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まじめに仕事をしているのに、暮らしていけないほど賃金が安かったら、誰でも働く気がうせてしまう。
そんなことにならないようにと定められているのが最低賃金だ。この金額を今年度いくら引き上げるか。厚生労働省の審議会が目安を決めた。
全国平均で、今より15円ほど時給を高くする。示されたのは、そんな去年並みの水準だった。生活の安定をめざそうという最低賃金の目的からすれば、不十分さが残る。
実際に賃金が目安通りに引き上げられたとしても、時給は全国平均でやっと700円を超す程度だ。1日8時間、週5日働いて年収は150万円に満たず、生活は相当に厳しい。
このことがことさら心配なのは、働く貧困層(ワーキングプア)が若者を中心に広がり、最低賃金すれすれの人たちも少なくないからだ。最低賃金の低さはかれらの生活を直撃している。
かつて安い賃金で働く人は主婦や学生アルバイトに多かった。家族の中にほかの稼ぎ手がいたから、手取りが少なくてもさほど困らなかった。だが、正社員の割合が減り、派遣やパートの収入だけで暮らす人が増えた。最低賃金の持つ重みは、これまでよりもずっと増しているのだ。
とりわけ今年度の引き上げ額が注目されたのは、7月に施行された改正最低賃金法で生活保護を下回らないような配慮が求められたからでもある。
今は12都道府県で最低賃金が生活保護の水準に届いていない。この逆転現象を本当になくしていけるのか。今回はその試金石だったが、審議会の示した見解に沿って進めたとしても、すべての都道府県で逆転現象を解消するには5年ぐらいかかりそうだ。
今回の引き上げの目安に対してさえ、中小企業は「賃上げしたら、やっていけない」と反発している。原油や原材料が高くなる中で、苦境はよくわかる。会社の倒産が相次ぐようなことは避けなければならない。
しかし、最低賃金をいまの水準のままにしておくわけにはいかない。最低賃金が上向かなければ、その上の層の賃金も上がりにくい。それでは消費は増えず、経済も活発にならない。家族を養えないからと若者が結婚をためらえば、さらに少子化が進む。
いま必要なのは、最低賃金の引き上げと中小企業対策を車の両輪として進めることだろう。
企業の生産性を高め、経営を安定させる手だてを国全体で考える。大企業は取引先の下請け業者をもっと支えるべきだ。
最低賃金の審議はこれから地方に移る。今回の目安をもとに都道府県ごとの審議会が実際の金額を決めていく。地域の実情に配慮しつつ、できるだけ底上げをめざしてもらいたい。
ソウルの街頭で、李明博政権を批判する集会がやまない。ネット空間でも激しい言葉が飛び交っている。
そのうねりで自らをあおるように、韓国はあちこちの国にもとんがった角を向けている。
まず米国だ。先週のブッシュ大統領の訪韓は数千人の徹夜の反米デモに迎えられた。警官隊が放水し、150人以上が連行された。
発端になったのは、米国産牛肉の輸入再開のつまずきだった。数万人規模のロウソク集会が連日続いた。
日本とは竹島問題が再燃している。ソウルの日本大使館に卵が投げつけられ、韓昇洙首相が島に乗り込んで領有をアピールした。日本から見て「なぜそこまで」といぶかる熱さである。
北朝鮮との間でも、李政権は対話の糸口さえつかめていない。食糧支援を提案したが断られ、金剛山では韓国人観光客が北朝鮮兵に射殺された。
中国とはどうか。1300年以上も前に滅んだ高句麗をめぐり、朝鮮民族の国家か中国の地方政権かの論争がある。ソウルでの五輪聖火リレーでは沿道で中韓の人たちの衝突も起きた。
それぞれに背景や理由があってのことだが、共通するのは、韓国の国民のいらだちということだろう。
根底にあるのは、将来をなかなか展望できない不安のように見える。
金大中、盧武鉉の両政権時代、国民の政治的亀裂は深まり、経済的な格差も広がった。そこで「経済のわかる」李明博大統領に期待をかけたのに、成長率は公約の7%には遠い。市場重視が強まり、学歴偏重社会で教育の競争も激しい。機会をうまくつかめない人たちのうっぷんはたまっていく。
国民やメディア同士の対立も強まっている。メディアはこぞって「竹島」では過激に反日をあおるが、米国への冷静な態度を国民に求めた大手新聞社は逆にデモ隊に襲われた。
そんな状況が李政権の外交の柔軟さをさらに奪っていくという構図だ。
李政権が苦しいのはわかる。だが、このまま縮こまっていては、韓国自身にとっても決して好ましい状態ではあるまい。李大統領にはまず近隣外交の立て直しに踏み出してもらいたい。
そこで生かしたい枠組みが日中韓の首脳会談だ。これまで東南アジアの国際会議の場を使って行われてきたが、今年から独立して開かれる。9月の東京開催で調整が始まっている。
韓国内には竹島問題の余波で延期や場所変更を求める声もあるが、領土問題の主張の違いは違いとし、共通の課題でまず協力を図っていくべきだ。
北朝鮮の核問題から地球温暖化、食糧・エネルギーの問題まで協力や連携を探るべき共通テーマは多い。韓国の人々と政府には、何よりも現実を大事に実利に立った対応をしてほしい。