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社説:ストーカー判事 裁判所も職場環境の点検を

 裁判所の女性職員に嫌がらせのメールを執拗(しつよう)に送り、ストーカー規制法違反に問われた宇都宮地裁判事に、甲府地裁が執行猶予付きの有罪判決を言い渡した。かつての同僚の裁判官は「裁判官や司法への国民の信頼に反した誠に恥ずべき犯行」と断罪した。裁判員裁判のスタートを控えた折、高潔であるべき裁判官像を打ち砕く破廉恥な事件は、今後も波紋を広げること必至だ。

 被告の判事はストーカー行為を繰り返す一方、第三者を装って被害者の相談に乗っていた。判決も指摘したが、被害者の心をもてあそぶ卑劣な犯行と言わざるを得ない。既婚者が部下の女性と親密に交際しようと考えること自体が、社会人としてのモラルに反する。メールの内容も読むに堪えず、理非曲直を説く裁判官の所業とは思いがたい。

 裁判官は裁判の独立を守るため、憲法によって身分が保障されている。病気などの場合を除けば、国会の裁判官弾劾裁判所で罷免されない限り、免官されることはない。給与面などでも厚遇されている。

 その代わり、責任は極めて重大で、刑事裁判では被告に対する生殺与奪の権限まで有する。人並み以上の倫理や見識、公正無私の姿勢、強い責任感などが求められるのは当然だ。市民もまた、たとえ汚職がはびこっても、裁判官だけは孤高に正義を体現してくれるものと期待し、信じてきた。

 今回の事件では、その基本原理が損なわれたため、被告が自身の訴追につながる捜索令状などを発付するという破天荒な事態を招いた。わいせつ事件での被告の説示などは、説得力を失った。被告が浦和地裁(現さいたま地裁)でストーカー規制法制定のきっかけとなった女子大生刺殺事件を担当、居眠りを批判されて配置換えされた経緯も、因縁めいている。審理と真剣に向き合っていれば、自らがストーカーにならずに済んだかもしれない。

 裁判官の犯罪や不祥事は、市民のものに増して罪深い。二度と繰り返してはならない。大多数の裁判官が立派に職責を果たしていることは事実だが、不安材料はある。風俗店で女性にけがをさせたり、今回同様に裁判所職員へのストーカー行為で損害賠償を命じられる、といった裁判官の不行状が目立つからだ。

 いずれも個人の責任に帰することとはいえ、閉鎖的な裁判所の職場環境に、問題は潜んではいないか。多くの裁判官が激務に追われ、ストレスを感じているとしても、それだけでは脱線の理由にはならない。最高裁は職場の体質なども見直し、再発防止に全力で取り組まねばならない。

 被告の判事は国会の裁判官訴追委員会に訴追請求されているが、国民の代表である国会議員で構成する弾劾裁判所の審判に付すべきは言うまでもない。

毎日新聞 2008年8月9日 東京朝刊

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