二階堂奥歯 八本脚の蝶
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2001年8月2日(木)

最近仕事が忙しい。
そんな私のささやかな幸せは肌水エアを顔にシューシュー吹きかけることなのでした。

たっぷり入って400円くらいで買えるのに、かなり優秀です。
量と価格を考えて12倍くらいの値段かと思われるタフィ シーバムリフレッシャー(これもスプレー式化粧水)なんて比べ物にならないくらい霧が細かいのです。さらに収れん化粧水のくせにけっこうべたつき感があっていまいち潤わないタフィと違って、さらっとしてみずみずしいのです。
何かで席を立つ度にさかんに顔に霧を吹きかけていたら今日はいつもよりかなりテカリが少なく、お肌ももちっとしていてかなりいい按配。

先日知人の家に泊まりに行って顔につけるものをを貸してくださいと頼んだら、出てきたのは肌水(それもスタンダードな)でした。
(えっ、美容液もアイクリームもつけないの!? これだけ!?)
年上で美肌のその人を見ながら私はおそるおそる肌水を顔につけました。
私としては肌水は髪とか身体につけるものであって、顔につけるものではなかったのです。そんなの、ニベアのクリームを顔に塗るようなものじゃないですか。
ところが、私のお肌はすこぶる調子が良くなったのです。
これまで高価な化粧水やなにやらを使っていたのはなんだったの?

それでも美容液は使うけど。
「新美白成分配合!」とかいうキャッチコピーに踊らされ、新製品に血道をあげる楽しさは捨てがたいわ。

2001年8月6日(月)

残業していたら12時くらいになったのでそろそろ帰ろうと支度した。
でも、スイッチの調子が悪いらしくエアコンが止まらない。
途方にくれる。
エアコンがつけっぱなしでもまあいいだろうと帰ることにした。
でも、会社の鍵を自宅に忘れてきたことに気がつく。
途方にくれる。

帰れない。

ふと、恩田陸『象と耳鳴り』に出てきた都市伝説を思い出す。
ある女性が一人高層階のオフィスに残って残業していたら、窓の外に真っ赤な犬がいた。
犬が、「もういいかい」と聞くので、彼女は「もういいよ」と答えた。
そしてしばらくして会社を無断欠勤し続ける彼女を心配した上司と同僚が一人暮らしの彼女の部屋を訪ねると、彼女はからからに干からびた状態で死んでいた。身体には血が一滴も残っていなかった。

窓の外を見ないように座りなおした。
ガタンと大きな音がして冷房が強くなった。

帰れない。

どうしよう。

2001年8月7日(火)

無性にドナルドソン「信ぜざる者コブナント」の最終巻のクライマックスを読みたくなる。
でも、手元にないので神保町の心当たりに探しに行く。
「コブナント」は見つからなかったけど、「奇譚クラブ」の昭和33年、34年、35年臨時増刊号を格安で見つけてとてもうれしい。

臨時増刊号は小説だけで構成されているのです。
なんといっても傑作は昭和28年臨時増刊号の「アリスの人生学校」です。これは長編なので丸々一冊このお話で占められています。
『恋する潜水艦』のピエール・マッコルランがサディ・ブラッケイズという変名で書いたスパンキング小説です。
昔の保守的な小さな町の上流階級のおしとやかなお嬢さんのかわいらしさに魅力を感じる乙女と乙女愛好家におすすめ。
ペチコート履いてピクニック・アット・ハンギングロックごっこをしたくなるわ。
ちなみにスパンキング描写ばかりで狭義の性描写はありません。

2001年8月14日(火)

カバーマークのカウンターで肌色診断をしてもらう。
この診断は日本人の肌は青系の黄色であるレモン色と、黄色系の黄色(?)であるバナナ色に分かれており、それぞれに合う色を肌に重ねると透明感が出るが、反対の色を塗ると(塗りたては綺麗でも、肌と馴染むにつれ)くすむという考え方に基づいています。
まず、左の腕にイエローベース、右の腕にブルーベースの、明るさの違うファンデを三点づつ塗ります。しばらくしてもくすまないほうが自分の肌に合った色。
次に、それでわかった色系(私ならブルーベース)の中のナチュラル・オークル・ピンクのファンデを片頬に並べて伸ばします。
それで、イエロー・ブルーの中の何系かを判断します。
私はブルーオークル。さらにその中で一番あった明るさ(白さ)のファンデを選びます。
私、色白ではありませんでした。二番目に白いBO20でした。

塗ってもらったファンデは色はぴったり、肌のあらは全て隠してくれます。綺麗な肌になるのは間違いありません。崩れにくいしかゆくなったりかぶれたりもしません。
でも、今時マットな質感だし、肌の色じゃなくて肌色の絵の具を塗ったみたい。カバー力ありすぎです。
さすがカバーマーク。傷跡を隠す為に作ったファンデなだけあります。
でもこんな皮膚呼吸できなそうなお面っぽいファンデを日常使いするのはいやだわ。リキッドだからニキビに悪いし。
暗い所や夜、写真撮影の時なんかは良いと思いますが。
BO20と同じような色のパウダーファンデってどこかでないかな。
ファンデジプシー再開。

2001年8月17日(金)

P・ボレル『シャンパヴェール悖徳物語』を読む。
なんか、背徳ぶってるというか、ポーズだけというか、ルーティンワークっぽいというか……。「またこのパターンか」と思いながら読み終える。
でも、読み終わって思い出すと、妻のところに新たな愛人が来るたびに、阿片を飲ませて眠らせて人体標本にする解剖学者とか、場面場面は絵になっていていい。
まとめ。サドのように無邪気に読めない(悪い意味で)。

母と妹と三人で買い物に行ったら新しいオシャレ系(?)フィギュア屋が出来ていた。母と妹を連れて入るのを遠慮しつつ結局入る。
ゴジラのジオラマがたくさんあってのぼせてしまい、とりあえずゴジラ2000のソフビを買う。
その間チョコラザウルスのおまけをばら売りしているのを見ていた母が、プシコピゲ(三葉虫)を指して、「これは○○(弟)が買ったら出てきてゴキみたいで気持ち悪いからハズレだって言って捨てたのに、350円もするのね。」と感心していた。そういうのは捨てる前に相談してほしい。

その後資生堂に行って「リレーバトン」や「忍者の巻物」との異名を持つディグニータのパウダー、「パウダーアーティスティック」を試す。化粧直しの時もプレストパウダーよりルースパウダーの方が綺麗に仕上がるけど、粉とパフとブラシを持って歩くのは大変。だけど、このバトンは蓋を取るとちょうど一回分の粉を含んだブラシが出て来る! しまう時は底のボタンを押すとカシャッとカバーが出てきてブラシが隠れる! こういうギミックたまりません。
しかもかすかに光を含んだ透明感のあるお粉で仕上がりは綺麗。

続いてグッチに行き、甲にかかる幅1センチ位のベルトだけで身体を支える悪夢の10センチヒールサンダルに魅せられる。こういう、美と苦痛を形にしたような靴をたまに履きたくなる。10分も歩けないけど。

最後にモガにいってジャケットとシャツとパンツを買ってもらってしまった。パンツは履いただけで3キロ痩せて見えるので色違いで自分でももう一本買う。

昨日も香水(コムデギャルソンの2)買っちゃったし、ちょっと引き締めよう。とりあえず23日に発売されるアナスイの新形手鏡は買わない(今月は)。口紅も(今月は)。

2001年8月18日(土)

ちょっと前「サライ」で睡蓮鉢の特集をしていて、それを見てから睡蓮鉢がほしい。

理想:睡蓮と金魚を入れて外に置く

うちの周りは猫だらけだから金魚は食べられてしまう

金魚なしの睡蓮鉢にする

ボウフラがわく

金魚と睡蓮で屋内に置く

睡蓮枯れる

金魚だけで屋内に置く

でもそれは睡蓮鉢じゃなくて金魚鉢

2001年8月19日(日)

私は怪獣が好きですが決してコアなファンではありません。
つい先日知人Tくんに「大伴昌司の伝記(?)『OHの肖像』素晴らしいから貸す」と言われて、「大伴昌司って誰?」と聞いたくらいです。
「怪獣を図解した人」って、じゃあ名前は知らずに愛読していたはずだ。

6年ぶりくらいに離れに行って子供の頃の本の山を探して見つけました。(今私はお盆休みで実家にいます。今日までだけど)。
大伴昌司構成・円谷プロ監修『怪獣図解入門』(小学館 昭和47年)!
1、2歳の弟と、7、8歳の私が盛んに読んでいたので、めちゃくちゃ状態が悪いけど。
(ちなみに年代的にスペル星人は載っていません)。

宇宙昆虫ノコギリンは「くちべにの中にふくまれている、未知の物質エマゾール41Sを主食にしている」。ブラックキングの「ブラック心臓」は「らせん状になっているので息切れがしない」。バルタン星人には「バルタンくさり液ぶくろ」(!?)があって、「ふれるとたちまちくさいにおいをだしてボロボロにしてしまう」。そしてなによりツインテールは「肉がやわらかく、おいしいので、地底怪獣グドンのエサになっている。怪獣の世界も、強いものが弱いものを食べるきびしい世界だ。」

レオ・レオーニ『平行植物』やハラルト・シュテュンプケ『鼻行類』をはじめとする架空博物誌を私がこよなく愛するのはひょっとして大伴昌司にその魅力を刷り込まれたからなのでしょうか。そうかも。
大伴昌司偉大すぎる。

東京に戻ってきたら「幻想文学 61号」が届いていた。書評が載っていてとてもうれしい。

もうすぐ大島に遊びに行くので高橋たか子『誘惑者』を再読。
高校生の時は「松澤龍介(澁澤龍彦)素敵。キャー!」と極めてミーハーに読んでいたが、今読んでもやはりそうなのだった。

2001年8月21日(火)

初心に返ろうと思い、このところ図書館に行くたびに国書刊行会の「世界幻想文学大系」と「日本幻想文学集成」を一冊ずつ借りることにしています。
それにつけても「世界幻想」は美しい本ですね。地方都市の図書館の暗い片隅で小学生の私を狂わせただけあります。一冊ごとに違う柱(?)の図版の活版ならではのでこぼこを指でなぞると恍惚としてしまいます。。
今日借りたのはJ・ポトツキ『サラゴサ手稿』(「世界幻想」)と『澁澤龍彦』(「日本幻想」)。

2001年8月24日(金)

昨夜澁澤龍彦「犬狼都市」(マンディアルグ「ダイヤモンド」と「仔羊の血」を元にしている)を読んでから寝ました。(「日本幻想」に入っているから。まとめて読み返せてよいです。)
「犬狼都市」と「ダイヤモンド」は、裸体でダイヤモンドに向かい、その中の世界に吸い込まれた処女が、「狼」ないし「ライオンの化身のような男」と交わる、透明で硬質なエロティシズムを湛えた掌編。

「犬狼都市」の方が好きです。父も婚約者も立ち入れない、狼と少女との濃密な交わりがついにダイヤモンドの中で結晶する構造は無駄なものがなく美しいと思います。
それに対して「ダイヤモンド」では、娘と結びつきを持つのは二者なので散漫な印象があります。身を清め裸体で宝石に向かい、あたかも情交するかのようにダイヤモンドを鑑定する鑑定士の娘を結晶の中で犯すのは、「ライオンの頭部を持つ男」なのです。鉱物愛だけでまとめてくれればいいのに。

というわけで朝起きたらマンディアルグ熱に燃えていました。
奢覇都館の『満潮』のことを思うといてもたってもいられないので、昼休みに神保町の地方小出版流通センターに買いに行きました。
「満潮」自体は白水社の『黒い美術館』に入っているのだけど、奢覇都館版の小さく薄く手に収まる瀟洒な一冊がほしかったのです。「満潮」大好きだし。

ところでパソコンだと漢字が出ないから「奢覇都館」っていう略字になってるし、奢覇都館HPでもサバト館と表記されたりして、これはちょっと美しくないですね。

2001年8月26日(日)

昨夜から大島に一泊して浅間山に登る。
軽い気持ちで行ったら、炎天下2時間近く山を登る羽目になる。帰りも1時間以上だから都合3時間は火山をさまよっていたわけだ。
でも! 日傘は手放さなかった! 乙女の心意気。

高橋たか子『誘惑者』を読んでなければ絶対火口まで登りませんでしたね。(しかし別に『誘惑者』大好きというわけではないのですが)。
私が登ったのはあくまであの小説中の山、三人の少女が自殺の為に登った山なのです。現実の山はそれをなぞっているだけです。
しかし現実の太陽はしぶとくじりじりと私の皮膚を焦がすので日傘は手放せないのだった。

それにしても、私は途中まで車で行ったけど、あの人たちはふもとから歩いて登ったのだと思うとぞっとする。
私は薬がいいよ。

「火口の中は、ぱあっと明るいわ」
(高橋たか子『誘惑者』講談社文芸文庫)

2001年8月31日(金)

私は強引に何かをされることは嫌いだが、何かをよろこぶように有無を言わさず変えられてしまうことがとても好きだ。
前者は関係を変えずに行為をいびつに割り込ませるが、後者は行為が自然に生まれるように関係を変える。

文脈を作ることのできる者と、できない者。
私はいつも、誰かが作る物語の中で翻弄されるコマでありたいだけなのだった。
文脈を作る力を身に付けなくては。

読まれ手でも、読み手でもなく、語り手になること。