判例速報

※この記事は、2007-06-04にメール配信されたものと同じ記事です。
Medsafe会員各位


 今回は,右下腹部痛を訴えて被告の運営する共立湊病院を受診
した原告が,被告病院の担当医師には,虫垂炎の診断を遅延し,
早期に手術を行わなかった過失及び後医に対し正確な情報を提供
しなかった過失があり,そのため,原告は,腹膜炎から亜腸閉塞
の後遺障害を負うに至ったと主張したうえ,更に,同医師から説
明・顛末の報告も受けられず,精神的損害を被ったと主張して損
害賠償請求した事案です。

■年月日・裁判所
H19.5.17 東京地裁 平成17年(ワ)第10476号 損害賠償請求事件(医療過誤)

■当事者

原告:昭和9年生まれの女性。

被告:共立湊病院組合から委託を受けて被告病院を運営する社団
法人。

被告病院は,1市5町村によって構成される「共立湊病院組合」
が主体となって,平成9年4月25日共立湊病院組合条例第1号
に基づき設置・管理する病院。実際の管理は被告に委託。

■診療経過

・原告は,平成14年2月20日ころから,右下腹部痛を感じ,
ときどき発熱もみられたうえ,3月13日ころから,腹部,腰部
痛が強くなり,尿量も増加したことから,3月14日,B外科胃
腸科医院(B医院)を受診した。同病院のB医師は,問診,触診,
血液検査,尿検査等の結果から,虫垂炎の発症か尿路結石を疑っ
たが,確定診断をするには至らなかったため,原告に対し,被告
病院を受診するよう勧め,同病院の医師に宛てて「発病は先月2
0日頃よりとのこと,右下腹部痛(嘔気−)で時々発熱ありと。
昨日より腹−腰部痛高度,尿量増加(多尿)。3月14日当院受
診。体温(37.4℃),昨夜(37.8℃)とのこと。尿蛋白
(−),ウロビリノーゲン(−),糖(−),潜血(++),遠
心赤血球(+),白血球11200やや増加。McBurney 
P(+),Blumberg(−),Rosenstein(−)
です。経過が長いこと,實弟が昔虫垂切除しているとのことで確
診が出来ません。中の方に潜った慢性の虫垂炎? 又は尿路の結石? 
兎に角歩行困難(腰を伸ばせない)です」と記載した紹介状を作
成。

・3月14日,原告は,B医師の作成した紹介状を持参して,被
告病院外科を受診。そして,診察において,担当医師であったC
医師に対し,2月20日ころから下腹部痛があったこと,微熱が
出たり出なかったりしていたこと,頻尿になり,尿量が多かった
が,昼間は尿量が多くなかったこと,3月12日からは,右下腹
部から背部に痛みがあったこと,B医院で「かくれ盲腸」と言わ
れたことなどを訴えた。

・C医師は,紹介状の記載及び原告の訴えから,虫垂炎の可能性
も念頭におきつつ触診を行ったところ,原告の右下腹部に圧痛を
認めた。しかし,圧痛点は,Rappの四角形圧痛域(臍と恥骨
結合を結ぶ垂直線,恥骨結合と右上前腸骨棘を結ぶ線,臍を通る
水平線,及び右上前腸骨棘を通る垂直線に囲まれた区域)内にあっ
たものの,マックバーニー圧痛点等の虫垂炎に典型的な圧痛部位
よりも下方にずれた恥骨上であった。筋性防御,反跳痛等の腹膜
刺激症状は認められなかった。

・また,原告は,血液検査の結果,白血球数12050,CRP
1.97,尿沈渣検査の結果,尿潜血(+),白血球0〜1,赤
血球10〜15。CT検査では,はっきりした所見が得られず,
超音波検査では,円形,三層構造の「何かはわからないちょっと
気になる陰影」が指摘され,子宮膀胱窩に径1cmの腫瘤が認め
られたが,異常なしと診断された。

・C医師は,圧痛の部位,尿潜血(+)等から,まずは尿路感染
症,尿路結石等を疑っていたが,CT検査ではっきりした所見が
得られず,超音波検査で子宮膀胱窩に腫瘤が認められたことから,
婦人科的疾患の可能性も考えて,原告を被告病院婦人科に紹介。

・ 同日(3月14日),原告は,被告病院婦人科を受診。その際,
原告には,右下腹部痛が認められたが,痛みは腹壁に近く,内診
指の移動では痛み無し。内診上,熱感が認められたが,局所性無
し。また,経膣超音波検査にて,左卵巣嚢腫の存在が疑われたが,
ダグラス窩(子宮直腸窩)に腹水の所見は認められなかった。そ
こで,婦人科医師は,C医師に対し,左卵巣嚢腫であり,婦人科
的には問題がない旨の診断結果を報告。

・ 同日(3月14日),原告は,再び被告病院外科で,C医師の
診察を受けた。C医師は,原因不明ではあるが炎症の程度として
は軽度と考えられる感染が下腹部にあると判断。しかし,腹膜刺
激症状を認めなかったことから,保存的に経過をみることとして,
原告に対し,フロモックス(経口抗生物質)及びビオフェルミン
(整腸剤)5日分を処方した。

・3月16日,原告は,被告病院外科を受診し,C医師の診察を
受け,痛みが改善したこと,38℃の発熱,咳,下痢があること
を訴えた。C医師は,触診を行い,原告の右下腹部に圧痛の改善
を認めた。また,原告は,血液検査の結果,白血球数11030,
CRP6.54であった。C医師は,前日同様,パンスポリンを
点滴にて投与。

・3月17日,原告は,被告病院外科を受診し,C医師の診察を
受け,痛みに変化はないこと,座薬は効いていることを訴えた。
C医師が触診を行ったところ,右下腹部の圧痛は(±)であった。
C医師は,前日同様,パンスポリンを点滴にて投与。

・3月18日,原告は,被告病院外科を受診し,C医師の診察を
受け,高熱が出ること,痛みは「しくしく程度」であることを訴
えた。C医師が触診を行ったところ,圧痛は認められなかったが,
血液検査の結果,白血球数12050,CRP8.09と炎症所
見の増強が認められた。また,腹部超音波検査で膀胱右側頭側に
小骨盤に接して腹水の所見が認められ,膿瘍が疑われたが,同部
位に圧痛はなかった。そこで,C医師は,骨盤腹膜炎の可能性を
疑い,パンスポリンに加え,骨盤腹膜炎の第1選択薬であるミノ
マイシン(抗生剤)を点滴で投与し,クラビット(経口抗菌剤),
ミノマイシンカプセル,ビオフェルミン5日分を処方。また,尿
検査の結果,潜血(+++),粘液糸(+),細菌(+)であり,
C医師は,一度泌尿器科への受診が必要ではないかと考えた。

・3月19日,原告は,被告病院外科を受診し,C医師の診察を
受け,体温は解熱傾向にあることを訴えた。C医師が触診を行っ
たところ,圧痛は認められなかった。C医師は,パンスポリン及
びミノマイシンを点滴で投与。

・3月20日午前,原告は,被告病院外科を受診し,C医師の診
察を受け,発熱はなくなったこと,ボルタレン座薬を使用したこ
と,朝立ちくらみがあったことを訴えた。また,圧痛(±),反
跳痛(±)で,自発痛はないに等しい状態であった。しかし,白
血球数13500,CRP9.28と,炎症所見はさらに増強。

・帰宅後の午後1時ころから腹部の痛みが増強し,ボルタレン座
薬により一旦は軽快したが,午後9時ころから再び痛みが腹部全
体に増強したため,被告病院を受診することとした。

・午後10時20分,原告は,被告病院外科を受診し,C医師の
診察を受けた。C医師は,触診を行い,原告の下腹部に広範囲の
圧痛を認めたが,反跳痛は認められなかった。また,CT検査で
膀胱右側に液体貯留が疑われた。そこで,C医師は,原告を伊東
市民病院産婦人科に搬送することを決定し,同病院同科のP医師
宛てに,診断名として「骨盤腹膜炎?」,3月20日の所見につ
いて「WBC13000,CRP10と炎症反応の悪化が認めら
れております。症状は,発熱,痛みとも改善してきていたのです
が,本日PMより急に腹部全体の鈍痛になっております。骨盤内
の膿瘍等が考えられますが,原因がはっきりしません。」などと
記載した紹介状を作成。

・3月20日,伊東市民病院に搬送され,3月21日午前0時5
0分ころ,骨盤内炎症性疾患疑いにより同病院に入院。原告には,
右下腹部に圧痛,反跳痛が見られた。午前8時30分ころ,CT
検査の所見を元に,外科へのコンサルトがなされたが,腹部CT
では,骨盤内に炎症反応によると思われる腹水が多量に貯留して
おり,鑑別することができなかった。そこで,伊東市民病院の外
科担当医師は,婦人科的な骨盤腹膜炎か,虫垂炎かを鑑別するた
め,一晩抗生剤投与による保存的治療での経過観察をする必要が
あると考え,「骨盤内を中心とした腹水を認める。結腸や消化管
内膜などの炎症所見は明らかでない。とりあえず骨盤腹膜炎とし
て,保存的処置で良い。」と回答し,抗生剤投与による保存的治
療を選択した。なお,虫垂炎であったとしても,手術のタイミン
グは,同日でも翌日でも,結果に差はないと判断。しかし,22
日になっても腹痛が治まらず,CRPが28.03と上昇するな
ど,症状が改善しなかったため,緊急手術が行われることとなり,
原告は,午後1時30分から,伊東市民病院で開腹手術。そして,
虫垂の穿孔と,膿瘍の形成が認められたことから,急性虫垂炎,
限局性腹膜炎と診断され,本件虫垂切除術施行。

・本件虫垂切除術施行時,原告は,虫垂が壊死し,穿孔しており,
その周囲に膿瘍を形成し,小腸や大腸で膿瘍が被覆された限局性
の腹膜炎が発生。病理組織検査の結果によれば,広範かつかなり
著しく陳旧化した線維化が粘膜下層や筋層との区別がわからない
ほどに見られ,慢性に経過していた虫垂炎ないし反復性の虫垂炎
として見られたものが,最後に蜂窩織炎の像を取ったものと考え
られた。また,開腹時の腹部所見は,少なくとも数日経過した腹
膜炎であった。伊東市民病院の担当医師は,原告に対し,開腹後
すぐの時点で,虫垂炎と確定診断。

・4月8日,伊東市民病院を退院。

・4月30日,被告病院において,C医師と面会し,伊東市民病
院を退院したことなどを伝えた。

・原告は,伊東市民病院退院後も,右上腹部痛が続いていたこと
から,同病院で外来診療を受け,8月5日施行の超音波検査で胆
嚢結石が認められ,手術を勧められた。そこで,原告は,平成1
4年9月から平成15年7月まで,順天堂大学静岡病院,伊東市
民病院及びDクリニックをそれぞれ受診し,胆石症に対する検査
等を受けた後,平成15年8月1日,Dクリニックの紹介により,
E胃腸病院に入院し,8月6日,本件胆嚢摘出術を受けた。

・平成16年1月6日から1月12日まで,亜腸閉塞の病名で,
伊東市民病院に入院し,輸液治療。

・平成16年10月5日から10月19日まで,胆嚢手術後遺症
等の傷病名でB医院を受診し,平成17年6月10日及び6月1
7日,胆嚢摘除術後障害等との傷病名でF医院を受診。

■3月14日の診察時,急性虫垂炎の確定診断をする義務があっ
たか

「3月14日,C医師は,B医院からの紹介状の記載や原告の訴
えから,虫垂炎の可能性も念頭に置いて触診を行ったが,原告の
圧痛点は,Rappの四角形圧痛域内にあったものの,マックバー
ニー圧痛点等の典型的な圧痛部位よりも下方にずれた恥骨上に位
置していた。圧痛がRapp四角形圧痛域内に認められたことか
らすれば,虫垂炎を鑑別の1つとして疑うべきであったというこ
とはできるけれども,他方で,虫垂炎の圧痛点としては,マック
バーニー圧痛点やランツ圧痛点が典型的な好発部位とされており,
原告の圧痛部位は非典型的であったといえることに照らすと,虫
垂炎の確定診断をすべきであったとまでは認められない」

「また,3月14日,原告は,C医師に対し,2月20日ころか
ら下腹部痛があり,微熱が出たり,出なかったりしていたと訴え
た。急性虫垂炎の場合には,発症から来院までの時間は,通常2
4時間以内と急性の経過をたどるのであるから,この点からも,
原告の症状は,急性虫垂炎としては非典型的であったといえ,虫
垂炎の確定診断をすべき義務があったとは認められない」

「虫垂炎の診断は,症状が揃わない非典型的な場合には,診断に
困惑することがあり,鑑別すべき疾患は,胃疾患,胆嚢疾患,急
性膵炎,急性腸炎,イレウス,尿路系疾患,婦人科系疾患等数多
く存在するところ,圧痛がマックバーニー圧痛点やランツ圧痛点
ではなく恥骨上に位置しており,位置的には泌尿器,生殖器の疾
患が考えやすい位置であったこと,尿潜血が陽性で,2月20日
ころから,下腹部痛と共に頻尿があったとの訴えもあったことか
らすれば,C医師が,3月14日の時点で,虫垂炎よりも尿路感
染症や婦人科系疾患を強く疑ったのが不合理であるとまではいえ
ない。これに対し,原告は,3月14日の尿沈渣検査で白血球0〜
1,赤血球10〜15であったことからすれば尿路感染症の可能
性は否定され,虫垂炎患者の25〜40%でも尿検査で異常所見
が認められることからすれば,尿潜血が陽性であったのはむしろ
虫垂炎を疑わせる所見の1つであると主張する」

「この点,確かに,尿検査において高拡視野で白血球数5〜20
以上,赤血球数30以上を認めれば,尿路感染症の可能性が高い
とされている。しかしながら,前記のとおり,原告には尿潜血が
認められていたことなどに照らせば,白血球数,赤血球数につい
て有意所見が得られていなかったとしても,尿路感染症の疑いが
完全に否定されるものとは解されず,また,このことから,尿路
感染症の疑いを除外して,直ちに虫垂炎を疑うべきであるともい
えない」

「また,虫垂炎患者の25〜40%で尿検査に異常所見が認めら
れるとしている文献が存在するが,他方,急性虫垂炎では尿検査
で一般に異常所見を認めないとする文献も存在することに照らせ
ば,尿潜血が陽性であったことが虫垂炎を疑わせる有力な所見で
あったとも認められない」

「さらに,原告は,3月14日,被告病院婦人科において,婦人
科系疾患が否定されているから,虫垂炎を疑うべきであったと主
張する。しかしながら,同日,婦人科の内診で,内診指の移動で
痛みがなかったからといって,そのことから,直ちに婦人科系疾
患の疑いが完全に除外されるとは言えず,また,そのことから,
虫垂炎を疑うべきであるともいえない」

「原告には,3月14日,発熱,白血球数増加,CRPの上昇が
認められ,これらはいずれも炎症反応を示すものとして,虫垂炎
の症状として把握可能なものではあるが,一方,前記のとおり,
原告は,虫垂炎の典型的所見とは異なる病像を示していたこと,
尿潜血が陽性であり,尿路感染症等の他の疾患も疑われたこと,
婦人科系疾患でも尿路感染症でも,炎症を伴うものであれば,発
熱,白血球数の増加,CRPの上昇が見られても矛盾しないこと
に照らすと,上記炎症所見から,直ちに虫垂炎の確定診断をすべ
きであったとはいえない」

「原告は,3月20日に伊東市民病院に転院したが,転院後の伊
東市民病院においても,原告に対し虫垂炎の確定診断をし得たの
は,開腹手術に着手した後であった」

「以上によれば,3月14日の診察時に,被告病院担当医師が,
他の疾患を除外して,原告の症状を虫垂炎によるものと診断すべ
き義務があったとまで認めることはできず,これを前提に,虫垂
切除の早期手術を行うべき義務があったとする原告の主張は,採
用することができない」

■虫垂切除の早期手術を行うべき義務があったか

「また,原告は,被告病院の担当医師が,3月14日の時点で,
虫垂切除の早期手術を行うべきであったと主張するので,この点
につき検討する。3月14日の診察時,原告には,筋性防御,反
跳痛等の腹膜刺激症状が認められなかった。これらは,炎症が前
腹壁腹膜に及んでいないことを示唆する所見であり,手術適応を
判断する上で重要な所見であると考えられている。したがって,
原告が,3月14日当時,手術適応にあったとは認めることがで
きない」

「また,3月14日時点では,CT検査の結果,子宮膀胱窩につ
いては異常なしと診断され,また,経膣超音波検査でダグラス窩
に腹水の所見は認められず,これらも虫垂炎の症状が進行してい
たことについて否定的な所見であると認められる」

「これらの点からすれば,3月14日の時点で,原告が,早期手
術の絶対的適応があったとは認められず,そして,虫垂炎の確定
診断ができない場合や症状が軽微である場合には,抗生剤投与に
よる保存的治療を行う場合もあるとされていることに照らせば
,被告病院の担当医師が,3月14日,抗生剤投与により保存的
に経過を観察することとしたのが不適切であったとはいえない」

「なお,原告は,Alvarado’s scoreによれば,3
月14日の時点で,(1)『右下腹部(回盲部)に痛み』1点,(2)
『食欲不振』1点,(3)『右下腹部(回盲部)に圧痛』2点,(4)
『発熱』1点,(5)血液検査で『白血球増加』2点の合計7点であっ
たから,この点からも,急性虫垂炎に対し手術が必要であったと
主張する。しかしながら,『右下腹部(回盲部)に痛み』,『右
下腹部(回盲部)に圧痛』の項目については,虫垂炎に典型的な
場所にはなかったこと,『発熱』も『微熱が出たり出なかったり』
との訴えであったこと,原告がC医師に対し,食欲不振を訴えた
と認めるに足りる証拠は存しないことに照らせば,原告の点数が
7点に達していたとは認められず,手術適応があったとの主張は
採用できない」

「以上によれば,被告病院の担当医師に,3月14日の診察時,
原告に対し,急性虫垂炎の確定診断をし,虫垂切除の早期手術を
行うべき義務があったとは認められない」

■3月20日の伊東市民病院への搬送前までの時点で急性虫垂炎
の診断を遅延し早期手術を行わなかった過失の有無について

「原告は,被告病院の担当医師には,遅くとも3月20日の伊東
市民病院への搬送前までの時点で,急性虫垂炎の確定診断をし,
虫垂切除の緊急手術を行うべき義務があったと主張する」

「この点・・・,3月14日から同月20日にかけての白血球数
及びCRPは以下のとおりであり,また,3月15日及び同月1
6日には38℃の発熱があり,3月18日にも高熱があったこと
が認められ,これらによれば,原告は,上記期間中,炎症症状が
悪化していたことが推認される。
      白血球数  CRP
3月14日 12050 1.97
3月15日 13400 5.59
3月16日 11030 6.54
3月18日 12050 8.09
3月20日 13500 9.28」

「また,3月18日,腹部超音波検査により膀胱右側頭側に腹水
の所見が認められ,膿瘍が疑われたこと,3月20日午後,腹部
の痛みが増強したこと,3月20日午後10時20分の診察時,
CT検査により膀胱右側に液体貯留が疑われたことがそれぞれ認
められる」

「以上に加え,転院後,伊東市民病院の担当医であったG医師が,
3月22日の本件虫垂切除術時における腹部所見について,『少
なくとも数日経過した腹膜炎である』との意見を述べていること,
C医師もG医師の上記意見を正面からは否定していないことを併
せ考えると,原告は,3月18日から同月20日ころ,虫垂が穿
孔し,腹膜炎を合併したと推認することができる」

「他方,以下の点を指摘することができる」

「3月15日,原告は,C医師の診察を受けたが,圧痛の位置は,
前日同様,典型的な部位よりも下方にずれた場所にあり,反跳痛
は認められなかった。また,直腸診でダグラス窩にも圧痛が認め
られず,虫垂炎を否定する方向の所見であった」

「その後も,原告は,C医師の診察を受けたが,圧痛の位置は,
3月14日と変わらず,3月20日に範囲が広がったものの,引
き続き典型的な部位よりも下方にずれた場所にあった」

「3月18日,尿検査の結果,原告は,潜血(+++),細菌
(+)であった。C医師は,原告に泌尿器科を受診させることを
考えた」

「以上のとおり,原告の圧痛の位置は,3月15日以後も虫垂炎
としては非典型的な位置であって,むしろ泌尿器,生殖器の疾患
を疑わせる場所のままであったこと,圧痛の位置,尿検査の結果
から,骨盤腹膜炎や尿路感染症が否定しきれない状況が続いてい
たこと,そして・・・,伊東市民病院でも,原告を虫垂炎と診断
し得たのは,開腹手術に着手した後であったことに照らせば,被
告病院の担当医師において,3月20日までに,原告を虫垂炎と
確定診断すべき義務があったとは認められない」

■3月15日から17日までの手術適応について

「被告病院の担当医師は,3月15日,原告に白血球,CRPの
上昇が見られ,炎症傾向の増悪が認められたことから,パンスポ
リン(抗生剤)の点滴投与を開始したところ,翌16日には,原
告の痛み,圧痛の改善が認められ,翌17日には,圧痛が(±)
まで改善した。その間,CRPは若干上昇したものの,白血球数
は一旦減少傾向を示しており,反跳痛等の腹膜刺激症状も特に認
められていないことからすれば,3月15日から17日まで,原
告の症状は,CRPの上昇にもかかわらず,むしろ落ち着いてい
たものとみられ,被告病院の担当医師が,3月17日まで抗生剤
の投与によって原告を保存的に経過観察をしたことが不適切とは
いえず,手術適応にあったとは認められない」

■3月18日の手術適応について

「3月18日,超音波検査で,原告の膀胱右側頭側に小骨盤に接
して腹水の所見が認められ,膿瘍が疑われ,白血球数,CRPの
炎症所見も,前々日に比し若干上昇したことが認められる。そし
て,腹水,膿瘍は,消化管穿孔を疑わせる一事情となりうること,
高齢者の場合には,虫垂炎が進行しても,腹膜刺激症状等の他覚
的所見が出現しない場合がありうること,C医師も,3月18日
ころから開腹手術が必要でないかと考え始めた旨供述することに
照らせば,原告に対しては,3月18日の時点で,虫垂炎との確
定診断まではできないとしても,腹水,膿瘍の原因を確認するた
め,試験的に開腹手術を施行するという選択肢もあり得たところ
である」

「しかしながら,虫垂や消化管の穿孔によって回盲部周囲やダグ
ラス窩に膿瘍を生じ,腹膜炎を発症すれば,激烈な圧痛が認めら
れるのが通常であるところ,原告は,3月18日の診察時,腹水
の所見が認められた膀胱右側頭側部位も含めて,圧痛は認められ
なかったこと,ボルタレンの投与によって鎮痛作用により痛みが
抑えられることは考えられるが,圧痛を抑えるのは困難な場合が
多いことに照らせば,C医師が,3月18日,原告から強い痛み
の訴えがなかったことから,消化管の穿孔を強く疑わなかったと
しても,そのことが直ちに不合理とも認められない」

「そして,(1)3月18日当時,原告は,下腹部の痛みの程度も
『しくしく程度』と述べていたこと,(2)開腹手術には癒着等によ
る合併症発症の危険が伴うため,保存的治療により経過をみるこ
とにも利点が存在することなどに照らせば,3月18日時点で開
腹手術に踏み切るか否かは,なお医師の裁量に委ねられていると
解すべきであり,被告病院の担当医師に3月18日の時点で開腹
手術を施行すべき法的な注意義務があったとまでいうことはでき
ない」

「これに対して,原告は,高齢者の虫垂炎の場合には,他覚的所
見を欠くことが多く,穿孔を起こす前に手術を行えば予後は良好
であるため,疑わしい症状が存する場合には緊急手術を行うべき
である旨主張する。しかし,(1)高齢者の虫垂炎についても,『診
断が確定次第,可及的すみやかに開腹手術を行う』と述べる文献
が存在し,疑わしい症状があれば直ちに緊急手術を行うことが一
般的とも認められないこと,(2)前記のとおり,開腹手術には合併
症発症の危険が伴うこと,(3)3月21日に転送された伊東市民病
院でも,骨盤腹膜炎か虫垂炎かを鑑別するため,3月22日まで
は抗生剤投与による経過観察を続けており,1日を争って開腹手
術に踏み切るべき緊急な状況とは判断されなかったことなどに照
らせば,原告の主張を採用することはできない」

「そして・・・,原告の症状について,尿路感染症や婦人科系疾
患の可能性を疑うことにも合理性があったことが認められること,
骨盤腹膜炎は,虫垂炎との鑑別が難しい疾患の1つであるとされ
ていることなどからすれば,超音波検査で膿瘍が疑われた部位に
圧痛が認められなかったことから,なお骨盤腹膜炎の可能性を疑
い,その第1選択薬であるミノマイシンを追加投与して,その効
果の有無をみようと考えたことが不合理であったということはで
きない」

■3月19日・20日の手術適応について

「3月19日,原告は,解熱傾向にあると述べ,圧痛も認められ
なかった。また,3月20日午前,原告は,発熱がなくなったと
述べ,圧痛(±),反跳痛(±)で自発痛はないに等しい状態で
あった」

「したがって,C医師が,3月19日,20日午前の時点で,症
状が落ち着いていると判断し,ミノマイシンの投与を継続して経
過を観察したことが不合理であったとは認められない」

「そして,3月20日午後10時20分,原告が腹部の痛みの増
強を訴えて受診し,下腹部に広範囲の圧痛が認められ,CT検査
で膀胱右側に液体貯留が疑われた時点で,C医師は,原告を伊東
市民病院産婦人科に搬送することとしたものであり,その判断が
遅過ぎたということもできない」

「以上によれば,被告病院の担当医師には,遅くとも3月20日
の伊東市民病院への搬送前までの時点で,急性虫垂炎の確定診断
をし,虫垂切除の緊急手術を行うべき義務があったとの原告の主
張を採用することはできない」

■伊東市民病院に対する情報提供義務違反の有無について

「原告は,被告病院の担当医師が,伊東市民病院に対する紹介状
に,原告の症状を『骨盤腹膜炎?』と書き,また,腹痛の程度,
炎症反応を示す白血球数,CRPの数値の変化について不正確な
記載をしたことで,手術の緊急性を判断するための情報を正確に
提供すべき義務に違反した旨主張する。そして・・・,C医師は,
3月20日,伊東市民病院に対する紹介状に,診断名として『骨
盤腹膜炎?』と記載し,また,3月20日の所見について『WB
C13000,CRP10と炎症反応の悪化が認められておりま
す。症状は,発熱,痛みとも改善してきていたのですが,本日P
Mより急に腹部全体の鈍痛になっております。骨盤内の膿瘍等が
考えられますが,原因がはっきりしません。』と記載したことが
認められる」

「しかし,前記認定のとおり,原告は,3月20日午前の診察時,
発熱はなく,白血球数13500,CRP9.28,圧痛(±),
反跳痛(±)で,自発痛はないに等しい状態であり,また,同日
午後1時ころから腹部の痛みが増強し,同日午後10時20分の
診察時には,右下腹部の圧痛が広がっていたことが認められる。
これによれば,紹介状の『WBC13000,CRP10と炎症
反応の悪化が認められております。症状は,発熱,痛みとも改善
してきていたのですが,本日PMより急に腹部全体の鈍痛になっ
ております。』という記載は,検査数値のわずかな差異はあると
はいえ,3月20日に認められた所見と整合していることが認め
られ,C医師の前記記載が,腹痛の程度,炎症反応を示す白血球
数,CRPの数値の変化について不正確なものであったとは認め
られない。また,前記判示のとおり,原告の臨床症状は虫垂炎の
ものとしては非典型的であり,痛みの状況,圧痛の位置などから,
3月18日以降も,原告の症状について,婦人科系疾患である骨
盤腹膜炎を疑ったことが不合理であるとはいえないことからすれ
ば,紹介状に診断名として『骨盤腹膜炎?』と記載したことをもっ
て,C医師が手術の緊急性を判断するための情報を正確に提供す
べき義務に違反したということはできない」

「したがって,被告病院の担当医師に伊東市民病院に対する情報
提供義務違反があったとは認められない」

■説明義務違反,顛末報告義務違反による債務不履行又は不法行
為の成否について

「原告は,3月14日,C医師が,原告に対し,盲腸でないとい
うのみで,具体的病名を挙げて説明をせず,どのような薬を何の
ために処方するのかの説明もなかったから,説明義務違反がある
旨主張する」

「この点につき,原告は,3月14日,C医師から『盲腸でない』
と言われた旨供述するけれども,前記認定のとおり,当時,盲腸
でないと断定できる状況にはなかったこと,C医師が『盲腸でな
い』と述べたことはないと否定していることに照らして,原告の
供述を採用することはできない」

「また,3月14日当時,C医師が具体的病名を挙げなかったこ
と,処方した薬の内容,目的について説明しなかったことが直ち
に説明義務違反になるとも言えず,原告の説明義務違反に関する
主張は採用できない」

「原告は,患者に正しい診断を下せなかった場合,医師は,後に
その病名が明らかになった時点で,患者の求めに応じて,自己の
行った医療行為の内容や疾患を診断できなかった理由を説明すべ
き顛末報告義務があるにもかかわらず,C医師は,4月30日,
原告から急性虫垂炎,腹膜炎の診断ができなかった理由について
説明を求められたのに対し,全く説明を行わず,かえって自己の
行為を正当化しようとして,原告を深く傷つける言動をとり,顛
末報告義務に違反した旨主張する」

「確かに,患者と医師又は医療機関との間に診療契約が存在する
場合,医師又は医療機関は,患者に対し,診療行為の受任者とし
ての報告義務を負っていると解することが可能である(民法64
5条)」

「しかしながら,その義務内容は,個々の事案によって異なるも
のというべきであり,仮に医師が患者に正しい診断を下せなかっ
たとしても,その判断理由を説明すべき一般的な報告義務を負っ
ているとは解されない。そして,本件では,3月22日の時点で,
すでに後医の伊東市民病院において本件虫垂切除術が施行されて
おり,4月30日の時点では,原告の虫垂炎に対する治療が終了
していたこと,原告が,C医師に対し,虫垂炎の診断ができなかっ
た理由について明確に説明を求めたとは認められないことに鑑み
ると,同日,C医師が,原告に対し,虫垂炎の確定診断をするこ
とができなかった理由を説明すべき義務があったとは認められな
い」

「また,原告は,4月30日,被告病院においてC医師と面会し
た際,同医師が大きな声で怒鳴りながらカルテを机に叩きつけ,
原告の話を聞かずに立ち去った旨供述するが,C医師がこれを否
定する供述をしていること,他に原告の主張を認めるに足りる証
拠はないことからして,前記原告の供述を採用することはできな
い」

「よって,C医師に顛末報告義務違反があったとの原告の主張を
採用することはできない」

■判決主文
(請求棄却)