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【結いの心】信じ合えず、悲しいネ 眠らぬ街<5>2008年5月31日
「シカタガナイ」 トヨタ系の自動車部品工場の技能実習生だったベトナム人女性(28)は、会社が「パスポートを預かる」と言ったとき、そう思った。 「大切な物だから、なくさないように」。そんな会社側の説明の裏に「逃げないように」という本音があるのは分かったが、素直に従った。 でも、1年前のあの時は事情が違った。 愛知県三河地方の下請け23社でつくる外国人実習生受け入れ機関「豊田技術交流事業協同組合」が、最低賃金以下で実習生らを働かせたとして、実習生受け入れの停止処分を受けた。 彼女らが異変に気付いたのは処分の後だった。例年は豊田市役所で行う滞在延長手続きが、名古屋入国管理局に変わった。1年延長のはずが4カ月。漢字が読めず、意味が分からなかったがパスポートに「出国準備期間」という赤い判を押された。 何かがおかしい。実習生仲間6人で会社の事務所に押しかけ、談判した。 「この赤い判の意味を説明して。そうしないと働かない」。押し問答の末、上司が渋々、説明した。「働いてはいけないビザ…」。それでも会社は、厳しい納品期限を守るため、彼女らを働かせようとしていた。背筋が寒くなった。 彼女は出国時、ベトナムの送り出し機関に保証金として、銀行で借りた4300ドル(約45万円)と実家の土地使用権を渡してきた。当時の年収の4倍もの大金。違法な労働で強制送還になれば、保証金は戻らない。 「私たち、働きません」 パスポートを取り戻し、他の会社の実習生たちと連絡を取って、寮にこもった。食費を切り詰め、わずかなお金で不安な日々を過ごした。 窮状を知った愛知県労働組合総連合の榑松(くれまつ)佐一(52)らが、付近の農家の支援で米を差し入れた。感謝の涙を流す彼女たちを見て「こんなに喜ばれるなんて」と榑松は驚いた。異国の地で、それほど心細い思いをしていた。 1カ月後、榑松らの奔走で、別の受け入れ機関に移籍して働けるようになったとき、実習生たちは抱き合って喜んだ。 彼女は今月、3年の実習期間を終えて帰国した。 大切な給料で唯一買ったのはビデオカメラ。そこには、同僚の日系ブラジル人や実習生仲間の笑顔があふれる。だが、日本人の映像は、ほとんどない。 「会社の人たちと信じ合えなかったから。友達もできなかった。悲しいネ」 桜や紅葉、雪景色…。ビデオには、美しい日本の風景だけが収められている。 =文中敬称略 【外国人研修・技能実習制度】 海外の労働者に技能や知識を習得させる制度。1年間の研修と、その後2年間の技能実習に分かれる。政府は外国人の単純労働を認めないが、実態が「低賃金の労働力」化しているとの批判も。法務省は昨年末、研修・実習生のパスポートの取り上げを不正行為として厳罰化する指針改正をした。
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