人は見かけによらない? 否。人は見かけで判断されている。ビジネスパーソンも医者も、無頓着ではいられない。見た目から逃れられない時代。(AERA編集部・大波綾)
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JAL顔とANA顔、というのがあるそうだ。
前者はキツネで後者がタヌキ。JALは眉尻を上げ、目を切れ長に。ANAなら眉のカーブは平淡に、アイラインは丸く描く。航空業界でそう語り継がれているという。
いまも昔も女性のあこがれ度が高い客室乗務員(CA)。面接官経験者が言うには、
「失礼します、と入ってきた第一印象でほぼ決まる」
「見た目」重視の業界であることは、間違いない。
●牧師もスタジオ撮影
CAを目指す女性たちにとって、駆け込み寺のような写真スタジオが東京都文京区にある「スタジオ☆ディーバ」だ。ゼネラルマネジャーの高木寸子さんは、こう話す。
「入社試験に使う写真では、各企業のイメージにあったヘアメーク、表情づくりを意識しています。でも、『見た目』は決して外見を整えるだけではありません。求められる人材かどうか、内面が表に表れるので、それをより効果的に見せるようにしているのです」
冒頭のJAL顔とANA顔、高木さんによれば、JALは機転が利いて感情のコントロールが上手な人、ANAは協調性があってほんわかして穏やかなタイプが好まれてきた、ということらしい。
CA志願者だけではない。それ以上の狭き門である在京キー局の女子アナ志望者を筆頭に、スタジオは連日就職活動中の学生で賑わっている。
だが、ここ数年は就職活動のシーズン以外でも思いの外忙しい。顔写真をホームページにアップするという、医師や大学教授といった「個人事業主」が次々とやってくるからだ。
「一昨年からは、牧師さんがポツポツといらっしゃるようになりました」(高木さん)
教会に所属している牧師はチャペルのある結婚式場に出張する。そのためにプロフィルを作る。「病めるときも〜、健やかなるときも〜」のセリフも、らしくない牧師の言葉ではムードは減退。知的で柔和な顔立ちに見えるよう、にっこりと撮り下ろしたそうだ。
「理屈はルックスに勝てない。」と帯にうたった竹内一郎さんの『人は見た目が9割』(新潮新書)が発売されたのは2005年10月。表情やしぐさ、におい、距離感……。容姿だけでなく、その人が醸し出す雰囲気も含めた「見た目」を意識する時流は、ますます加速している。
●見た目は技術の下支え
実際、医師もセルフプロデュースが必要な時代だ。
新規開業を目指す医師などのコンサルティングを行うソラック・コーポレーションの人材コーディネーター勝又美江さんはこう話す。
「医師の評判は口コミで広がる。技術があっても、上からモノを見るようなお医者さまでは患者さんとの間に距離ができる。安心感や温かみを感じさせた方が得。目線や表情、声など五感で伝わる部分は大事です」
種元桂子さんは、元NHKアナウンサーの久保純子さん似のほんわかした「美人眼科医」だ。この夏、都心の一等地に視力矯正手術「レーシック」専門のクリニックを開業する予定だ。
徐々に認知度が高くなってきたものの、まだ一般的ではないレーシック。自由診療で、クリニックによって約20万〜80万円と価格に開きもある。だからこそ、「この先生に診てもらってよかった」という信頼関係を大切にしたい。
「患者さんに与える印象は大切。見た目に気を配ることは、きちんとした医療技術の下支えになります」
そんな思いを強くしたのは7年ほど前。米国留学から帰国し、大学病院で研究や診療にと明け暮れていた頃だ。
当直続きでいつも顔色が悪い。疲れた自分を鏡で見るのがイヤだった。気分を変えたくて、門をたたいたのが「現代版花嫁学校」とも言われる「ジョン・ロバート・パワーズスクール」などのフィニッシングスクール。年間の授業料は30万円以上もかかったが、発声練習から歩き方、カラーコーディネートなどを実践するうちに、「見た目」に目覚めた。
「フリフリ系が好きだったのにスクールでパンツスーツが似合うと言われたのも新鮮な発見。メークもピンク系からオレンジ系に変えたら明るくなり、顔を見るのが楽しくなりました」
以前の自分は仕事に頑張りすぎて痛々しかった。いまは、気持ちに余裕も出てきた。
「自分をきれいにすることは、患者さんを思いやることなんだと気づきました」
●高額商品ほど人が大切
「見た目」重視の動きを、スタジオ☆ディーバ代表でカメラマンの、山口直也さんはこう分析する。
「バブルのころの企業はいわゆるイメージ戦略が中心だった。だが、最近は実際に働いている従業員を表に出して、具体的な企業イメージを持ってもらおうとしている。履歴書がエントリーシートに代わり、キャリアカウンセラーが自己PRの方法を指南するようになった動きと重なっている気がします」
コンサルタント会社「リンクアンドモチベーション」のブランドエンジニアリング事業部長・宮崎雅則さんは、
「自動車や家、保険など高額なほど、その商品を扱う人の『見た目』が大事になってくる」
と指摘する。
「商品機能の差別化には限界がある。差別化をするとしたら、その商品のバックにいる『人』によるところが大きい」
その代表がラグジュアリーブランドだろう。
アエラの連載「ガイシナオンナ」にも登場した、時計のブランド「タグ・ホイヤー」マーケティング部のPRマネージャー、小梨貴子さん。小柄ながらモード系ファッションをバランスよく着こなし、フレンチネイルに整えた指には存在感たっぷりのダイヤの指輪が光る。腕には、当然タグ・ホイヤーの時計。
●自分磨きは時間管理
まったく隙がなく見えるのだが、小梨さんが「見た目」に気を配るのは、あくまでも、
「自身がPRを手がける商品を引き立たせるため」
タグ・ホイヤーといえば、日本ではスポーティーで男性的なイメージが強い。もっと女性に広めたいと思っているからこそ、自分の服装にも時計とのコーディネートを考えて気を配る。
こうした考え方は、新卒で入社した会社の秘書時代や、前職のファッションブランドの広報経験で身につけた。
「PRの仕事は長期のリレーションシップの積み重ね。とはいえ、相手と信頼関係を築くためには、見た目だけでは続けられません。同時に内面も磨かないといけないと思っています。そうすれば、外見もより輝くと思うんです」
働きながら外見も内面も磨くコツは?
「限られた時間をうまく使わないとできないので、必然的に時間管理もうまくできるようになります」
と断言する。
●会話してみたい雰囲気
広報・PRのプロ「アタッシェ・ドゥ・プレス」の養成学校「エファップ・ジャポン」を開校させた伊藤美恵さんは、「広報、PR担当者はマナーとして『見た目』が大事」と言う。
特にファッション業界でPR業務に携わるならば、自身が商品のイメージとかけ離れていると務まりにくい。
見るからにドメスティックな雰囲気ながら、外資系ラグジュアリーブランドの広報を担当したいと思っても、「面接では一瞬の判断で却下された例もあった」という。
「学生たちには、相手が何を欲しているかを考えるように言っています。好感をもってもらえるような見た目作りを意識するのと同時に、担当する分野について裏打ちする知識を得ることも大事。広報とは深い仕事なんです」
伊藤さんが考える「見た目」とは美醜ではなく、個人がそれぞれ持つ雰囲気そのもの。すなわちそれが、スムーズなコミュニケーションにつながる。
「相手にとって、この人と会話してみようと思わせられるかどうか。感じがよいと思ってもらえば、第一関門はクリアです」
ここ数年の採用バブル。企業が人材確保に四苦八苦するなか、「見た目」は企業と人が出会う採用の現場でも重要視されている。
「学生向けの会社説明会をするときには見た目が魅力的な人、楽しく働いている人を登場させてください、とお願いしています」
というのは、先のリンクアンドモチベーションの宮崎さんだ。
「とりわけ、これから実績をつくりあげていくベンチャーはトップの顔や一緒に働く若い仲間という『人』を有効に活用すると訴求しやすい」
たとえば、学生の間でもイケメンぞろいとうわさされるITベンチャーのサイバーエージェント。美人ぞろいで有名なコンサルタント会社ワイキューブ。それぞれ藤田晋、安田佳生という代表も前面に出ている。
●トップはビデオで訓練
人は企業にどんな要素を求めているのか。
宮崎さんによれば、理念、仕事内容、人、条件の四つ。なかでも、人に要素を伝えやすいのは「人」そのもの。そのためにも第一印象がいい社員を採用現場で活用することが必須なのだ。
そして企業価値を左右するのは何と言ってもトップだ。
先の伊藤さんは、
「危機管理も含めて、海外の企業のトップにはスピーチの様子をビデオに撮って話し方やしぐさを徹底的に訓練する例は珍しくない。個人的に報道担当官をつけている人もいます」
と話す。
企業のトップこそ顔であり、動く広告塔。中身もさることながら、「見た目」が最重要視されるのかもしれない。