独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)ナノテクノロジー研究部門【研究部門長 横山 浩】ナノ構造物性理論グループ【グループ長 阿部 修治】 川本 徹 主任研究員、分子ナノ物性グループ【グループ長 水谷 亘】 田中 寿 主任研究員らは、国立大学法人 山形大学(以下「山形大学」という)、国立大学法人 北陸先端科学技術大学院大学(以下「北陸先端大学」という)、国立大学法人 東京農工大学(以下「東京農工大学」という)と共にプルシアンブルー型錯体の顔料をナノ粒子化し分散させたインクを開発した。また、それを利用して電気的に光の透過率を制御できるエレクトロクロミック素子を開発した。これにより、多様な色と、柄表示が可能な調光ガラスの作製が可能になる。また、製造法自体も簡便であり、安価に製造することができる。
今回開発した調光ガラスは、1.5Vの乾電池によって着色−消色の色変化を示し、通電を止めても色変化は保持される。この調光ガラスを建築物や自動車の窓に利用した場合、室内に入る外部光を調節することができ、空調の効率化によって省エネルギーに貢献することが期待される。また、安価に多彩な色や柄の調光ガラスが作製でき、環境対策と意匠性の両立が期待できる。
|
消色状態
|
着色状態
|
【 動画:31秒 】
(Windows Media形式) |
外部から入ってくる光を調節できるガラスを調光ガラスという。調光ガラスは近年の環境問題の高まりを受けて、そのニーズが増している。例えば、自動車や建築物の窓に利用し、夏の暑い日差しを防ぐことで冷房効果を高めることなどが期待されている。
調光ガラスに利用する技術として、エレクトロクロミズムが知られている。これは電気的な入力により材料の色が変化する現象である。エレクトロクロミズムを利用した調光ガラスは、欧州の高級自動車に搭載されるなどすでにごく一部に使用されているものの、材料および製造プロセスに関するコストの問題などから、一般的な普及には至っていない。また、利用される材料の大半は酸化タングステンであり、色の種類も限られている。また、カーテンのような様々な柄や色を使用した意匠性を持たせることも難しい。
エレクトロクロミズムを示す材料として、プルシアンブルーという錯体材料が知られている。プルシアンブルーは1704年に発明された300年以上の歴史を持つ青色の顔料であり、葛飾北斎が利用するなど、その歴史は長い。プルシアンブルーのエレクトロクロミズムは1978年に発見され、調光ガラスへの応用の研究もなされてきたが、商用化されていない。
プルシアンブルーは、含まれる鉄の一部を他の遷移金属で置換することで多様な色を示す。産総研、山形大学、北陸先端大学、東京農工大学はこれに注目し、プルシアンブルーやその類似体を利用すれば、多様な色を示すエレクトロクロミック材料を開発できると考えた。また、それらの材料を溶媒に分散させインク化できれば、湿色の各種印刷・製膜技術を利用し、高品質製膜や、柄の印刷が可能になると考え、その開発を進めてきた。
なお、本研究開発は独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構の平成18年度産業技術研究助成事業「金属錯体ナノ粒子インクと多様な印刷・製膜技術による新機能エレクトロクロミック素子の創製」による支援を受けて行ったものである。
プルシアンブルーや、その中に含まれる遷移金属を置換した類似体は、原料である金属イオンとヘキサシアノ金属イオンの水溶液を混合するだけで生成されるが、混合やその後の攪拌の仕方によっては、10〜20ナノメートル程度のナノ粒子になることがわかった。さらに、ナノ粒子の表面を被覆する材料を添加・攪拌することで、表面を改質されたナノ粒子が得られることを発見した。被覆材を選択することにより、各種溶媒に分散するナノ粒子を作製でき、インク化することができた(図1)。今回、水、メタノール、トルエン、クロロホルム、ヘキサンなどに分散するナノ粒子が得られた。
|
図1 プルシアンブルーおよびその類似体のインク化のスキーム
|
プルシアンブルーを用いると青色のインクが作製できる。同様の手法により、類似体もインク化でき、例えばプルシアンブルー中の鉄原子の一部をニッケルで置換した類似体(Ni-PBA)からは黄色のインクができ、コバルトで置換した類似体(Co-PBA)では赤色を呈するインクができる(図2)。これらのインクを混合することで、多彩な色のプルシアンブルー型錯体のインクを作成できる。
|
図2 プルシアンブルーおよびその類似体による三原色インクとその混合による多色の実現
|
これらのインクを用いると、スピンコート法による製膜や、さらにスピンコート法とフォトリソグラフィー法を組み合わせたパターニング、すなわち柄の印刷も可能になる。導電性を持つ基板に塗布すれば、錯体の薄膜を電気化学的に酸化還元することができるので、通電によって有色−無色透明の色変化(エレクトロクロミズム)を起こさせることができる(図3、4)。
エレクトロクロミズムを示すナノ粒子インクを塗布した透明金属基板2枚のすき間に電解液を閉じこめると調光ガラスができる。本方法を用いることで材料の合成から調光ガラスの製造まで簡便かつ安価に実施出来る。2枚の透明基板に1.5Vの乾電池を接続すると、10秒以内に青から無色透明への色変化が起こる。なお電流は色を変化させる時だけに必要で、メモリ特性があるため通電を止めても状態は保持される。また、逆の電圧をかけると、逆の色変化を示し、1万回以上の繰り返し色変化後も劣化は見られなかった(図5)。現在、さまざまな色のエレクトロクロミック素子の開発も進んでいる。
|
消色状態
|
着色状態
|
図5 10cm角の調光ガラス試作品 左図:消色状態 右図:着色状態
|
本研究が目指す応用の一例を図6に示した。調光ガラスを、窓や壁掛け鏡の前面に設置しておく。通電して着色状態にすると、ガラスは模様のあるカーテンのように変化し遮光できる。また、壁掛け鏡は、壁に掛けた絵のように変化する。
|
|
|
図6 本発明の目指す応用の一例 左図:透明状態 右図:着色状態
|