余録

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余録:円朝忌

 「怖いものを思い出しちゃった」「それはなんだい。ぜひ教えてくれよ」「饅頭(まんじゅう)が怖い」。そこでみんなで「あいつは気に食わないから饅頭攻めにしよう」とたくさんの饅頭を枕元へおくと「うわ! こんな所に饅頭がある。怖いよお」▲そっとのぞくと、「怖いから食べちまおう」「うますぎて怖い」と饅頭をほおばっている。「やい、本当に怖いものは何だ」と聞けば、今度は「濃いお茶が怖い」。江戸、上方それぞれで語られる有名な落語「饅頭怖い」の一節だ▲中国にも「貧乏書生が饅頭が怖いと饅頭屋の主人のいたずら心をかきたてて饅頭をせしめる」話があり、落語は、中国・明代の笑話集「笑府」から多くのネタを拾っている。「笑府」は清代初めに散失し、一冊も残らなかったが、後に日本の本を通して中国に逆輸出された▲きょう11日は三遊亭円朝の命日。お盆の夜、カランコロンの駒げたの音が怖さをかもしだす円朝の怪談話「牡丹灯籠(ぼたんどうろう)」も元は明代の怪談集の一編だ。生者と死者が逢瀬(おうせ)を重ねる怪異話を換骨奪胎し、旗本の家で起こった事件を加えて創作している▲それを流れる口調で、質の高い話芸に仕上げた円朝話は速記という形で公開され、現代につながる口語体(言文一致体)を生んだ。日本留学中の作家、魯迅もその言文一致体を学び、現代中国語の文体にも影響を与えている▲それから百数十年、中国人作家が日本語の小説で芥川賞をとる時代となった。北京五輪を機に日中交流の歴史の深さを感じさせられる日々が続く。この世で何が怖いかといって、人間ほど怖いものはないというが、スポーツを通して人間の素晴らしさを満喫したい。

毎日新聞 2008年8月11日 0時06分

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