イエスの惑星BBS

キリスト教信者の方、又はキリスト教や聖書に興味のある方の 交流の場です。

この掲示板は、管理者(夢之介)の責任で管理しております。
したがいまして管理者の独断と偏見で、この掲示板には不適切
と感じた内容の書き込みは全て削除させていただきます。

最近の左傾化した教会の環境や教会の政治的な言動に疑問を
お持ちの方大歓迎です。
夢之介
※禁止事項
・反体制・反キリスト教・左翼的政治思想・オカルト・異端宗教
・公序良俗に反する書き込み・マルチポスト等

Reload


投稿者
メール
題名
   
内容
(自動改行します。利用可能タグ一覧
画像
URL
 
 

全497件の内、新着の記事から30件ずつ表示します。 1  2  3  4  5  6  7  8  9  10  |  《前のページ |  次のページ》 

日本語典礼について  投稿者:彦左衛門  投稿日:2008年 8月 6日(水)21時00分24秒
  ひこざ:
 典礼言語の日本化に小生反対しているわけではありません。しかしそれは二義的、三義的なことです。

  とまあ、ひこざ申しましたが、現行ミサ典礼の日本語、残念ながら、主の救いと犠牲のみ業を再現、体現する、厳粛、神聖な典礼にマッチしたものではない。日本語としても、この典礼に相応しい、典雅な響きがない。

 当時、ラテン語を廃止、日本語にかえた典礼委員会の人々は、長江さんも含めて、日本語の長い伝統と、その宗教用語としての可能性については全く無知、無教養の人だったのではないか。

  かれらはその作業に当たって、もっと朝野の識者の意見を徴すべきだった。こういう作業に当たっては拙速はもっとも戒められる。時には、宗教的、かつ言語的天才の出現を待って、初めて改定を進めていいことだった。

 ところが、無智、無恥、無教養な司祭官僚たちは、そういう謙遜さを欠いていた。
 

跪き台  投稿者:ダンボ  投稿日:2008年 8月 6日(水)20時22分29秒
  最近の司祭は、ミサが形式主義にならないようにと、一つ覚えのように繰り返します。
でも、ミサの姿勢や動作は慣れ親しんで、自然と体が動くのです。
それを、「ここでの十字の印はしてはいけません、ここも必要ありません」
「もう跪いてはいけません」
「日本司教団は手で聖体をいただく許可を得たのですから、
もう、口で受けてはいけません」

こういうのが、形式主義じゃないのかしら。
間違ったことをしているなら ともかく、司教団が一方的にあっちこっちカットして
それを、信徒に強制する。
「これは日本の文化にはないのだから、してはいけません」
こういうのを形式主義というのだと思います。

次にあれをしなきゃ!これをしなきゃ!・・・と落ち着かないなら、問題だけど、
信徒は皆、自然と体が動くのですよ。

禁じられたがために、手が自然と動きそうになって、慌てて引っ込める・・・
そのたびに悲しくなります。
南米の方などは、お構いなくやってますし、なら、日本人もして良いのでは?と思います。

司祭は、形式主義に陥らず、民主的をモットーとされているようですが
司祭と役員が勝手に決めて、跪き台を撤去して、
私たちが跪いて祈る権利を奪っているのです。

告解室の跪き台まで、撤去しようとの話になり、
ピース9メンバーは
「あんなものがあったら、跪かなくてはならないような感じで邪魔。」

カチン!と来て「跪きたくなければ、跪かなかったらいいんじゃないですか?
跪いて祈りたいという人の権利を奪うことはないでしょう!」と。

聖体訪問に行っても、跪いて祈る習慣が身についているのに、
跪き台が撤去されているので 跪けず、何とも寂しい限りです。

跪きたければ、床に跪いたらという方もいますが、なかなか、困難で・・・
で、今日、材料を買ってきました。
私物の跪き台を作ることにしましたーー。
個人で聖体訪問に行って祈るときくらいは、好きに祈らせていただきます!!
ピース9主要メンバーは聖体訪問をしているのを、見たことがありません。
祈らないのに、勝手に邪魔だと決め込むのは 民主的なのでしょうか?

Pasさんの投稿を見て、この長江司教が・・・とため息が出ました。
 

比叡山宗教サミット  投稿者:おつる  投稿日:2008年 8月 6日(水)00時33分15秒    編集済
  比叡山宗教サミット21周年 世界平和への祈りの集いに参加してきました。
書写山 円教寺 執事長 大樹玄承様から おつるブログに直接コメントをいただいて、
宗務庁からチベット旗禁止との命令が出たとのことで、チベット旗は持たずに行きました。

京都の大塚司教様 長崎の野下神父様 フランシスコ会のベルギー人のルカ神父様
比叡山のふもとの修道女様

そして 教皇庁諸宗教対話評議会議長
バチカンの フランス人のジャン=ルイ・トーラン枢機卿様に

大阪の箕面教会からきました、和田幹夫神父様の教会からきましたと
ご挨拶して お話しました。

チベットのために お祈りしてきました。

http://blog.zaq.ne.jp/otsuru/article/486/

 

教勢停滞の原因  投稿者:彦左衛門  投稿日:2008年 8月 5日(火)23時22分58秒
  長江司教:
 >日本でカトリックが伸び悩んでいるのは、カトリックのあまりにも西洋的な表現のせいである。

  ひこざ:そうではないでしょう。 カトリック宣教の前に立ちはだかっているのは、日本社会と文化の根底にある、人間中心の世俗主義です。この世俗主義は、戦後の生活困難の中では、一時弱っていましたが、日本が経済成長を続け、繁栄を謳歌する時代になって、一層強まりました。
 そして、戦後一時精神的混迷の時代に躍進した、カトリックの教勢はこの世俗主義への正面からの対決を怠ったために、その後の日本での、地の塩たる自らの預言者使命から離脱してしまったのではないでしょうか。そのことが今日まで続くカトリック宣教停滞の原因でしょう。

 いま日本社会は、再び戦後すぐの時代と同じように、精神的混迷、自信喪失の時を迎えようとしています。

 この時こそ宣教のまたとない機会です。日本人の心と文化に焼きついている世俗主義、人間中心主義では、真の救いはない事を真正面から説き、説き続け、このカトリックキリスト教の使信を掛け値無しにぶつけて行くべきです。

 典礼言語の日本化に小生反対しているわけではありません。しかしそれは二義的、三義的なことです。
 

サボテンさん   投稿者:Pas  投稿日:2008年 8月 5日(火)22時00分9秒
  実は北原怜子さんの生涯を見直そうと思ったのは、次のブログをなにげなく読んだのがきっかけでした。
http://sakaba.cocolog-nifty.com/cocoro/2007/03/post_4cb1.html
短い期間でしたがそこで色々な挫折感を味わって、そのたびに苦しんで、どんどん信仰が深まっていったのですね。

といっても私はまだ「やなぎや けいこ」という著者の伝記しか読んでませんので、えらそうなこといえませんが。

現代カトリックで「下からの〜」という人々は、人間の都合に合わせて神のあり方を変え続けようとしています。
北原怜子さんは反対に、神様の御旨に従ってどこまでも自分が変わり続けようと人知れず努力を重ねました。
世間の目からは一見同じような活動をしているようでも、実は出発点から目指すところまで全く異なるのですね。

最近こういう話も知りました。
http://www.plinst.jp/musouan/aoyama14.html
 

北原 怜子さん  投稿者:ダンボ  投稿日:2008年 8月 5日(火)21時54分17秒
  北原怜子さんとゼノ修道士は、コルベ神父様の聖母への信心を受け継がれ、そのまま、働かれた方です。器用な方々ではなく、特別、神学的な知識があるわけでもない。ただ単純に、イエス様を慕い、マリア様に倣って生きた方々です。(そこが本田神父とは違うところ)
聖書学者は自分の知識にたより、自分の頭で考え、全て理解できると傲慢になります。
コルベ神父様は、哲学・神学の博士号をもち、秀でていましたが、知識をいただいたのはみさかえのためと、ますます謙遜になり、全てをみさかえのためにつくされた方です。
ゼノさんも、その精神で清貧・従順・貞潔の誓願を全うされ、北原怜子さんもまた、全てを捧げられたのです。
これが、フランシスカン精神です!
マリア様をレイプされたなどという本田神父は、聖フランシスコが生きていたら、真っ先に、口を塞ぎに行くでしょう!あれほどまでにイエスを愛した聖フランシスコの弟子とは思えません。

北原怜子さんを皆さんが慕われたのは、純真な無私の献身であって、器用さ、今的に言って「できる人」ではありません。ひたむきさの中で聖なる香りをはなたれたのだと思っています。

ゼノさんとの関係で、コンベンツアル会が北原怜子さん列福のために、力を入れています。
 

『蟻の街のマリア』・・  投稿者:サボテン  投稿日:2008年 8月 5日(火)21時18分0秒    編集済
   『蟻の街のマリア』の映画を中学生の時学校で見ました。1970年代です。当時は感動しました。

 幸田補佐司教が司祭時代、febc(キリスト教インターネットラジオ)で1年間、聖書と信仰について放送されたのですが、その中で北原怜子さんと、幼きイエズスの聖テレジアについても触れられました。出演者も聴き手もプロテスタントの方が多数を占める番組としては画期的だったと思います。

 番組の中で、彼女が実際蟻の街で活動したのはとても短い期間だったことに驚いた、という話がありました。また、伝記にはあまり書かれていないことですが、彼女が病気で蟻の街から退いた後、代わりの女性が彼女の後を引き継いだそうです。引き継いだ女性が何の問題もなくやり遂げていた様子を見た怜子さんの心境は複雑だったというような面も、話されていました。

 彼女の信仰と、永井隆博士の信仰、通じるものがありますね。すべてを神のみ旨だと受け入れ、感謝する、という姿勢です。惜しい方が、逝ってしまわれたと思います。生きて、メルセス会におられたら・・・、と想像することはあります。
 

潮見教会を見てきました  投稿者:Pas  投稿日:2008年 8月 5日(火)19時08分12秒    編集済
  昨日と今日、用事かたがた上京し、北原怜子さんゆかりの潮見教会にも行ってきました。
まず潮見教会の隣の「日本カトリック会館」の大きさに驚き。八階建て?くらいですが、その奥行きがスゴい。
もう一つ向こう側の通りに面した、反対側の入り口があるほどでした。見間違えたのでしょうか?
「日本カトリック会館アネックス」とか、反対側には表札が出ていたような。居住部分? 宿泊施設?
潮見は高層マンションが建ち並んでいましたが、日中は人影がまばらな街でした。
あの辺りは北原さんの時代とは全く異なる光景になってしまっているのでしょうか。

さて潮見教会ですが、聖堂のそばには、北原さんの小さな像がありました。素朴な感じのものでした。
「われは主のつかいめなり 仰せの如くわれになれかし エリザベト 怜子」と刻まれていました。
その右側には北原さんの生涯をまとめた「碑誌」が。
聖堂でお祈りしてきました。女性信者の方々が敷地内の清掃とか散水をされていました。
由緒ある教会なのに、神父様は他の教会から来られているようですね。さびしいことです。
聖堂の掲示は当時の北原さん関連の新聞記事の切り抜きで埋まっていました、が......。

そこに一枚、「宗教者九条の和 シンポジウムと平和巡礼 2008年9月27日」という大阪教区の行事案内が。
......三日間の正平協全国大会後、二週間と経たずしてですね。基調講演は高橋哲哉氏とか。

帰りに四谷のサンパウロに回り、北原さん関連のものを含め、何冊か買いました。
今回は特に昨夜など東京はひどい雷雨だったのですが、私は幸い傘を一回も開かずに済みました。
 

典礼の日本化の主張  投稿者:彦左衛門  投稿日:2008年 8月 4日(月)16時54分16秒    編集済
  Pas さん、
 長江師発言英文の全文有難うございました。長江師の考えの特徴がよく分りました。
 

彦左衛門様 参考までに原文も載せます  投稿者:Pas  投稿日:2008年 8月 4日(月)01時34分59秒
   Similar considerations were voiced at a press conference given by Bishop Lawrence Nagae of Urawa, Japan, who maintained that Catholicism had made such slow progress in his country (with 300,000 Catholics) because its presentation had been too Western. "If Catholicism is to be recognized and accepted by the working class, which makes up the bulk of the Japanese population, it is necessary for the Catholic Church to appear as a very modern and dynamic spiritual and social force." The Catholic Church must have something special to say to modern man and something special to give him, he went on. "Modern Japan, seeing only ceremonies and institutional practices in the Catholic Church, considers the Catholic religion on a par with its own traditional religions, outdated and defunct, incapable of making any serious and worth-while contribution to modern Japanese life."
 He therefore called for a simpler liturgy and a more direct approach, so that the people might be able "to participate more immediately with the priest." He also called for the elimination from the liturgy of elements such as genuflections, which, he said, stemmed from Western culture and were meaningless to the Japanese. "In our country, where we make a profound bow to show reverence, we would prefer to use that motion in place of the genuflection." Other ceremonies and symbols, too, were unintelligible to the Japaneseーfor instance, the kissing of objects during liturgical services. This practice should be made more infrequent, he said, since "the kiss in the Orient is out of place." He also said that the sign of the Cross should not have to be made so frequently.
 

この人が  投稿者:ノコさん  投稿日:2008年 8月 4日(月)01時15分0秒
  ブルトマンの神学解釈を迂闊にもカトリックに持ち込んだという話を
聞いたことがありますが、この辺もっと掘り下げて教えて頂ける方
おられませんか
 

長江師のこと  投稿者:彦左衛門  投稿日:2008年 8月 4日(月)00時22分49秒
  Pasさん、

  長江恵師のことは知っています、師は当時、今から半世紀「以上も前になりますが、小生ヒコザが在学の大学のカト研の確か指導司祭でした。 戦時中ずっとローマで研学を続け、戦後日本に帰り、当時新しいカトリシズムの雰囲気を一身に体現している方でした。

  しかし、師が東京教区学生担当司祭から、うらわ教区司教になられ、その資格で、バティカン公会議に出席、どういう立場で、どういう発言をしていたかは、Pasさん情報で初めて知ったことです。感謝。

ちょっとここで、師の発言を検討して見ましょう。

  長江師:
 >日本でカトリックが伸び悩んでいるのは、カトリックのあまりにも西洋的な表現のせいである。

  ひこざ:そうでしょうか。違うんじゃないでしょうか。確かに、ヨーロッパ伝来のカトリシズムとその実践形式(典礼その他)にはすぐなじめないことがあるでしょう。しかし
それは日本人にとって、決定的にカトリっク宣教を受け入れる障害ではありません。
 隣の韓国では、日本と同じ文化的条件でありながら、数百万の信徒を擁する教会が存在しています。
  続く:
 

ワレ神父のまとめ  投稿者:Pas  投稿日:2008年 8月 3日(日)23時16分56秒
  1997年5月 東京教区ニュース
http://www.tokyo.catholic.jp/text/kyokunews/1997/kn142b.htm

ワレ神父のまとめ

最後に私の浦和教区での3つの意識改革のチャンスについてお話します。

(1)典礼の刷新:浦和教区で働いて十何年目、 当時、 日本の司教協議会の典礼委員会の委員長であった長江司教からの説明、 指導、 試みなどにより私の典礼的な刷新になりました。
しかし、 60年代の日本の教会は典礼の刷新に熱心になるあまり宣教に力をいれなかったことは宣教会の司祭としては反省しています。
 

今さらですが、有名な話なのでしょうか  投稿者:Pas  投稿日:2008年 8月 3日(日)17時03分45秒    編集済
   <第二バチカン公会議第一会期中の1962年10月28日日曜日の>記者会見では、日本の浦和司教ラウレンチオ長江からも同様の考察が発言されたが、彼が言うには、(信者30万人の)日本でカトリックが伸び悩んでいるのは、カトリックのあまりにも西洋的な表現のせいである。「日本の人口の大半を占める労働者階級に認められ受け入れられるためには、カトリック教会とは非常に現代的かつダイナミックな宗教精神であり社会的勢力であると、人々の目に映らなければならない」。カトリック教会は現代人に対して何か特別なことを発言しなければならないし、何か特別なものを与えなければならない、と彼は続けた。「現代の日本においては、カトリック教会では儀式と決められた慣習しか見ることができないため、日本の他の伝統的諸宗教と同様、現代の日本人にとっては、時代遅れで生気がなく、真面目で価値のある貢献がなにもできていないもの、と見なされている」。
 そこで彼は、人々が「司祭ともっと近しく参加する」ことが可能になるように、もっとわかりやすい典礼及びもっと直接的なアプローチを、声を大にして求めた。さらに彼は、ひざまずきの類いの要素を典礼から除外するよう求めたが、彼が言うには、それは西洋文化に由来していて日本人にとっては意味のないことだからである。「私たちの国では、尊敬を表わす場面では深く頭を下げるものなので、それをひざまずきに代用させることを私たちは好むであろう」。その他の儀礼や”しるし"にもまた、日本人には理解できないものがあるが、例えばそれは、典礼儀式において器物に接吻することである。このような慣習は徐々に減らしていくべきである、と彼は言ったが、それは「東洋においては接吻は場違いなこと」だからである。"十字架のしるし"もそんなに頻繁になされる必要はない、とも彼は言った。

Fr.Ralph M.Wiltgen. S.V.D. "The Rhine Flows Into the Tiber(『ライン川はテヴェレ川に注ぐ』)" (TAN BOOKS AND PUBLISHERS, INC.) 37ページから。
 

典礼の破壊に対する危機感  投稿者:グレゴリオ  投稿日:2008年 8月 3日(日)00時14分5秒    編集済
  彦左衛門様、有難うございます。そして、主に感謝!私の思いが、決して誤りでないことがわかりました。
「聖歌と典礼音楽は、感謝の祭儀が祝う神秘にふさわしいものでなければならない。聖書に詩編、賛歌、霊的な歌と書かれている通りである(コロサイ3・16参照)。それゆえ、最初の数世紀から、教会は典礼音楽を典礼と一体をなすその構成要素と考えてきた。教会の教導職は、さまざまな音楽様式を認めてはいるが、「さまざまな音楽様式が典礼の内容と一致したものであること」(190)を常に強調してきた。それは、典礼が不適切な世俗的要素の影響によって台無しにされる危険を避けるためである。」聖 体(エウカリスチア)-教会生活と宣教(ミッション)の源泉と頂点-世界代表司教会議 第11回通常総会より
正平協の活動が、知らず知らずのうちに、神中心の教会から、人間中心の教会へ、「人間同士、仲良くなったらなんでもええやん」といった思想を植え付け、典礼の破壊にまで及んでいる事実に、強い危機感を覚えます。
 

『あけぼの』『ラウダーテ』『カトリック生活』・・  投稿者:サボテン  投稿日:2008年 8月 2日(土)23時15分51秒    編集済
  Re;父兄の声

 『あけぼの』『ラウダーテ』は、要注意です。無理もないですね。シスターが編集しておられるのですから。

 『カトリック生活』1月から「下からの修道生活」のタイトル(サブタイトル?)で連載がありますね。バックナンバーを立ち読みして、愕然としました。教会が教えてきた「召命」の概念が変えられてしまっている・・。しかも執筆は御受難会修道司祭ではありませんか!

 イエズス会の百瀬師の、『イエス・キリストを学ぶ―下からのキリスト論―』に影響された「試論」に過ぎないのですが、「試論」を「教会の教え」のようにとらえている、純粋なシスター方が多いので、注意しないといけないと思います。

 『福音宣教』は今までから、アブナイ・・。

 まともなミサが行われている小教区を選び(識別し)、教会の教えを話してくださるまともな司祭を選び(識別し)、カトリック系書籍や雑誌も選ば(識別し)なくてはいけない時代になりました。
 

父兄の声  投稿者:おつる  投稿日:2008年 8月 2日(土)21時36分6秒
  このご父兄はどんなに 驚き、悲しんで、憤りを感じたか・・・

大切に大切に育ててきて 学校選びにも熟慮をかさねて、あえて公立ではなく
宗葉派も違うのにカトリックミッション校に入学させて
高い高い入学金と授業料を払って・・・・

お嬢様に素敵な教育をと心から望んでいらっしゃり 合格を喜び・・・
その思いが 裏切られて、
だまされたような お気持ちになったのでしょう。

このお嬢様が 学校生活で 不幸な目にあわないよう心から 祈ります。
 

父兄の声  投稿者:フリテンの虎  投稿日:2008年 8月 2日(土)18時52分5秒
  重要なご発言と思います。

http://homepage3.nifty.com/yuuryo/frontpage.html
固有アドレスは、
http://homepage3.nifty.com/yuuryo/kaiin-toukou/fukeinokoe2008.08.02.html

**司教たちも、早く目を覚まして欲しい。
 

共産中国による殉教者  投稿者:Pas  投稿日:2008年 8月 1日(金)22時59分29秒    編集済
  以前に私は北朝鮮体制による殉教者の「情報の保管庫」を作りましたが(http://web.mac.com/cmsonk1948/Site/Blog/Blog.html)、
別に北京五輪を記念してというわけではありませんが、「共産中国編」も作ってみました。

Catholic Martyrs of China (1949〜)
http://web.mac.com/cmsonk1948/Site2/Blog/Blog.html

「愛国会」と地下教会との関係は、特に1980年代以降はなかなか複雑なものがあるので、
共産中国とバチカンの国交断絶以前に叙階され、「愛国会」に参加した経験のない方々から選びました。
そのため、少し古い時代の殉教者から取り上げています。
コンテンツとしてはまだ全然十分ではありませんが、もとより専門の研究者でなく素人が個人的に作ったものです。
この乏しい「情報の保管庫」が、さらにより豊穣な研究への一つのきっかけになれば、と思っています。

カトリック中央協議会の下のページと合わせてごらんいただければよろしいかと考えております。

特集1 中国のカトリック教会―歴史、現状、展望
http://www.cbcj.catholic.jp/jpn/library/book/hand2007/china.htm
 

ダンボさん  投稿者:Pas  投稿日:2008年 8月 1日(金)22時11分16秒
  これまでが「神のはしため」で、今年の7月3日に「尊者」となりました。あとは奇跡を待つだけの段階ですね。

北原怜子さんについても、最近もっと勉強し直さなくてはと、ずっと思っていたところです。
もともと高円寺のメルセス会で公教要理を勉強し始めたんですよね、北原怜子さんは。
「ペリス・メルセス宣教修道女会」といえば、今や正平協とは切っても切れないイメージですが......。
同じような場所に行って同じような経験をしても、
一方でマザー・テレサや「ゼノさん」や北原怜子さんのような道を行く方々もいれば、
他方では本田哲郎神父やシスター弘田しずえさんのような道を行く人々もいる。
その分岐点が一体なんなのか、北原怜子さんの生涯を学び直すことによって、考えてみたいと思う今日この頃です。
 

公私の別   投稿者:彦左衛門  投稿日:2008年 8月 1日(金)21時55分45秒    編集済
   小生ひこざ、例のマシア師(現在、大阪教区、六甲教会止宿)へ次のようなメールを送りました。

 ...................

  マシア師へ、
  角田です。
 どうか、下記所載の某氏の文章をお読みください。そしてこの上、さらに、死刑制度反対、死刑執行への抗議を続けたいならば、どうかカトリック司祭の身分を離脱してからの事にしてください。そしてそれが終わってからまた復帰してください。

 教会は、神父が教会の名義を僭称し、勝手気侭な言論、行動をしているのを許すほど、いい加減なものではないでしょう。

 いや貴下のなさっている事は、教会の権威と、施設と時間と、貴重な人材とその能力を(師自身をも含めて)私用に供している横領罪です。師は教会のために日本のために、師でなくては出来ないもっと貴重な使命をお持ちのはずです。どうかそれが何であるかをお考えになってください。

  貴下は上智で、倫理神学を講じておられたと聞いていますが、公私の区別を知らないとは信じられないことです。

ちなみに、この抗議の手紙は  mutatis mutandis (若干、表現を変えて)多くのカトリック者、司教、聖職の方々に参考意見として送られます。

....................................


某氏  投稿日:2008年 7月29日(火)

   私自身は、死刑については法律の知識もないので、安易に賛成とも反対とも言えないのですが、感情や気持ちの部分では 児童殺傷事件をおこした宅間やオウムの麻原や幼女殺人の
宮崎とか、死刑以外にどんな方法があるのかと思います。
私のとっても 幼稚で過激な感情論ですが 彼らには死刑が軽すぎるとさえ思うぐらい。
拷問しつづけて苦しみを与え続けたいぐらいなの。
でも日本には拷問なんてないし、人権が守られていて刑務所生活も快適この上ないのですから。(わざと刑務所に入ることを選ぶ人がいるぐらいなんですもの)

wikiによると

カトリック教会の伝統的な見解では、「報復のための死刑は不可、犯罪予防、威嚇のための死刑は人命救助の観点から可」という教義上の立場をもち、長くその立場を維持している。「近代社会においては終身刑によって犯人の再犯の予防および他の犯罪者に対しての威嚇の役目は十分果たされている」との見解である。よって「全ての命は神聖である」として死刑には反対している。また現代の多くの死刑が「報復」の役目を果たしていることにも言及し「死刑は憎悪と復讐心に満ちた行為」「罪をもって罪を裁くことは殺人である」と表明している。

ただし、一部の極貧の途上国(カトリック信徒の多いアフリカ諸国を念頭においていると考えられる)においては「近代国家並みの懲役制度の維持が不可能な場合」があり、この場合は凶悪犯罪者を社会から隔離することがができない場合もあることを認めており、この場合は例外として全カトリック教会の総本山である教皇庁(バチカン)は「死刑もやむなし」との見解を示している。

●「犯罪予防、威嚇のための死刑は人命救助の観点から可 凶悪犯罪者を社会から隔離することがができない場合は 死刑はやむなし」
これが バチカンの見解ですよね。 死刑廃止になれば、日本で凶悪犯罪が次々
増えるかもしれない・・・子供たちの命、安全などを想う私は 絶対廃止はいやです。

デッド マン ウオーキング などの映画で 死刑囚と尼僧の対話は最後に死刑囚が
犯罪を告白し、そこで尼僧が神様の話をする・・・印象的でした。
死刑囚に カトリックの神父様が 訪問して お話する場面は映画などで多いけれど
そういう場面での カトリックの神父様というのは 素敵な存在だと思います。

死刑反対運動ーなんかよりも
死刑囚の心を入れ替えさせてあげたり
被害者に対するお詫びや謝罪や心からの後悔、人間らしい気持ちを取り戻してあげる
ためにカトリックの神父様たちというのは 大切な存在、役割なんだと
昔から そういう映画を見て 私は思ってました。

正平協が『死刑廃止を求める会』を作ったのならまず

世界最大の死刑執行国家 世界の死刑執行の 90パーセント以上である「中国」に対して
安易な裁判による 即時執行や、殺人をおかしていない人間に対して
安易に死刑をすることを 抗議運動するべきでしょう。
 

Pasさん  投稿者:ダンボ  投稿日:2008年 8月 1日(金)21時42分33秒
  >イタリアの少女が聖人に一歩近づく

これは、神のはしために認められたということですか?
日本では、蟻の街のマリアと呼ばれたエリザベト・マリア北原怜子さんがいます。
列福や列聖のためには、科学的にも認められた奇蹟が必要になりますので、
なかなか困難です。
でも、日本と違って、カトリックの国ですから、
取り次ぎを求めて祈る方も多いでしょうね。
 

誠実な教育者  投稿者:ノムさん  投稿日:2008年 8月 1日(金)21時26分0秒    編集済
  カトリックの学校が“赤に染まっている”との印象を私が与えたなら、それは撤回します。
そんなことは、ありません。
今回私が念頭においた学校もそうですし、まったく別なカトリック校でこんな例があります。

それはその学校を経営する修道会の名が正平協アピールの賛同者に連なって発表され、ビックリした母親が学校に問い合わせたところ、先生の修道女もびっくり、先生は目の前で本部の院長様に問い合わせの電話を入れました。答えは、全く知らない、その修道会ではそのような署名を固く禁じている、というものでした。「ご安心なさい」と先生の修道女はお母様(私にメールを下さった方)に告げたそうです。
因みにその学校では大切な式の日は壇上に国旗を掲揚し、国歌を斉唱するそうです。

もう一つ別な例があります。
やはり正平協アピールを私のサイトでコピーしアップしたところ、(当然、そのアピール批判のためです)、それは個人名の方でしたが、私は署名した覚えはない、消して下さい、と言ってきました。コピー元の正平協へも抗議したかどうか知りませんが、私は応じて削除しました。

そんなことがあって、正平協アピールなどに署名している修道会や団体へ、本当に署名したのか、アンケート調査してみようと思いましたが、私も仕事を持つ身、思っただけになっています。しかし相当数が、勝手に名を使われていると、想像できます。
平気でそういうことをするのです。

**司教発言の学校も、学校自体は当り前の日本の教育をしていると思います。
しかしトップの“司教”が自己満足の勝手なことをしゃべるので、大きな迷惑を受けている訳です。
急速に進む少子化の時代、学校は学生定数を確保することが困難になっています。
学校などはまったくの「設備産業」で、損益分岐点のはっきりした業種です。要するに、学生数がある数を切れば、必ず赤字になるのです。
その中で競合相手(同業者の学校)は、“あの学校はアカだ”というような噂を、アンダーグラウンドで流すでしょう。当然、やっていると思いますよ。私なら、やる。

領地(学生)の取り合いなのだ。

いま学校経営者は味方であるべき**司教に、背後から弾を撃ち込まれているのです。
 

その写真にひかれて  投稿者:Pas  投稿日:2008年 8月 1日(金)18時43分2秒    編集済
  イタリアの少女が聖人に一歩近づく
http://catholicnewsagency.com/new.php?n=13152
 ローマ 2008年7月7日(CNA)キアラ・「ルーチェ」・バダーノ(1990年に18歳で亡くなったフォコラーレ運動に属するイタリアの少女)の英雄的聖徳を、先週バチカンの列聖省は承認しました。
 わが子を11年待ち続けた両親、トラック運転手ルッジェーロ・バダーノとマリア・テレサ・カヴィーリアの喜びのうちに、今回の「尊者」キアラは1971年10月29日にリグーリア州サッセッロで生まれました。
 「非常に大きな喜びの中で、すぐに私たちは、この子は自分たちの娘であると同時に神様の娘であると、思いました」と、母親はフォコラーレが出版する伝記の中で語りました。
 幼児期から、キアラは神様を心から愛し、気丈だけれども素直な性格でした。彼女は喜びにあふれ、親切で、とても活発でした。
 9才の時、彼女はフォコラーレに加わりました。1985年に勉強を続けるためにサヴォーナへ移りました、伝記によると「懸命の努力にもかかわらず、困難な時期がありました。一年のあいだ向上することができなくて、このことで大変苦しみました」。
 キアラにはたくさん友達がいて、スポーツ、特にテニス、水泳とハイキングが好きでした。旅客機の乗務員になるのが夢で、踊りと歌が楽しみでした。しかし16才の時、神様に自分を捧げる生活を追い求めることに決めました。
 フォコラーレの創立者(キアラ・ルービック)とはとても親しく、ルービックは少女を「ルーチェ(光)」と名付けました。
 しばらくして少女は肩の悪性腫瘍と診断されました。大量の化学療法が始まりましたが、キアラは喜びと信仰のうちに変わらぬ日々を送りました。
 病気でしたが、この喜びと信仰のうちに、少女はアフリカの宣教師になった友達に貯金を全て送りました。
 治療にも関わらず、病気はどんどん進行しました、少女は両脚が使えなくました。「歩けるようになるより、天国に行きたいな」と少女は家族に言いました。
 1989年7月に、ひどい大量出血で瀕死の状態になりました。少女は両親に言いました ― 「泣かないで。イエスさまのところへ行くの。お葬式の時、だれも泣かないでみんなで歌ってくれたらな」
 最後に、少女は神の御旨を成し遂げる強さを願ってお祈りしました。「天国からお迎えに来てくださるように、とはイエスさまにお頼みしないわ。わたしがもうこれ以上苦しみたくないんだなと、イエスさまに思われなくないから」と少女は言いました。少女は母親に、葬儀いや「結婚のお祝い」の準備を手伝ってくれるよう頼みました。
 少女は母親に、「お祝い」の時の服装、音楽、花々、聖歌、朗読をどうすべきか、詳しく指示しておきました。「キアラ、今イエスさまのところへ行くのよ」と繰り返すように頼みました。
 1990年10月7日に少女は両親に見守られて亡くなりました。友人たちはドアの外に集まっていました。「チャオ。私がいるから幸せでいてね」と少女は遺言しました。
 およそ2000人が葬儀に参列しました。
 キアラの列福調査は1999年に当時のアックィのリヴィオ・マリターノ司教によって開始されました。キアラの「生き方(特に最後の日々に見せたすばらしい模範)」がその理由でした。「列福調査を進めることに、なんの疑いもありませんでした」と司教は言いました。

Venerable Chiara Badano
http://saints.sqpn.com/saintb6k.htm
Chiara "Luce" Badano
http://jp.youtube.com/watch?v=0tXfV6vvmB0
 

明は日本の海賊 倭寇に悩まされた。  投稿者:自由主義者  投稿日:2008年 8月 1日(金)02時40分22秒
  http://japansconspiracy.hp.infoseek.co.jp/0202/p004.html#page127

日本とユダヤ人の歴史
 

アカの毒気にあたり、衰退していくカトリック・・・  投稿者:ダンボ  投稿日:2008年 8月 1日(金)01時29分52秒
  ノムさん、歴史的文化都市の司教ですか?
悪評は、漏れ伺っています。
あちらは、由緒正しきお嬢様学校といわれる女子校が、多いので大変でしょうね。

我が教区の大学は、日本人学生が集まらず、中国人留学生がやたらと多いようです。
おつるさんの「留学生のための税金無駄使い批判」、実は足元の教区立大学もその恩恵に浴しているのです。
そして、ホアン・マシア神父や、京都教区からの講師が、聞くに堪えない偏向講義をしているそうです。そこで働いておられる教授、講師、職員の方々には気の毒ですが、もう存在理由が失われているのかも・・・です。変な延命処置が、泥沼化していると思います。
一昔前は、シスター方もよく通われていたのですが、シスターの数も大幅に減った昨今、難しいでしょうね。また、教区の司祭方も、以前は和田神父様のような信心深い研究者肌の神父様が、何人もいらっしゃったのですが、現在、若手でそのような司祭は育っていません。

グレゴリオさん、お察しします。私も昔、教会学校リーダーをしていました。ミサの脱線は甚だしいですね。そんなことをするから、子供たちはミサをただの記念としか受け取らなくなるのです。今も繰り返されるイエス様の「贖い」の大変、神聖で有り難いことという意識が育たないのです。
私がリーダーなら、「平和」は「私たちの心の平和」といった形に持っていきますけど・・・それが信仰教育というものと思います。そんなことをしていては、どんどん子供たちも教会から離れていき、衰退していくでしょうね。

今の赤い聖職者たちがやっているミサは、記念としてだけの最後の晩餐ですが、それであっても適当ではないでしょう。以前、ユダヤ人家庭の過越し祭の晩餐を映像で見たことがありますが、家族皆が集まり、重々しい雰囲気の中で、神の御言葉の暗誦があり、それはそれは神に対する畏敬の念にあふれた立派なものでした。きっと、イエス様もそのように過越しの食事をされたでしょうに・・・神秘性や畏敬の念を消し去ろうとしている聖職者のやっていることは、記念の再現としても問題外なのです。
 

怒りは当然  投稿者:彦左衛門  投稿日:2008年 8月 1日(金)00時43分14秒
  グレゴリオさん。
  こういう場合、激しく怒るのが正常な感覚です。
怒らないほうが却ってっておかしい。それはまた不誠実です。

  イエス様も怒る時は猛烈怒っておられますよ。
 

突然すみません。  投稿者:グレゴリオ  投稿日:2008年 8月 1日(金)00時30分9秒
  はじめまして。某教会のカトリック信徒です。先日、私の所属する教会の教会学校キャンプに息子と一緒に参加しました。テーマは「平和」。神様のことも、教会のことも、まだわからぬ子供たちに、「平和」についての分かち合いをさせていました。リーダーの、ある種の洗脳に近い誘導の仕方に、思わず口を挟んでしまいました。「戦争をしないこと、軍隊を持たないことが平和ではない。」と。そして、野外ミサ。ごミサの奉納、拝領、閉祭の歌として歌われたのが、「野に咲く花のように」「ビリーブ」そして、反戦歌(曲名忘れました)。それまで、何とかリーダーとして明るく振舞ってきたものの、神への賛美を忘れ、ごミサを人間賛美、反戦集会の場にすりかえたことに、激しい怒りを覚えました。これは、私の偏狭さなのでしょうか?それとも、この怒りは、正しいものなのでしょうか?今一度、皆様の祈りを願います。  

例の学校は?  投稿者:ピロ  投稿日:2008年 7月31日(木)23時14分49秒
  はじめまして。こんばんわ

>すでに広がっているから関係者は**司教と悲鳴をあげているのです。
地域は想像つくでしょうが、実はそこではありません。お隣です。

最近話題の「あの方」が赴任されてきた教会関係の学校ですか?
そこは、最近、凋落が激しいらしい・・・。
ただ、そこのOB結構知ってるんだけど、人気低迷の原因は、
「赤教育」以前の問題かも・・・。
 

愚かな人たち  投稿者:彦左衛門  投稿日:2008年 7月31日(木)22時01分17秒    編集済
  昔のイエズス会には、個性的で異色の神父サンが多かったが、そのうちの一人鎌田武夫神父、その鎌田神父から確か聞いた話だが...

  鎌田師曰く「地獄を覗いた人によると、地獄にいるのは極悪人だけではないそうだ。愚かなために、他人を不幸にし、社会に大害を及ぼした人間がうようよそこにはいたそうだ」。

  『平和』運動なるものに現つつを抜かしている聖職、平和、平和と叫んでいさえすれば世界は平和になると思っている聖職、すぐ隣邦の中国や、北朝鮮が、軍備の拡張に狂奔し、あるいは着々と核戦力を開発している時、無防備、無抵抗の9条を守れと叫んでいる、大馬鹿者たち。

 こういう連中はおそらく鎌田師の所謂愚かな人間と同質じゃないかな。

 日本の戦争指導者も大馬鹿者だった。日中戦争が泥沼化していて抜き差しならない状態なのに、戦略物資の石油や鉄鋼の大半を仰いでいる当のアメリカ、日本の20倍の生産力を持つそのアメリカを相手にさらに戦争を仕掛ける。

  こうして何百万と言う人が死に、日本は廃墟となった。

  現在カトリック教会に巣食う大馬鹿者たちは、教会をやがて廃墟としてしまうだろう。
もっともそれが地獄から見えるかどうか分らないが。
 

以上は、新着順1番目から30番目までの記事です。 1  2  3  4  5  6  7  8  9  10  |  《前のページ |  次のページ》 
/17 


天におられる私たちの父よ
御名が聖とされますように
御国がきますように
御心が天に行われるとおり地にも行われますように
私たちの日ごとの糧を今日もお与えください
私たちの罪をお許しください
私たちも人を許します
私たちを誘惑に陥らせず
悪からお救いください
 アーメン


   
teacup. ] [ ブログ ] [ 無料掲示板 ] [ 有料掲示板 ] [ 動画検索 ] [ プロフィール ]
RSS

teacup.AUTO BBS Lv3