あかいあくまと正義の味方 学園生活編 〜その0 後編〜
「いやぁー、悪いねぇ、衛宮の料理を食わせてもらえるなんて」
と、言いながら入ってきた綾子は、
「「いらっしゃーい」」
と、声をそろえて出迎えた私たちを見て、硬直した。
「は、エプロンまで揃えてやがるのか……」
「え、あ、うん、士郎の予備のエプロン使ってるうちに私のになって……」
いけない、こんなところで不意打ち受けてどうする、私。ああ、でも顔が熱い。
「も、もうちょっとでできあがるから、そこに座って待っててくれ」
どもりながらお茶を出す士郎も顔が赤くなっている。
「ねぇねぇ、士郎、ご飯まだ?」
いつものように乱入する藤村先生も今日だけは救いの神に見える。
「もうちょっとでできるから待っててくれ」
士郎も気を取り直したようすで台所に戻ってきた。
「それとって」
「はい」
と、刺身包丁を渡す。
「えっと……」
「ほい」
オイスターソースを取ってもらう。
そんないつものやりとりを続けて、
「はい、大葉」
と、刺身の盛りつけをしている士郎に渡すと、
「そろそろ蒸し上がったんじゃないのか?」
と、言ってくれる。タイミングばっちり。
そうしてできあがった和・中混交の料理をテーブルに並べて、
「いただきまーす」
夕食が始まった。
いつもの(主として藤村先生が起こす)喧噪に満ちた夕食の後、後片付けを済ませて
お茶を飲んでいると、
「しかしあれだね、料理する時の息までぴったり合って、ホントにつきあい始めたのは
2月からなのか?」
あたしにゃもっと前からのように見えたね。と、綾子が言ってきた。
「んー、そうかなぁー、士郎が桜ちゃんと料理している時も息合ってるみたいだったけど?」
む、
「そりゃぁ、一年半も一緒にやってたし、何よりも桜の料理の師匠は俺だぞ、
師匠と弟子なら息が合うのも当たり前だろ」
むむ、
もっとも弟子に抜かされそうになって師匠の座が揺らぎかけてたけどな、と言う士郎。
まぁ良いか、こいつ、全然気が付いてなかったんだから。
綾子も額を抑えて間桐もかわいそうになんてつぶやいてる。
ちょっとなに? その、こんなことならあたしがってのは?
一つにらみつけてやると、慌てて口元隠してる。綾子あんた?
「で、結局美綴さんはなにしに来たのぉー?」
教えて、教えて! と、美綴さんにじゃれつくトラ。
「えー、ちょっと、その、友人同士の話なので、先生にはその……」
と、美綴さん。
「ぶー、しょうがないなぁー、士郎、あっちにいこ」
「あ、士郎はもう知ってるから良いんです」
「えー、なによぅ遠坂さん、それじゃ先生だけ仲間はずれ?」
「先生なんだからあきらめてください」
「ぶぅー、ぶぅー」
「ちぇー、つまんなーい、つまんないからあたし帰ろ」
「士郎、遠坂さんも美綴さんも、帰る時はちゃんと送っていくんだよ」
「ああ、当たり前だ」
「じゃ、おやすみ」
そうして、藤村先生が帰っていった後、改めて美綴さんに向き直る。
「それで、賭けの結果だけど」
さっきまではどうでも良かったけれど、あの独り言を聞かされた以上、そうはいってられない。
白黒はっきりつけないと。
あ、士郎がちょっと驚いた顔で見てる。
なのに、
「あー、はいはい、あたしの負け。一月かそこらで、そこまで息の合ってるところを
見せつけられたら、もうなにも言えないよ」
もう好きにしてくれなんて行った後、不意にチェシャ猫のような笑みを浮かべると、
「なんなら、今日はあたしもあんたも衛宮に送られて帰ったってことにして、
あたし一人だけ帰ろうか?」
ハイ?
「ちゃんと遠坂の部屋もあるんだろ? カミングアウトついでに二人でゆっくりしたらどうだ?」
ちょ、ちょっとなによ、そのいやらしげな笑いは! あー、もう顔が熱くなってきた、
士郎! そこで赤くなってないでなんか言ってよ!
「ダメだダメだダメだ!」
え? ダメって、なんで? 私じゃダメなの?
「俺たちまだ結婚もしてないのにそんなこと! そりゃ遠坂はかわいいし、きれいだし、
俺だって男だし……でも、遠坂だっていやだって言ってるし、そんなことできない!」
え、あ、ちょ、ちょっとまって、別に嫌だなんて……そう言えばあのとき……
「へー、ってことは一度迫って断られたんだ。いつ? いつだ?」
にやにやと笑いながら聞いてくる綾子。
「う、あ、そ、その」
いけない、士郎が真っ赤になってる、下手に暴発しないうちに……
「い、いいでしょ、別にいつでも、私は別にかまわないんだし、なんなら今から
市役所行って結婚届出したって!」
「おー!」
あ、私が暴発……しちゃった。
「よ、流石だな衛宮! 遠坂はいつでも良いんだってよ!」
あー、真っ赤になってる士郎の肩たたいて……あんた、士郎も暴発させる気?
こいつがどんなけだものか知らないから……
し、士郎、そんな、音たててつば飲み込んだりしないで……
「あ、やべ、タガ外しちゃったか? じゃ、あたしはこれで失礼させてもらうよ。
じゃなー」
あ、綾子ー! こ、こら行くな! 行くなってのに! 行っちゃった……
「とお、さか……」
う、士郎が……
「だめぇー! 士郎自分で言ったんでしょ! 結婚してからじゃなきゃダメって!
それからいっとくけど私は遠坂の名を捨てる気無いからね! 士郎が衛宮の名を捨てて
遠坂士郎にならなきゃダメだからね!」
あ、ちょっとだけ止まった。ちょっと?
「うん、判った、おれが遠坂士郎になれば良いんだな? じゃぁ、まずは市役所に行こう」
止まらなかった。おまけに抱き上げてくる。お、お姫様だっこぉ!?
ああ、止まらない、もうこれ以上ないってほどまっすぐな目で私の目をのぞき込んできて……
ダメ、私も止まれなくなりそう……
士郎の顔が、視界一杯に拡がって……
「コラー! このバカちーん!」
かけ声とともに、居間に響き渡る心地よい竹刀の音。
「美綴さんが飛び込んできたから何かと思えば! 士郎がこんなにあっさり壊れちゃう
なんて思わなかったわ!」
あ、藤村先生。あれ? 私? ……危なかった。
「いやーごめん、まさか衛宮がああも簡単に壊れるとは……、いや、これは
よけいな挑発したあたしのせいだ、ごめん。謝るよ」
綾子が畳に手をついて謝ってくる。
「あ、お、俺?」
良かった、士郎も戻ったみたい。
「ハイ、それじゃぁ美綴さん、もう変な挑発しないでね。遠坂さんもこういう時は
きちんと抵抗しなくっちゃダメよ。そして士郎! 男の子なんだからもっと自分を
律しなさい! 何かあった時泣くのはいつも女の子なんだからね! 切嗣さんが
言ってたでしょ。女の子は泣かせちゃいけないって。判った?」
「そうだな、すまん! 遠坂」
士郎がわたしを下ろして謝ってくる。
「良いのよ、今日のは綾子が変な挑発したせいなんだし」
なんか、ろれつがよく回ってない気がするけれど、なんとかそう言いながら
立ち上がろうとして……あれ? 立てない。
足に力が入らずに、そのまま士郎にもたれかかってしまった。
「え? あ、あれ?」
「遠坂?」
「ご、ごめん、なんだか腰が抜けちゃったみたい。しばらく休ませて」
言いつくろってみたけれど、私の顔、多分真っ赤だ。
「あ、ああ、そうみたいだな。ごめん、藤ねぇ、遠坂を部屋に運んでくれ」
こういう時だけ敏感に、私の様子に思い当たったのか、同じく顔が真っ赤な士郎。
「判った。はこんどく。あ、それからおねぇちゃん、今日はこっちに泊まるからね」
「ああ、そうしてくれると助かる」
「そ、それじゃぁあたしは今度こそ帰るよ。あ、送ってくれなくて良いから。じゃ、じゃあな」
ああ、フライングしない方が良かったのかな? して良かったのかな?
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