北京五輪を目前に控えた中国で、ウイグル人が武装警察部隊を襲撃するテロ事件が起きた。
事件の現場となったのは新疆ウイグル自治区のカシュガルで、2人の男は現場で逮捕された。押収書類から、「聖戦」を叫ぶウイグル独立運動組織のメンバーらしい。
北京五輪の妨害を狙う東トルキスタン・イスラム運動(ETIM)など国際テロ組織の指示が背後にあったとすれば、五輪期間中の北京の安全に不安を抱かざるを得ない。
そうではなく、カシュガル独自の問題によるテロだったとしても、チベット人居住地域では暴動、ウイグル人居住地域では爆弾テロという有り様では、五輪を楽しむ雰囲気ではない。
ひたすら力で抑え込むだけという中国の少数民族政策の限界が、やはり露呈した。チベットについては、暴動が起きてからダライ・ラマ側代表との対話が始まった。まだ解決にはほど遠いが、中国に対する国際世論の見方は和らいだ。
一方、ウイグルについては、警察力を総動員して独立運動組織への徹底した弾圧を続けてきた。武装警察部隊の反テロ演習も繰り返し行われている。今後は、さらにウイグル人への監視を強めるだろう。
少数民族の権利の主張とはいえ、テロを容認するわけにはいかない。ただし、カシュガルの事件が一般市民を巻き込む無差別テロではなく、武装警察部隊に標的を絞った点は留意しておく必要がある。
この事件を奇貨として、反テロを理由にしたウイグル人への人権抑圧を正当化するなら、許されない。チベット問題と同様、近視眼的な力による抑え込みは、次の火種を生むだけだ。
亡命ウイグル人の組織する世界ウイグル会議は、「北京五輪には賛成しないが、五輪精神は尊重する」という立場から、五輪を狙ったテロには反対しているのである。
開会式に出席するブッシュ米大統領は、先日、世界ウイグル会議のラビア・カーディル総裁らと会見し、ウイグル人の掲げる人権、民主化要求への支持を表明した。ラビア総裁らがテロ反対の立場だからである。
ところが、カシュガルでは武装警察が日本人や香港人記者の取材を妨害し暴行を加えるという暴走ぶりをみせた。きっとこれがウイグル人には日常的な光景なのだろう。北京の競技会場でも、こんな調子が続くのだろうか。
五輪の成功と安全を願っているのは中国指導部や武装警察だけではない。世界中の人々が、楽しい五輪を待ち望んでいるのである。
安全安心とは、最後は人の心の中の問題であって、外から力ずくで強制しても実現しない。
五輪の安全確保に必要なのは、振りまわすこん棒の数ではなく、中国のソフトパワーである。
毎日新聞 2008年8月6日 東京朝刊