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北京五輪:100年の夢がかなった日、沸き立つ中国

 8日、オリンピック開催地・北京の夜明けを知らせたのは群衆の歓声だった。

 午前5時19分、北京の天安門広場は数万人の人々が張り上げる「中国加油(中国がんばれ)!」という声に包まれた。広場北側にある国旗掲揚台の頂上に五星紅旗(中国の国旗)が翻るや、声のボリュームはさらに高まった。1989年、民主化運動の弾圧により血で染まった天安門広場。今その広場を埋めるのは、「アイ・ラブチャイナ」とプリントされたTシャツを着る「八零後(1980年以降に生まれた若い世代)」たちだ。

 人口13億人を抱える中国大陸全域はこの日、ついに「100年の夢」がかない、オリンピック開会式が開かれるという興奮と喜びで沸き立った。中国共産党の機関紙「人民日報」は、同日付の社説で「今夜、北京の歴史は(新たに)つづられる。中国は今、世界を抱く」と記した。100年の夢とは、1908年に天津のある日刊紙が「オリンピックを誘致しよう」と唱えてからちょうど100年目にしてオリンピック開催国になった、という意味だ。

 2001年の誘致確定以降、中国人は「国家的命運を懸けて」オリンピックの準備に突き進んだ。中国人のオリンピック成功に対する情熱といったら、75歳の年老いたがん患者が上海‐北京間1400キロを自転車で通ってしまうほどだ。今年生まれた新生児4100人余りにオリンピックを意味する「奥運」という名前が付けられ、オリンピックの五つのマスコット「福娃(フーワー)=福をもたらす子供という意味=」の名前をもらった新生児も数千人いる。

 北京や上海など全国各地の結婚登記所には、7日夜から「婚姻届け」を出す人が長蛇の列をなした。中国の新華社通信が報じたところによると、北京だけでも1万6400組、全国では数十万組が8日に婚姻届けを提出したという。全国各地の産婦人科にはオリンピック開会式の日に合わせ帝王切開手術で子供を産みたいという妊婦が集まり、はしかにかかってしまう人まで出た。

 13億人が夢見るオリンピック以降の未来は、「再び世界史の中心に立つ中国」(中国新聞網)というものだ。北京原人遺跡がある周口店から始まった最終聖火リレーが、中国のシリコンバレーと呼ばれる中関村の情報技術(IT)団地を抜け、中国の未来を担う青少年のための場である「オリンピック青少年キャンプ」で終わりを迎えるようにコース設定されたのも、こうした理由からだ。

北京=李明振(イ・ミョンジン)特派員

【ニュース特集】2008北京オリンピック

朝鮮日報/朝鮮日報日本語版
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