アルビオン南部を涼やかな風が吹き抜ける。
「なんか周囲の目が恐いと思うんだ」
サウスゴータ一帯を治める太守の屋敷。
用意された紅茶を一息に飲み干すや、ウェールズが告げた言葉がソレである。
「……いや、何の連絡もなしに屋敷まで来たと思えば、いきなり何言ってんのかね、この皇太子は」
「でも姉さん、ウェールズ兄さんが唐突なのはいつものことだと思うんだけど」
双方呆れと困惑を顔に浮かべるマチルダとティファニア。そんな姉妹の反応に、ウェールズは顔を俯け、ボソリとつぶやく。
「……それだけ、厄介な事態にある訳だよ」
「はぁ……厄介な?」
「事態……なの?」
思わずもれた二人の問い掛けに、なぜか沈黙が降りる。
「………」
不自然なほど長く続く沈黙に、マチルダが動揺したような声を上げる。
「い、いつまで黙ってるんだい?」
ひょっとしてまずいことを聞いちゃったのか。マチルダが心配になってきたところで、ようやくウェールズが重い口を開く。
「……実は最近、トリステインの姫さんと文通とか始めたんだ」
「あぁ……」
なんとなく察しがついたと、マチルダが生暖かい視線を向ける。
「単に歳が近い王族同志ってことで、いろいろ情報交換してるだけだってのにさ。なんか色々と生暖かい期待を込めた眼差しが、こうヒシヒシと感じる訳だよ」
「なんというか、御愁傷様だね」
どこかげっそりした様子で肩を落とすウェールズに、マチルダが片眉を上げて応じる。王族ともなれば、そういう方面の話のややこしさは、マチルダの想像以上のものがあるだろう。
「まあ、ようやく内乱も終わったことだし、あんたら中央の人間にしてみれば、それも当然の反応なのかもしれないけどね」
王党派が内乱を完膚なきまで徹底的に叩き潰した結果として、今や王権はかつてないまでに高まっている。
しかし政体の中央集権化が進む過程で、宮廷内は新たな統治システムの移行にてんてこ舞いなのが現状だ。
そんな中、次代の王権を担う者の配偶者に誰がなるのか、注目が集まらないわけがない。
なお、高齢の父王はひたすら面白がって傍観の構えである。ただ一言、ウェールズの良いようにしろと告げたのみ。
おかげで重臣たちの間で、ウェールズの相手を国内に求めるか、外交の一つとして外に求めるのか、これ一つとっても千差万別の意見に別れ、日夜激論が繰り広げられていたりする。
とは言え、早急な婚約者の擁立に関しては、宮廷内の誰もが意見を一致させるところである。結果として、ウェールズの執務室には、ひたすら縁談話を持ち込む者たちの長蛇の列が続く。
当のウェールズの反応と言えば、今は貿易事業の拡大で忙しいからと、ひたすら聞こえない聞こえなーいと耳を塞ぐ日々。
ぶっちゃけ事業に専念するという名の現実逃避である。
しかし、貿易事業に掛ける時間が増すことに嘘はないわけで、現実逃避から生じた行動が、皇太子の貿易に掛ける熱意に偽りなしと、諸外国の信頼を買っていたりするものだから、世の中何が功を奏するのかわからない。
なお、このときウェールズが無駄に作り込んだ貿易システムが、後にハルケギニアの流通圏を征し、アルビオンをして大陸の影の支配者とまで言わしめるほどの、とんでもない成果を上げることになるのだが、それはまた別の話しである。
閑話休題。
「……というか、さっきから完全に他人ごとだよなぁ、マチルダの姐さん」
「そりゃ人ごとだからね」
あっさりと返る無常な言葉。なんだかウェールズは涙がちょちょ切れそうだった。
どんどんテンションが落ちていくのを自覚しながら、ウェールズはさらに細かい近況をポツリポツリと言葉にしていく。
「……おまけに最近は国中の貴族から、縁談話が津波のごとく押し寄せてくるわ。会食毎にわらわらと人が寄って来るわ」
「けっこうなことじゃないの?」
その言葉を聞いた瞬間、ウェールズは切れた。
「ぜんぜんけっこうじゃないわい! ってか、断じて違うと言わせて貰うねっ!!」
ウェールズだって男の子。女の子に言い寄られて嬉しくないと言えば嘘になる。
しかし、貴族のお嬢様方のアプローチと言えば聞こえはいいが、想像と実態は異なるのが世の常。
「モーションかけるとかの次元じゃない! ありゃ一種の狩りだね!!」
思い出すだけで、全身がガクガクと震え出す。
「せめて、せめてもうちょっとだけ間接的なアプローチにしてー!」
逆夜這いとかダメー! 絶対ダメー!
何か致命的なトラウマが蘇ったように、頭を抱え懊悩するウェールズ。
まあ、誰だって事有るごとに目をギラつかせる異性の獣性に晒されるような環境に身を置けば、トラウマの一つも覚えよう。
そんな騒がしいウェールズの痴態をじっと見据えていたティファニアが、よくわからないといった様子で首を傾げる。
「ウェールズ兄さん……その、そんなにアプローチとか凄いの?」
「ああ」
頷くウェールズの目に浮かぶは、血の涙であった。
うっかりパクっと行ってしまった瞬間、流れるのは人生のエンドロールである。
鬼気せまるウェールズの迫力に、これ以上つつくのはやばいとさすがに二人も気付く。
「な、なんか、思ったよりとんでもない事態になってるようだね」
「う、うん……でもウェールズ兄さんって、意外と人気あるのね」
「まあ人気というか、物珍しさが大半だろうけどね」
なんだかウェールズは自分がかなり酷いこと言われてるような気がしたが、とりあえず今は気にしないことにする。恐怖の記憶を振り払って、顔を上げ訴える。
「ともかく! この攻勢から逃れる術を確立しない限り、もう後がないんだ! 頼む! 一緒になんか対策を考えてくれ!」
ウェールズの切なる訴えが響き渡った。
しかし、この訴えを前に、マチルダはどこか難しい表情で唸りを上げる。
「……でもさ、逃れるのは実際問題、難しいと思うけどね」
「なぜに!?」
「だってさ。あんたは仮にも、あの内乱を治めた立役者、アルビオンの皇太子ウェールズ殿下な訳よ?」
仰天するウェールズに、マチルダはしごく淡々と理由を告げる。
将来的に王位につく事はまず確実。おまけに目立った婚約者が存在しないと来てる。上手くすれば正妃につく事すら可能。
「こんだけ良い条件揃ってたら、そりゃ動かない方がおかしいんじゃないの?」
「ううっ……王族だって……王族だって……普通の恋愛とかしてみたいんだぃ……!」
普通にキャハウフフってしてみたいんだい!
「ちょ、ちょっと落ち着きなって! 絶対無理とは言ってないだろ?」
「うっうっ………」
机に突っ伏して泣き伏せるウェールズに、マチルダが顔を引きつらせながらフォローを入れる。
「えーと、なら、あれだよ。その、そうだ! いっそのこと誰か婚約者がいるってことにしちゃえばいいんじゃないかい?」
「ん……?」
婚約者? ウェールズは首を捻る。
かけられた言葉の意味をしかと理解するまで、しばしの間。
「おお!」
その手があったか! ウェールズは両手をポンと打ち鳴らす。ついで、そのまま思い立ったら即実行とばかりに、王都に駆け戻ろうと立ち上がったところで、不意にその足が止まる。
(む……いや、待てよ。この方法も問題がない訳じゃないな)
確かに婚約者を偽装するというのは、明確な牽制になるだろうが、なかなか難しい一手でもある。
たとえ一時的な措置であれ、王族の婚約者となる以上、相手にはそれなりの家柄とか説得力が求められる。
また、そのまま本物になられても堪らないため、下手な相手にも頼めないと条件はさらに厳しく絞られる。
それこそ、こっちの事情を丸ごと知ってるような協力者の存在が必要不可欠に……
そこまで考えたところで、これまで相談相手になって貰った二人が、そのまま条件に当てはまることに気付く。
「ん? どうしたんだい?」
「どうしたの、ウェールズ兄さん?」
まじまじと彼女たち二人の顔を見比べた後で、ウェールズはティファニアの手をがしっと握り込む。
「テファ! 毎日、俺に味噌汁を作ってくれ!」
「え? えーーー!?」
最初はポカーンと握られる手を見ていたティファニアが、告げられた言葉を理解した瞬間、顔をボンと真っ赤に染め上げた。
彼女はあわあわと沸騰する頭を揺らす。い、いったいどう答えたらいいんだろう。混乱する思考がまとまらない。
しばし返す言葉に迷った後で、不意に、はっと何かに気付いたようにティファニアは口元を押さえる。
「あ! でも、わたし、お料理の作り方とかよくわからなかったわ。ご、ごめんなさい」
だからお味噌汁も作れないの。しゅんと肩を落として、心底申し訳なさそうに告げるティファニア。
あまりに予想外の返しに、ウェールズは盛大にずっこけた。
「い、いや、まんま味噌汁作ってくれって意味じゃないんだけどな……」
なんという鉄壁な天然返し。
「……というか、表に立てないテファじゃ意味ないでしょうが」
「あ」
呆れ顔で入ったマチルダの突っ込みに、ウェールズも根本的な問題に気付かされる。
大公家の娘なら皇太子の相手として申し分ない存在だが、そもそもティファニアの存在を明らかにすることができない以上、無意味な仮定に過ぎない。
「ん……? でも、よくよく考えてみれば、父上たちもあんたにはそーいう面での期待がないとは言い切れないのか」
しかし、当の突っ込み入れたマチルダは、何やら首を傾げて唸り声を上げていた。
「へ、サウスゴータ家の当主が?」
「もう少し正確に言えば、モード大公がね」
かなり嫌そうにウェールズを見据えた後で、マチルダは言外にティファニアの耳元を示すと、ウェールズに小さく囁く。
(……事情知ってて、いざというときに庇えるような相手は、そうそういないだろ?)
(……あ、そういうことね)
ティファニアの長く伸びた耳。それはメイジが目の敵にするエルフとのハーフであることを示す特徴だ。
大公が存命の間はまだいい。しかし、先のことを考えると、誰か身柄を任せられる相手を探したくもなるだろう。
一人話の環から外されたカタチになるティファニアが、しきりに不思議そうにこちらを見据えていた。
まあ、どっちにせよ、天然な彼女が偽装相手を務めるとか、土台無理な話しである訳だが。
「しかし、そうなると……」
ウェールズの視線は自然と、残るもう一人の候補、マチルダに向かう。
「へ? 私? わ、私はいやだよ! そんな偽装相手なんて!」
「あー、まあ、わかってるよ。さすがにマチルダの姐さんじゃ、洒落にならんもんなぁ」
適齢期も適齢期。ぶっちゃけいつ結婚してもおかしくない相手だ。そんな相手に偽装相手を頼むのは気が引けた。
「……やけにあっさり引かれるのも、それはそれで癪に障るもんがあるね。というか、むしろこっちは最近そういう話がパッタリ止んで、焦ってるぐらいだってのにねぇ……」
ぶつぶつと呟き始めたマチルダの言葉に、ウェールズは意外さを覚える。
「へ、姐さん焦ってるのか?」
「……ちょっとね。前は縁談とかしきりに持ち込んでた父上の様子が、最近おかしいんだよ」
なんでもさっぱりだそうだ。
ちょっと前までは鬱陶しいと思うまでに持ち込まれてた縁談話。それが、ここ二・三年で急速に途絶え始めた。
なぜ急に縁談話が止んだのか。尋ねるマチルダに対して、父上はあかさまに話を逸らす。
「いったい何を企んでるんだかね」
なんだか怪しいなーと思いながら、依然、正確な理由をつきとめられないでいるそうな。
サウスゴータ家当主の怪しい動きを聞いて、ウェールズは改めて貴族ってもののややこしさを胸に刻んだ。
「なんか、そっちはそっちで大変そうだな」
「まったくだね」
交錯する生暖かい視線。含まれる感情はシンパシー。似て非なる同類に向けた哀れみの念である。
「結局、今後も無難に対応してやり過ごすしかないのかね……」
避けられないとわかっていても、やはり憂鬱であった。
しかし、この時点で誰が気付こう。
サウスゴータを頻繁に訪れるウェールズ・テューダーと、この地を治める太守の一人娘マチルダ・オブ・サウスゴータ。
二人の存在を結びつけて考えるものは意外に多い。
マチルダの周囲から縁談話がさっぱり止んだ。
これも実は父親たる太守自身が、主君の一人娘の存在を隠蔽すべく、流れる噂話を積極的に利用した結果だったりする。
誤解は訂正されることなく、本人たちを置き去りにしたまま、急速に広まっていく。
曰く、あの二人はデキてるらしい。
ことの真相に気付いたとき、マチルダは感情を爆発させ、瞬間的にトライアングルクラスを越えたスクウェアクラスの力に目覚め、40メイルもの超巨大ゴーレムをもって、父親に制裁の一撃を加えることになる。
げに恐ろしきは乙女の純情。
いと短きハルケギニアの結婚適齢期。
折しもマチルダ・オブ・サウスゴータが迎えた、23度目の春先のことだった。
- 2007/07/16(月) 11:00:00|
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