マスコミ就職必勝法<中編>


 ナカタニは泣きそうになりながらも、必死に続けた。
「僕は予備校やOBの指導に従って、一般教養は"一般教養の天才児"、SPIテストは"30秒即カイトー"、あと"ニュースインデックス"と"
新聞サマリー"を必死になって覚えました。それこそ、朝となく、昼となく、これらの問題集に取り組みましたので、今ではどこのページ
に何が書いてあるかまで言えます」
「そう、じゃ一般教養の天才児の230ページに何が書いてあるか言ってみて?」
「はい、230ページには二日酔いの朝の屁はなぜくさいかと尋ねる生物の問題です」
 ムラヤマは手元にある"一般教養の天才児"を開いて確認した。するとナカタニの言う通り、二日酔いの屁のことについて尋ねる問
題が出題されていた。
「すごいね。君、努力したんだ」
 この言葉に気をよくしたナカタニは、すーっと息を吸い込み、勢いよく自分の息をムラヤマに吹きかけた。
「く、クサー。なんだい、この匂いは?まるでウンコを食べたような匂いだぞ」
 ムラヤマはナチスに毒ガス攻撃を受けたように、目をしばだたせ、むせ返り、その場に嘔吐した。それを見てナカタニは勝ち誇った
ように言った。
「すごいでしょ。あまりの努力に胃には潰瘍が167個あり、口内炎はアンドロメダ星雲のようにトグロをまいています。この間、キャバク
ラに行って、この息をキャバ嬢に吐きかけたら、"アフター付き合うから、もうやめて"と言われました」
 これを聞いたムラヤマは、人はこんなに相手を軽蔑できるのかといったまなざしでひとこと言った。
「クズだね」
 さすがにナカタニは激怒した。
「な、な、な、何がクズなんですか。僕は人ができないような努力をしているんですよ。それがなぜクズなんですかっ」
 静かにムラヤマが答える。
「それでは聞くけど、それで筆記試験は通ったの?」
 くやしそうにナカタニが答える。
「いえ、まるっきり」
「そうでしょ。だって全く間違っているんだもん」
 ムラヤマはさすがにちょっとかわいそうだなー、と思い始めていた。
「先生、僕の何が間違っていたと言うんですか?ぜひ教えてください」
「分かった。じゃ、説明するね」
 ムラヤマは取り出した紙に、ペンでグラフのようなものを書き出した。
「筆記試験の問題というのはね、試験の半年前にそれを作成する人が選出されるんだよ。これを筆記試験委員と言うんだけど、だい
たいどの会社でも、仕事はぜんぜんできないんだけど、やたらこういうのが好きな人が選ばれるんだよね。さて、その選ばれた委員は
その時からどういう問題を作るかを考え出して、実際に作るのは筆記試験の3か月前あたり。君、これがどういう意味か分かる?」
ムラヤマはナカタニに質問した。
「それって、問題は筆記試験の3か月前からの情報からしか出題されないって意味ですか?」
「大正解。君はバカじゃないんじゃーん」
 ムラヤマはノリノリになって、パラパラを踊り出した。
「筆記試験といーうのはー」ムラヤマは上着を脱ぎ出した。「過去に答えはなーいの。だから過去の問題ばっかり集めた問題集なんて
解いても意味なーし。」ムラヤマの汚いチクビがあらわになった。「それでもみんながでだでたって言うのは、確率的には2割くらいなの
に、そう思い込んじゃうからなんだよね。」ムラヤマはチクビをいじくりながら「こういうのをドップラー効果というんだよ」と言った。ムラヤ
マは絶好調であった。
「先生、それじゃ、筆記試験は勉強しても意味がないということなんですか?結局アタマがいい奴しか受からないということなのですか?」
 ナカタニのこの質問でムラヤマは正気に戻った。上着をピッチリ着なおして、ひとこと言った。
「そんなことはないです」
「じゃ、どうしたらいいか教えてください」
 ナカタニはまた泣きそうになった。目やにやよだれをぬぐったナカタニの白いハンカチはまっ黄色になった。幸せの黄色いハンカチ
のようだ。
「筆記試験はね、自分で受けて強くなるしかないのだよ。つまりね、本番の試験を受けて、分からなかった問題を覚えてきて、答えを調
べる。解き方がどうしても分からなかった問題を覚えてきて、その解き方を調べるこうやって強くなるしかないんだよ」
「だけど、先生」ナカタニが質問する。「それじゃ、試験に強くなったところで終わりですよね。つまり、一生懸命努力して試験に強くなっ
ても、その年には合格できないってことですか?」
「その通り」ムラヤマはきっぱり言った。
「先生―」ナカタニはいぶかしそうに、「それじゃ意味ないじゃないですか。就職浪人しろってことですか」
 ムラヤマは独特の軽蔑の表情でナカタニを睨んだ。
「だから秘策があるのだよ」ムラヤマは続けた。
「ポイントは大学2年生の時から受けるということです。マスコミの試験というのは大学3年生の時から受けるものだけど、これを一年早
めて2年の時から受ける。こうすれば、2年の時にやった試行錯誤を生かすカタチで3年次の試験が受けられるのだ」
 ムラヤマが言い終わるやいなや、ナカタニは質問した。
「そんなことしたらばれるにきまっているでしょ?」
 ナカタニは"何言ってるんだ、おっさん"という表情で言った。
「それでは質問です」ムラヤマが言った。「君が3年生で試験を受けた時に、成績証明書や卒業見込み証明書を提出しましたか?」
「あっ!」ナカタニは感嘆音をあげた。ムラヤマが続ける。
「大学の成績証明書や卒業見込み証明書は大学3年生の3月末をもって発行されるんですよ。ところが最近のマスコミ試験は早いから
これよりも先に行われている。だから成績証明書や卒業見込み証明書など確認しないで試験は行われるのです」
 ナカタニは熱烈な宗教徒が改心した時のように話し始めた。
「そーかぁー。3年の時に確認しないなら、それを2年の時にやっても大丈夫なんだ。な、な、なんでこんなことに気づかなかったんだろう
っっっっ」
 ナカタニはうなだれてしまった。そして改めてムラヤマをみつめた。
「先生、先生はすごい。さすがカリスマです。なんでもっと早く先生にお願いにあがらなかったんだろう」
 ナカタニのまなざしは尊敬のそれに変わっていた。そして言った。
「先生、最後に面接もご教授ください」
 ムラヤマは言った。
「君の面接の仕方をはーなーしてみーたまーへ」
(つづく)


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