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核廃絶への被爆地の願い。その切なる思いは長い間、核抑止に依存する国際政治の現実に阻まれてきた。だが今、その景色は大きく変わってきた。
核では安全を守れない。むしろ核の存在が世界を危うくする――。そんな考えから、保有国の元政策責任者たちが続々と核廃絶を唱えているのだ。
■核抑止論者の転向
今年6月末。英国のハード元外相、ロバートソン前北大西洋条約機構(NATO)事務総長ら4人が「思い切った核軍縮は可能であり、最終目標は核のない世界であるべきだ」との主張を英タイムズ紙に寄せた。「冷戦時代は核が世界の安定に資したが、もはやそうではない」とも指摘した。
ハード氏らが動いたきっかけは、元米国務長官のキッシンジャー、シュルツ氏ら4人が昨年1月に発表した、「核兵器のない世界を」との提言だ。
核が拡散していけば、核の存在が米国や世界の安全を脅かす恐れがある。むしろ核を廃絶した方が国益にかなう。そうした計算から米ロの大幅な核軍縮、世界的な核実験禁止、兵器用核物質の生産禁止などを提案した。
いずれの提案も、かつての核抑止論者が発したものだ。ここ60年余りの国際政治を支配してきた「核による安全」という発想を逆転したのである。
政府レベルでも新風が吹き始めた。
ノルウェーは今年2月、シュルツ氏らを招いた国際会議を開いた。ノルウェーのストーレ外相は席上、「核廃絶には国際安全保障のあり方を考え直すことが必要で、国の指導者自身の取り組みが欠かせない」と強調した。
今年6月、オーストラリアからも新提案があった。来日の際、広島を最初の訪問地に選んだラッド首相が、核廃絶に向けた国際的な賢人会合の創設を提唱した。
■制御が困難な危機
核をめぐる危機がいつ、世界のどこで噴出するとも知れない。それを放っておいていいのか。この強い危機感がこうした人々を突き動かしている。
最も心配なのはイスラエルの動きだ。イランのウラン濃縮が核保有につながると神経をとがらせている。濃縮作業が続くなら、武力で破壊すべきだとの意見も台頭している。
イスラエルは81年に、イラクが当時建設中だったオシラク原子炉を空爆したことがある。昨年はシリアの原子力施設を空爆したと言われる。いつ強硬論が現実になってもおかしくない。
核兵器を持つパキスタンでは、ブット元首相暗殺などで政情不安が続く。加えて、テロ対策などでアフガニスタンとの関係も険悪になってきた。インドに対抗して核実験したパキスタンだが、これほど不安定な状態で核保有が続くこと自体、心配の種だ。
日本にとって身近な核問題は北朝鮮だ。6者協議の結果、北朝鮮は核開発計画に関する申告書を出したが、検証作業はまだまだこれからのことだ。申告の中に核兵器そのものは入っておらず、核廃棄のめどはたっていない。
9・11同時テロ以降は、核テロへの心配も強まった。闇市場の現状が次々と明るみに出る中で、兵器用核物質などがいつ、テロ集団に渡るとも知れない時代になったといわざるを得ない。
抑止論で武装してきた核保有国は、このような新しい現実にもはや対応し切れない。キッシンジャー氏らが核廃絶の提唱者に転じたのは、核世界が保有国の手に余る状況になりつつあることの現れでもある。
こうした変化を契機に、核廃絶に向けた外交をどう発展させていくか。
第一に、最強の核保有である米国に方針転換してもらうことだ。
ブッシュ政権は核軍縮に冷ややかだったが、次期大統領をめざす民主党指名候補のオバマ氏は「(核のない世界という)ビジョンを現実にするために力を尽くすのは米国の責任である」と語る。共和党指名候補のマケイン氏も「思い切って世界の核を減らす時がきた」と、米国が指導力を発揮する決意を強調している。
■日本発の軍縮競争を
この好機を逃してはならない。核廃絶への道程は長いが、まず助走を急ぎたい。米国の「核の傘」の下にいる日本だが、米国の同盟国であるオーストラリア、ノルウェーと連携し、大幅な核軍縮を次期大統領に促すべきだ。
米ロはモスクワ条約に沿って、12年までに戦略核弾頭を1700〜2200発に減らす。だが、その後の削減をめぐる公式な交渉は行われていない。切れ目なく軍縮が進むよう、一刻も早く交渉を立ち上げるべきである。そのうえで、核抑止力を強化する中国や、その他の保有国も含めた軍縮の枠組みをさぐる必要がある。
不気味に広まる核危機と向き合うには、国際社会が核時代の変化をきちんと認識することも大事だ。たとえば、国連で特別総会を開く。抑止論の限界や核拡散、核テロのリスク、核に頼らない安全保障のあり方などについて、キッシンジャー氏らも交えてとことん討議してはどうだろうか。
被爆地だけではない。核廃絶は国民の総意とも言うべきものである。だが、核世界の流れが劇的に変わってきているというのに、日本外交の動きは極めて鈍い。
被爆から63年。福田首相には、核危機の暗雲を晴らす国際社会の試みの先頭に立つ決意を示してもらいたい。