その6 耳垢君、君は包囲された PDF 印刷 E-mail
投稿者 Ildong Kim   
2005年 April 03日 Sunday
今日は5才の男の子K君の耳掃除。耳掃除といっても耳掻きでできるような簡単な耳掃除ではないのです。耳垢塞栓症といって、耳垢が外耳道にびっしり詰まって、耳掻き程度では、とても出てこないような頑固な耳垢を、ぬるま湯による耳洗浄で取ってやるのです。

まず、耳を洗浄する前に、耳垢をやわらかくする点耳薬を数滴入れて30分以上、準備をしてもらいます。その後、注射器などでぬるま湯を水鉄砲のようにして、耳の中を洗浄していくのです。耳垢の周りがまず解けてきて、それから大きな耳垢の魁がぽろっと取れるのです。耳垢をやわらかくする薬を事前に入れておくのがコツです。

K君は神妙にしています。彼は2年以上前にも同じ処置をされて、大泣きをして大変だったことがあります。でも、最近はすっかり人が変わったようにおりこうさんなのです。緊張しているのは手に取るようにわかります。大人でも、耳の洗浄は。あまり心地いいものではないようですので、ましてや、5才の子にじっとがまんをしてもらうのは大変なことです。

耳垢をやわらかくする薬が効くと、数回の洗浄で耳垢が取れてしまうことがありますが、K君の場合、20回程の洗浄でもまだ取れる徴候がありません。なんとしてでも、K君を励まして、耳垢を取ってしまわなければなりませんが、なかなかひつこい耳垢です。そこで、いろいろな楽しい事を言って、励ますことにしました。すぐに思いついたのは、「耳垢君。君は包囲された。すみやかに出てきなさい。」という文句だった。5才の子に何処まで理解できたか疑問ですが、こんなことを言いながら耳洗浄をしていると反応はまあまあで、その子はにこにこ笑っています。

「耳垢君。ひつこいぞ。早く出てくるんだ。」シューッ (耳洗浄の音)

「水鉄砲で攻撃するぞ。」シューッ

「耳垢君。君の逃げ道はない。すみやかに出てきなさい。」シューッ

それからしばらくして、あまりに変化がないので、「もうあと10回にしましょう。」とお母さんに話した後、数回後に大きな耳垢君が神妙に外耳から顔を現したのです。「ああっ、出てきた。」私は、ピンセットでそれをつまみ出すと、その子とお母さんに見せました。2人とも、その大きい耳垢をみてびっくり。「お父さんにおみやげで、持って帰りますか?」と私は、その大きな耳垢を袋に入れて2人にあげました。

2人の帰る姿を見ながら、私は「耳垢君、ありがとう。もう少しで、こちらが降参するところだったよ。」と一人心の中でつぶやくのであった。

(注)大人の患者さんには、上述のような事をいいながら耳洗浄をすることはありません。   

福本良之主催のウェブサイト「教育大百貨」に2004年10月に掲載 http://www.eonet.ne.jp/~kyouiku-rescue/

 
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