早朝から、網戸越しに押し寄せてくるせみ時雨に参っている。住まいの前に寺の森があるので毎年のことなのだが、さすがに今年は、せみの声も体感温度を上昇させる。
もちろん、緑陰で聞くせみ時雨は心地いい。雷鳴や夕立の雨音、風に揺れる風鈴も。それから、この夏はもう一つ優雅なものを聞いている。
「香」だ。夜な夜な、スティック状の伽羅(きゃら)の香をたく。甘く高貴な香りが立ち上ると、心がなごみ、疲れがやわらぐ。ふとした時に感じる残り香にもなぜか心が浮き立ってくるから不思議だ。
先日、金沢を訪ね、香舗の「香道体験」に初めて参加した。女主人が用意してくれたのは、物語が生まれて今年がちょうど千年になる源氏物語ゆかりの「源氏香」。
五種類各五つずつ計二十五の香木から、五つを取り出して順番にたき、聞き当てる。答えは五十二あり、源氏物語(五十四帖)の五十二帖に当てはめられている。縦線と横線を組み合わせた答えの図は「香の図」と呼ばれ、着物や帯などの文様としても有名だそうだ。
簡単に作法を習ってから、香炉を手にして鼻を近づけた。甘いような、からいような…。一つくらいは当たるかなと思いながら、ふだん頑張ることのない嗅覚(きゅうかく)に神経を集中させた。しかし、結果は全滅。「初心者には難しい」という女主人の言葉を真に受けることにして、香を土産に買いこんだ。
香には、感覚を研ぎ澄まし、心身を清浄にし、眠気を覚ますなどの徳があるという。よく聞いて記者の嗅覚も磨かねば。
(編集委員・清水玲子)