとつ欠けているのは、「僕は絵が描けない」ってことだね。まあそれは、今までも最大限に利用してきた人間だから。

―――今回も、逆に利用できるんじゃないかなと。

押井 うん、まさにね。だから、僕は組むべき相手を絶えず探してきたわけであってね。映画っていうのはね、結局は一人の仕事ではありえない。人と組むことが映画なんですよ。この真理はね、変わらないよ。この真理を覆そうとするとどうなるか、そこから踏み外すとどうなるか。それはね、この夏もう1本の大作を見ていただければ、実によく分かる(笑)。優れた映画を作りだすことと、優れたイメージを生み出すことと、映画を作ること。それらは、依然としてまったく別のことなんですよ。……っていうあたりかな。

―――例の発言の真意が見えてきました。次回作を楽しみにしています。

【2008年7月3日/東京国際フォーラムにて】

押井 守(おしい・まもる)

1951年、東京都生まれ。東京学芸大学教育学部卒業。77年、竜の子プロダクション入社。80年、スタジオぴえろ(現・ぴえろ)へ移籍し、TV『うる星やつら』(81-84)でチーフ・ディレクターに抜擢される。『うる星やつら オンリー・ユー』(83)が劇場デビュー作。翌年『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』(84)を発表後、フリーとなる。以後、『紅い眼鏡』(87)をはじめする実写映画ほか、漫画原作、小説、エッセイ、ゲームとジャンルを問わず活動の場を広げる。主な作品に『機動警察パトレイバー劇場版』(89)、『機動警察パトレイバー2 the Movie』(93)、『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』(95)、『アヴァロン』(01)、『イノセンス』(04)、『立喰師列伝』(06)などがある。各話演出で参加したTVドラマ『ケータイ捜査官7』(TX系)第20話・第21話が近日放送予定。

『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』

©2008森 博嗣/「スカイ・クロラ」製作委員会

原作:森博嗣 監督:押井守
脚本:伊藤ちひろ 音楽:川井憲次
声の出演:菊地凛子、加瀬亮、谷原章介、栗山千明ほか
配給:ワーナー・ブラザース映画
8月2日公開
■公式サイト

『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊2.0』

©1995・2008士郎正宗/講談社・バンダイビジュアル・MANGA ENTERTAINMENT

原作:士郎正宗 監督:押井守
脚本:伊藤和典 音楽:川井憲次
声の出演:田中敦子、大塚明夫、山寺宏一、榊原良子ほか
配給:ワーナー・ブラザース映画
7月12日公開
■公式サイト
(『スカイ・クロラ』公式サイト内)

※1 ムーアの法則

1965年にインテルの共同創業者ゴードン・ムーアが提唱した法則。「集積回路におけるトランジスタの数は18ヵ月ごとに倍になる」というその経験則どおりにコンピュータの処理能力は改善され、90年代後半にパソコンやネットワークなどの分野でコスト・パフォーマンスの飛躍的な向上を支えることになった。グラフィック技術やその応用である映像も、こうした基盤の改善が定常化する上に乗っているため、レンダリング処理速度なども年々向上する。従って、ハードの底辺が飽和するまでは、CG技術は毎年確実に一定の進歩を遂げ続ける可能性が大、というのが発言の意味。(氷川)

※2 メタモルフォーゼ

アニメーションの技法で、対象物の形を自在に変化させて描くこと。

※3 崖の上のポニョ

徹底してアニメーターの手描きにこだわり抜き、17万枚の動画枚数を費やしたという宮崎駿監督最新作。5歳の男の子・宗介と、人間になりたいさかなの子ポニョの出会いを描く現代のおとぎ話。2008年7月19日公開。