「一つの世界(同一個世界)」をスローガンに北京五輪が華やかに開幕した8日、黒海とカスピ海に挟まれたカフカス地域で激しい戦闘が続いた。グルジアの政府軍が分離独立を求める南オセチア自治州に進攻し、独立を支持するロシア軍との大規模な交戦に発展したのだ。
五輪開会式に出席していたプーチン露首相はブッシュ米大統領と意見を交換した。外遊中の大規模戦闘とあって、プーチン首相の表情は険しかった。平和の祭典にあわせた米露会談のテーマは、何とも殺伐たるものになってしまった。
現地では多数の市民の死傷が伝えられている。グルジアとロシアは直ちに戦闘を停止すべきだ。激しい空爆を続けるロシア側に、特に自制を求めたい。
国際社会も事態収拾を急がねばならない。欧州連合(EU)と米国、全欧安保協力機構(OSCE)の3者は、早期停戦をめざしグルジアに合同使節団を派遣するという。
国連安保理ではグルジア支援の欧米と南オセチアを支持するロシアの対立が続いているが、非難の応酬に終始して機能不全に陥る愚は避けたい。本格的な戦争に発展すれば、取り返しのつかないことになる。
面積が日本の5分の1にも満たないグルジア(約7万平方キロ)はカフカスの火薬庫ともいえる存在だ。旧ソ連圏から91年に独立を宣言したが、オセチア人が多数を占める南オセチア自治州では、独立派がグルジアとの戦闘の末に大半の地域の実効支配を勝ち取った。
同じオセチア人主体の北オセチアはロシア連邦内の共和国だ。グルジアではアブハジア自治共和国も分離独立をめざしており、紛争の構図は非常に複雑だ。
そんなグルジアは03年の「バラ革命」以降、親欧米のベクトルを強め、サーカシビリ政権下で北大西洋条約機構(NATO)への加盟をめざしている。ロシアを通らずにカスピ海の石油を欧米へ運べるルート上にあり、「東西対立」の隠れた要衝でもある。だからこそ、ロシアとグルジアの摩擦が絶えないのだろう。
無論、ロシアにも言い分はある。旧ソ連圏の国々が次々に米国主導のNATOに加盟し、旧東欧地域には米国がミサイル防衛(MD)を建設しようとしている。今年はロシアとゆかりの深いセルビアからコソボ自治州が独立を宣言した。
コソボ独立を容認するなら、南オセチアやアブハジアの分離独立も許すべきだ、というロシアの主張にも一理はある。欧米はグルジアの領土保全を支持するが、南オセチアで06年に実施された住民投票で、独立支持が99%に上ったのも現実である。
冷戦終結後の和解のメカニズムが機能していないという見方もできよう。カフカスの安定には、露・グルジアの対話とともに、米露の協調が欠かせない。
毎日新聞 2008年8月10日 東京朝刊