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和泉元彌がやってきた。ヤァヤァヤァ。  

2008年 04月 13日

2008年4月12日 快晴

先月末、私は一瞬、目を疑った。
私の住む市の公報に載っていた「和泉流狂言と生バンドによる歌謡ショー」という催しものの告知。
会場は、私の自宅から徒歩5分の開館1年を迎えるホール。
もちろん、和泉流と言えば、あの和泉元彌さんである。

彼の狂言が観られるのだ。3000円で。
で、生バンドによる歌謡ショーって、一体何よ?

和泉元彌さんの歌謡ショーなら、必見か。
でも彼の狂言の前座が何かに知らない人の歌謡ショーがつくのかもしれない。
私はホール窓口に行って、担当のお姉さんに聞いた。
「生バンドによる歌謡ショーって、どなたが歌われるんですか?」
お姉さん、きっぱり、当たり前のように、
「和泉元彌さんです!!」
「買います!!」と、3000円自由席のチケットを求めた。
その公演が今日4月12日だったのである。

自由席だから25分前に会場へ。そこそこ埋っている中で、4列目の中央の席を確保。
時間まで観音さまに借りた通販のカタログを見ていると、隣の席のおば様が
「若い子にはいいのね~、こんな服」と覗いてきて、「でもこれやったらうちらでもいけるよね」というので、「そうですね。こんなんとかも似合いはりますよ」と、見知らぬ人と簡単にトーク。
そこに赤い服のおば様登場。友達らしい。
私の前の列は、商工会議所のおっさんたちの招待席で、おば様たち2人は、「なんや、おっさんばっかり。色気ない。野郎ばっかりや」とか、
「ハゲの照り返しでまぶしいわ」と好きなことを言っている。
自分たちは70歳近いというのに。
そして、「はい。お嬢さんに」とキシリトールの飴をいただいた。
先日、宝塚歌劇を観た時に、元・花組主演娘役さんのお母様からも、同じ飴をもらった。
中高年のおば様の必須アイテムかしら?キシリトール飴。
でも、かなり好きな味だ。
今度買おう。

和泉元彌さんはドタキャンもなく、遅刻もなく定時に幕を開けられた。
まずはホールのスタッフらしい若いお嬢さんの司会。
そしてホールの責任者のくだけた挨拶。

そして元彌さんの登場である。

うん、確かに元彌さんだ。
はじめに、狂言の簡単な説明をする。
これがまた口跡がはっきりしていて、メリハリがきいていて、会場が一気に引き込まれる。
選挙演説をさせたら絶対うまそうだ。
観客平均年齢56歳の女性陣たちは、元彌さんの話しにいちいちうなずき、ホーッと感心する。

そしてホール開館一周年ということで、元彌さんの姪っ子さんの5歳の女の子が、元彌さんの謡(っていうのか?)とあわせて、鶴亀の狂言小舞を披露した。
上手い演出だ。平均年齢56歳の女性陣は、自分の孫を観る目で小舞をみる。
あちらこちらで、「可愛いわ」、「泣けてくるよね」との声が漏れる。
確かにめちゃくちゃ可愛いのである。

そして元彌さんの声の素晴らしいこと。
やはりマスコミの思惑にはまらず、彼の本業をきっちり観てあげるべきだと思った。
と、いうか何でも実際にこの目でみてやろう精神をもたないといけないな。

次に元彌さんのお姉さま2人による「痺(しびり)」という狂言。
これがわかりやすくて面白い。
お使いに行かされるのがイヤな太郎冠者が、先祖から受け継いだ足のしびれが出たと嘘をつき、お使いにいけないと言うのだが、嘘を見破った主人が策略を練って・・・という話だった。

次は「昆布売」。
元彌さん扮する大名が、お供を連れてこなかったため、自分の重たい太刀を誰かに持たそうと、通りかかった若狭は小浜の昆布売りに、太刀を持たそうとするのだが、偉そうな大名に腹を立てた昆布売りが、大名にいろいろな昆布売りの売り方をさせて、ちゃっかり太刀をもって逃げるというこれも楽しい狂言だった。

狂言というのは、舞台セットがシンプル。登場人数も少ない。
最近、宝塚歌劇とか歌舞伎とか、大人数で豪華なものを観てきたので、
こういうシンプルな無駄のない世界もステキだと思った。
また、元彌さんの説明によると、狂言は化粧をしてはいけないらしく、「直面(じかめん)」、いわゆるスッピンで舞台に立つらしい。
それだからか、元彌さんが大声を出すと彼の顔が赤くなるのがわかる。
今日は私もスッピンだった。
これからは化粧しないことを「じかめん」と呼ぼうと決めた。

さて、1部の最後は地元の子ども2人を舞台にあげて、狂言のお稽古の付け方を見せるワークショップだった。
これもなかなか面白い試みだった。

そして最後に和泉ファミリーの挨拶。
期待通り元彌ママ、セッチーも登場。
もう、テレビでみるまんまのセッチーがそこにいた。
そして、とても上手い挨拶をし、(ああ、こういう人が代議士の妻になったらいいのにな)と思わせる何かを感じた。服装もセッチーのイメージ通り。

と、言う感じで狂言は終了。
歌謡ショーで笑う目的で行ったが、狂言がとてもよかった。
やはり彼、彼女たちはプロなのである。
そのプロ仕事の評価だけでいいのに、どうでもいいこと流すよな、マスコミって。

休憩をはさんで、いよいよ歌謡ショーだ。
地元のバンドFree Bird(おっさん7名。結構上手かった。でも何かと兼業している香りがした)による、「ラ・クンパルシータ」と「オブラディ・オブラダ」というベタな選曲に笑い転げる。

その後は、地元の文化会館でカラオケを教えている先生の「べサメムーチョ」。
これもまたベタな選曲。で、はっきりいって上手くなかったし、緊張でマイクが震えているのがわかる。
もちろん、私の横のおば様たちはすかさず「震えてるで」とツッコミ。

そして和泉ファミリーによる歌謡ショー。
持ち歌はなんと2曲のみ。
「銀座の源さん」と「モトヤ DE サンバ」。

その2曲なのに、譜面台の歌詞を見ている和泉ファミリー。
「朝までモトヤでサンバ♪」というサビがなかなか楽しい。
もちろん、客席は「サンバ!!」と叫ばなくてはいけない。
私はこういう時は礼儀として、元気に「サンパっ!」と叫ばなくてはいけないという変な社会適応力を持っている。
もちろん、私の横のおば様2人はノリノリだ。

そのあとは、元彌さんのソロ。
何故か米米クラブの「浪漫飛行」。
これが持ち歌より上手かった。
この人はきちんとレッスンを受ければ歌える人だと確信。
ミュージカルなら簡単に出れるのではないか。
「ファントム」あたりが似合いそうだ。

そしてここからがサプライズ。
会場の人と元彌さんとのデュエット飛び入り参加を司会の女性が募ったのだ。
「居酒屋」と「銀座の恋の物語」の2曲。

「はい!」とすぐさま手をあげたのは、商工会議所のおっさんのハゲ頭をこき下ろした私の2つ隣の赤い服のおば様だった。
赤いド派手な服で舞台に上がるおば様に、元彌さんは「いかにも歌謡ショーという方が登場しましたね」と言う。
おば様は何の緊張感もなく元彌さんになれなれしく話しかけ、元彌さんに「大阪に来たって感じがする」といわれつつ、「居酒屋」を歌い始めた。

しかし、だ。
譜面にある歌詞が老眼で見えないらしく、その様子がかなり笑えた。
そして歌い終わった途端、おば様は「私は今日であなたのことが大好きになった。ついていきます」とか、「譜面がみえなくて大変だった」とか「緊張して震えいてる」(真っ赤な嘘だろう)とまくしたて、元彌さんに「いや、ついてこなくてもいいです。うちの母だけで十分」と断られていた。

ここで会場はかなりヒートアップ。私はデジカメを持っていて、カメラ撮影禁止でなかったので。
赤い服のおば様の写真を激写した。あとで住所を聞いて送って差し上げることに。
とても喜んで下さっていた。

そして次は「銀座の恋の物語」のデュエット相手の飛びいりが募られた。
会場は沈黙。
そりゃ、そうだ。あれほどのおば様のパフォーマンスの後につづくのは至難の技だ。

しかし、沈黙は続く。
その時、私の「助っ人大阪人」魂が持ち上がり、(このままでは場がしらける)と思った瞬間、
「はい」っと手を上げてしまったのだった。
どうして私が元彌さんと「銀恋」を歌うハメになるのかわからないが、とにかく会場の沈黙に耐えられなかったのだ。

舞台に上がる私を元彌さんはエスコートしてきた。
ナイトのように手を差し伸べたのである。
スイッチが入った。
私は貴婦人となって元彌さんの手のひらに優雅に自分の右手を置いた。
そして、巻いていたマフラーをマダム風に持ち替えて、銀恋に入った。
「時々ボクのほうを見て下さいね」と元彌さんから指示を受ける。
瞬時に自分が銀座のマダム役を求められいると判断。
得意のロールプレイである。
私から歌が始まる。
私は決して歌がうまいほうではないのに、横で元彌さんが「ほぅ~」と小さく声を出した。

ここからの私の様子は、私に直接聞いて下さい。
マイクを持つ手は一切震えず。元彌さんの目だって真っすぐ見える。
会場からの笑い声も聞こえる。
私は自分なりの銀座マダムパフォーマンスを演じきった。

歌い終わったあと、元彌さんに「すごいですね~」といわれたので
「何がでしょう?」と聞くと、
「歌もそうですが、歌の途中の小芝居が!」
と言われた。

とにもかくにも、私の初舞台の共演者は和泉元彌さんとなった。
そして私は生まれてはじめて生バンドの演奏で歌ったのだ。

そのあと、また「モトヤ DE サンバ」が披露され、最後は会場全員で
「青い山脈」の合唱で終わるという2時間半たっぷりのいいものが観れた。

終演後、何人かの人に「よかったです」、「さすが大阪人」、「楽しませてもらいました」と声をかけていただく。
いや、楽しませたのは和泉ファミリーだったし、私の前に歌った赤い服のおば様だろう。
私なんぞ、青い青い。

元彌さんの印象→あの人は優しい人だ。ちょっと変かもしれないが、頼まれたことにはNOといえず、また調子になって受けてしまうお調子ものだという感じ。だから、仕事がバッティングしたり、プロレスに出たり、CDを出したりしてしまうのだ。
狂言とか、彼の演技力がもっと評価されるべきだ。
そして、ああいう人とは離婚しにくいだろうな、と羽野晶紀さんのキモチがわからなくもなかった。
羽野晶紀さんの好きな仕事をして、元彌さんは狂言とか他の演劇にかかわって、お互いが違うところで活躍できたらステキだと感じた。晶紀さんの持ち味は、伝統芸能を裏で支える妻だけでは発揮できない。
どうか、お互い夫婦でありながらも、違う仕事をしあって、認めあう夫婦であってほしい。

そして帰宅後、ひとり反省会。
あんなに緊張感なく舞台に立ってしまう自分はかなり変ではないか?
そしてたっぷりサービスしてしまう自分って一体?
そんなところでは大胆なのに、小さなことで不眠症になったり過敏性大腸になったりする。

自分という存在がたんすであれば、いっぱい引き出しがあって、その引き出しがごちゃごちゃのような気がする。
結構落ち込んだ。
せめて、論文だけはごちゃごちゃしていない理路整然としたものが書けるようになろう。

今日のことは「目立とう」とかいう邪心は全くなく、勝手に身体が動いていた。
と、いうことは今後も変な運動神経でこんなことを大胆にもやらかすかもしれない。

友達は逃げないだろうか。

和泉流狂言鑑賞の前後に家人のラシーンちゃんにはじめて載せてもらった。
行ったのは、バーミヤン→オートバックス→コーナンで、
夕方からは、オートバックスでの返品→車のスベアキーが合わなかったので、またコーナンで作り直し→アリオ鳳というショッピングセンターへ(私たちにとっては全然心が揺さぶられるものではなかった。何も買わなかった)→びっくりドンキーで夕食 というコース。

ラシーンちゃんはとてもよく走ってくれる可愛い子。
家人に「車に名前つけなくていいの?」と聞くと、家人は5秒考えて「拙者」とネーミングした。

「拙者」は私をこれからどこに連れて行ってくれるのだろう。

と、言うわけで、自分の調子のよさに打ちひしがれて、睡眠薬が効かない午前2時41分。
【写真】 元彌さんと私。舞台の上。元彌さんにも肖像権があるだろうし、私も顔を出したくないので、一部のご披露でご勘弁を。ちなみに写真を撮ってくださったのは、元彌さんのお姉さま。
ああ、恐れ多いことよ。


by megumiword | 2008-04-13 03:20 | 日々の営み

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