中日新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 特集・連載 > 結いの心 > 記事一覧 > 5月の記事一覧 > 記事

ここから本文

【結いの心】

これじゃ根づけない 眠らぬ街<2> 

2008年5月28日

夜勤が終わり、明かりが消されたトヨタの元町工場。手前はその後も稼働する下請けメーカー=愛知県豊田市で

写真

 夜勤に出る前、彼(32)は寮の部屋で株のデイトレードをする。パソコンに向かい、画面上のわずかな値動きに目をこらす。

 「期間工の給料だけじゃ、希望も何もない。株だけが、ここからはい上がれる道のような気がして」

 関東の高校を出て、大学受験に失敗。不動産会社や居酒屋チェーン、日雇い派遣などの職を転々とした。初めてトヨタの期間工になったのは、25歳のころ。新聞の募集広告に「社員登用の道あり」と書いてあったのに心をひかれた。以来、4度目になる。

 日雇い派遣の時は、ピンハネされ頭にきた。何重もの派遣構造になっていて、手渡される金額が発注元の支払額の半分以下だったこともあった。違法な建設現場への派遣もあった。それでも「次の仕事までのつなぎだ」と思って我慢した。

 期間工の仕事は、まだましに思えた。時間が決まっていて、帰宅時間も見当がつく。だが、年齢が上がるとともに、焦りが芽生えてきた。

 月収は30万円程度あるが、もう上がらない。正社員と同じ仕事でも、収入は半分だ。契約は6カ月ごとで、残り1カ月になると「延長の打診はないのか」といつもビクビクする。

 30歳を過ぎたら、ほかには日雇い派遣ぐらいしか仕事はない。結婚したい相手がいたが、いつ無職になるか分からない身では、踏み切れなかった。

 昨秋、正社員への登用試験を受けた。「年齢が高いから、厳しいだろう」とは予想していた。不合格の通知に「やっぱりか」と力なくうなだれた。

 株を始めたのは、そのころだ。まだ、もうけは出ていない。

 高校時代、放送部のコンクールで全国大会に出場し、広告代理店で映像にかかわる華やかな将来を夢見た。最近、若者の貧困問題のニュースを見て、思う。

 「自分は、ネットカフェ難民と大して変わらない。寝る場所が寮になっただけじゃないか」

 必要がなくなれば「再契約なし」という形で切り捨てられる。「将来が見えないから、地域に根付きたくても、根付けない。フワフワしている」。住民票は実家に残したままだ。

 「結婚もできず、家も買えず、子どももつくれない。いつかこんな社会は、終わりが来るんじゃないか」

 株の値動きに一喜一憂しながら、ふと、彼はやり場のない憤りを覚える。

 【期間従業員(期間工)】 期限付きで雇用する契約社員。トヨタの場合、愛知県内12工場で現場従業員の3割にあたる約9000人に上る。6カ月以上働くと正社員登用試験が受けられる。昨年度は1250人が正社員になったが、本年度は900人に減らす。景気の「調整弁」に使われるとの批判もある。

 

この記事を印刷する

広告