投稿日：2008-08-03 Sun
土日で特に記事のネタもないので、つなぎ企画。今回は、住居訪問販売で締結した売買契約をクーリングオフして、支払済み代金の返還等を求める場合の訴状記載例。どちらかというと、クーリングオフして支払済み代金の返還を求める攻撃型訴訟より、販売業者からの代金支払請求（またはクレジット会社からの立替金請求）に応訴する防御型訴訟の方が多いと思いますので、答弁書の書き方の方が役に立つような気もしますが、それはまたいずれ。
【事案】
・平成２０年○月１日、住居訪問販売で、原告が被告から浄水器を代金１２万円で購入する契約を締結。その際に交付された契約書面には、一部の法定記載事項について記載がない等の不備がある。
・平成２０年○月３日、代金１２万円を支払う。
・平成２０年○月１５日、内容証明郵便でクーリングオフの意思表示を発信。
---------------------------------------------------------------------
（収入印紙） 訴状
平成○年○月○日
○○簡易裁判所 御中原告 ○ ○ ○ ○（印）
〒000-0000 ○○県○○市○○○○○○○○（送達場所）
原 告 ○ ○ ○ ○
ＴＥＬ 000−000−0000
ＦＡＸ 000−000−0000
〒000-0000 ○○県○○市○○○○○○○○〒000-0000 ○○県○○市○○○○○○○○（送達場所）
原 告 ○ ○ ○ ○
ＴＥＬ 000−000−0000
ＦＡＸ 000−000−0000
被 告 株式会社○○○○
代表者代表取締役 ○ ○ ○ ○
代表者代表取締役 ○ ○ ○ ○
原状回復請求事件
訴訟物の価額 金１２万円
貼用印紙額 金２０００円
第１ 請求の趣旨
１ 被告は，原告に対し，金１２万円及びこれに対する平成２０年○月３日から支払済みまで年６分の割合による金員を支払え。
２ 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決並びに仮執行の宣言を求める。
第２ 請求の原因
１ 訪問販売での売買契約の締結
平成２０年○月１日，被告の従業員である訴外○○が原告の自宅を訪問し，浄水器の購入を勧誘したことにより，同日，同所において，原告は，被告から，下記商品を代金１２万円で買った（以下，「本件売買契約」という。）（甲第１号証）。
商品名 浄水器
商標 ○○
製造者名 ××
商品の型式・種類 △△
商品の数量 １台
２ 代金の支払
平成２０年○月３日，原告は，被告に対し，本件売買契約に基づく代金支払債務の履行として，金１２万円を支払った（甲第２号証）。
３ 訪問販売におけるクーリングオフ権及び被告の商人性
（１）本件売買契約締結当時，被告は浄水器の販売等を業とする株式会社であった。
（２）本件売買契約が締結された場所である原告の自宅は，被告の営業所等（特定商取引に関する法律施行規則１条）ではない。
（３）浄水器は，特定商取引に関する法律施行令別表第一の四十三「浴槽、台所流し、便器、浄化槽、焼却炉その他の衛生用の器具又は設備並びにこれらの部品及び附属品」に該当する指定商品である。
（４）したがって，本件売買契約は，特定商取引に関する法律（以下，「特定商取引法」という。）上の「訪問販売」に関する規制を受け，原告は，特定商取引法９条１項により，被告が原告に対して特定商取引法５条所定の書面を交付した日から起算して８日の間，本件売買契約を解除（クーリングオフ）することができる。
４ 契約書面の不備
（１）特定商取引法５条所定の書面には，特定商取引法４条各号・特定商取引法施行規則３条ないし６条に定める事項について記載しなければならないところ，本件売買契約締結の際に被告が原告に交付した書面には，・・・の記載がない（甲第１号証）。
（２）したがって，本件売買契約締結の際に被告が原告に交付した書面は特定商取引法５条所定の書面といえるものではなく，当該書面の交付によってはクーリングオフ期間は制限されない。
５ クーリングオフの意思表示
平成２０年○月１５日，原告は，被告に対し，同日付け内容証明郵便により，本件売買契約を解除するとの意思表示をした（甲第３号証）。
６ まとめ
よって，原告は，被告に対し，本件売買契約の解除に基づく支払済み代金の原状回復請求として金１２万円及びこれに対する代金受領の日である平成２０年○月３日から支払済みまで商事法定利率年６分の割合による利息の支払を求める。
証拠方法 甲第１号証 売買契約書
甲第２号証 領収書
甲第３号証 通知書（内容証明郵便）
附属書類 訴状副本 １通
甲号証写し 各１通
資格証明書 １通
----------------------------------------------------------------------
以下、「請求の原因」についての説明。
まずは実体法の話から。契約を解除して代金返還を請求する場合の法的根拠は、民法５４５条１項本文「当事者の一方がその解除権を行使したときは、各当事者は、その相手方を原状に復させる義務を負う。」です。
解除とは、いったん契約が有効に成立した後に相手方に対する一方的な意思表示によって契約時に遡って契約の効力を失わせることをいいますが、当事者が解除権を行使した場合、契約がなかったのと同様の状態に戻すために当事者双方が原状回復義務を負い、解除前にその契約に基づいて代金等を支払っていた場合には、原状回復として相手方から返還してもらえることになります。
ところで、何の法的根拠もなく一方的に解除できるとすると契約というものが無意味になってしまうので、解除できるのは、法律で「解除」できると定められている場合と、契約で「解除」できるということを定めた場合に限られます（民法５４０条１項参照）。
また、解除権の行使は相手方に対する意思表示によってすることになっています（民法５４０条１項）。そういうわけで、契約を解除して支払済みの代金等の返還を求める場合に主張立証すべき事実は、
（１）、契約の締結。
（２）、（１）に基づく代金等の給付。
（３）、解除権の発生原因事実。
（４）、解除の意思表示。
ということになります。（３）についてはいろいろあるわけですが、今回想定しているのは、住居訪問販売で締結された売買契約の解除（いわゆるクーリングオフ。以下、特定商取引法９条１項に基づく解除を「クーリングオフ」と記載することもあります。）を主張するという事案ですが、大抵の商品等の場合、訪問販売の場合のクーリングオフの法的根拠は、特定商取引法９条１項柱書
「販売業者若しくは役務提供事業者が営業所等以外の場所において指定商品（その販売条件についての交渉が販売業者と購入者との間で相当の期間にわたり行われることが通常の取引の態様である商品として政令で定める指定商品を除く。以下この項において同じ。）若しくは指定権利若しくは指定役務につき売買契約若しくは役務提供契約の申込みを受けた場合若しくは販売業者若しくは役務提供事業者が営業所等において特定顧客から指定商品若しくは指定権利若しくは指定役務につき売買契約若しくは役務提供契約の申込みを受けた場合におけるその申込みをした者又は販売業者若しくは役務提供事業者が営業所等以外の場所において指定商品若しくは指定権利若しくは指定役務につき売買契約若しくは役務提供契約を締結した場合（営業所等において申込みを受け、営業所等以外の場所において売買契約又は役務提供契約を締結した場合を除く。）若しくは販売業者若しくは役務提供事業者が営業所等において特定顧客と指定商品若しくは指定権利若しくは指定役務につき売買契約若しくは役務提供契約を締結した場合におけるその購入者若しくは役務の提供を受ける者（以下この条及び次条において「申込者等」という。）は、次に掲げる場合を除き、書面によりその売買契約若しくは役務提供契約の申込みの撤回又はその売買契約若しくは役務提供契約の解除（以下この条において「申込みの撤回等」という。）を行うことができる。」
で、この条文は４類型を一緒にまとめてあって長いので４分割すると、（なお、「販売業者」「役務提供事業者」をまとめて「販売業者等」、「指定商品」「指定役務」「指定権利」をまとめて「指定商品等」、「売買契約」「役務提供契約」をまとめて「売買契約等」、「購入者」「役務の提供を受ける者」をまとめて「購入者等」とします。）
�“稜箒伴堙�が、営業所等以外の場所において指定商品等（販売条件の交渉が相当期間にわたり行われることが通常の取引の態様である商品として政令で定める指定商品を除く。以下同じ）の売買契約等の申込みを受けた場合におけるその申込みをした者
��販売業者等が、営業所等において特定顧客から指定商品等の売買契約等の申込みを受けた場合におけるその申込みをした者
�Ｈ稜箒伴堙�が、営業所等以外の場所において指定商品等の売買契約等を締結した場合（営業所等において申込みを受け、営業所等以外の場所において売買契約等を締結した場合を除く）におけるその購入者等
�と稜箒伴堙�が、営業所等において特定顧客と指定商品等の売買契約等を締結した場合におけるその購入者等
は、次に掲げる場合を除き、書面によりその売買契約等のクーリングオフを行うことができる、となります。今回想定しているような住居訪問販売で指定商品の売買契約を締結したという場合は��で、��を要件に分割すると、
（３a）売買契約締結の際に売主が販売業者であったこと。
（３b）売主の営業所等以外の場所において契約を締結したこと。
（３c）売買目的物が指定商品（販売条件の交渉が相当期間にわたり行われることが通常の取引の態様である商品として政令で定める指定商品を除く）であること。
ということになります。販売条件の交渉が相当期間にわたり行われることが通常の取引の態様である商品として政令で定める指定商品については、現在は「乗用自動車」が指定されており（特定商取引法施行令４条）、また、解除などの意思表示は相手方に到達したときに効力を生じるのが原則ですが（民法９７条１項）、クーリングオフの意思表示は例外で、クーリングオフの意思表示を発信したときに効力が生じます（特定商取引法９条２項）。
そういうわけで、結局、今回想定しているような、住居訪問販売で指定商品を購入した事案では、
（１）、乗用自動車以外の指定商品の売買契約の締結。
（２）、（１）の契約に基づく代金等の給付。
（３a）、（１）の際に売主が販売業者であったこと。
（３b）、売主の営業所等以外の場所において売買契約を締結したこと。
（４）、（１）の契約のクーリングオフの意思表示を（書面によって）発信したこと。
が、解除に基づく原状回復請求として代金返還請求をするために主張立証すべき請求原因事実になります。なお、（３ｃ）は（１）に含まれることになります。
また、（４）について「書面によって」という要件にカッコを付しているのは、書面によらざるクーリングオフも有効であるとするのが裁判例の大勢（福岡高裁平成６年８月３１日判決・判例時報１５３０号６４頁、判例タイムズ８７２号２８９頁など）だからです。
とはいえ、書面でしなければクーリングオフの効力は生じないという裁判例もありますので、実体法的にもクーリングオフは書面（特に、訴訟になった際に証拠として残るよう内容証明郵便）でするべきですし、訴状の記載としても、書面でクーリングオフの意思表示をした場合は、「書面によって」したことをしっかりと記載すべきです。書面以外でクーリングオフの意思表示をした場合には、「書面によらざるクーリングオフの意思表示も有効である」と主張して争うことになります。
また、契約解除の際の原状回復として金銭を返還するときは、その受領日から利息を付して返還することになっていますので（民法５４５条２項）、附帯請求として利息も請求するときは、（２）について交付日も主張立証すべきことになります。
（ちなみに、金額的には少し少なくなりますが、附帯請求として、民法５４５条２項の利息ではなく、遅延損害金で請求する場合もあります。この場合は、解除に基づく原状回復としての代金返還債務は期限の定めのない債務なので、履行遅滞の要件として「履行の請求をしたこと」（催告。民法４１２条３項）を主張することになります。）
利息は、原状回復債務が商事債務であれば年６分（商法５１４条）、そうでなければ年５分（民法４０４条）ということになると思いますが、商行為たる契約の解除に基づく原状回復債務は商事性を帯びるというのが判例なので、契約が商行為であることを主張することになります。
商行為になる場合はいくつかありますが、会社の行為は商行為と推定されますので（最高裁平成２０年２月２２日判決・最高裁ＨＰ）、当事者の少なくとも一方が会社である場合には、それを主張するのが簡単です。
また、「利益を得て譲渡する意思をもって有償取得した動産の譲渡を目的とする行為」は商行為になりますので（商法５０１条１号）、その旨を主張するという方法もあります。
以上をふまえた上で、上記（１）〜（４）を記載した例の１つが、上記「訴状記載例」の請求の原因１・２・３（１）（２）・５です。
（なお、１のうち、「被告の従業員である訴外○○が原告の自宅を訪問し，浄水器の購入を勧誘したことにより」というのは、請求原因事実ではなく、「同じ日に被告と浄水器の売買契約を締結した」という事実と相まって、請求原因事実の１つである（３b）に該当する具体的事実（この事案の場合、被告の営業所等ではない原告の自宅で契約を締結したこと）の存在を推認させる事実（「間接事実」といいます。）です。証拠の少ない事案では、事実の立証のためにこういう間接事実を積み重ねていくことが非常に重要です。）
３（３）（４）・４（２）は法適用に関する主張なので記載しなくても問題ないわけですが、記載した方が何を主張したいのかわかりやすくなります。
（なお、３（３）に関して、「浄水器」は特定商取引法施行令別表第一の四十三「浴槽、台所流し、便器、浄化槽、焼却炉その他の衛生用の器具又は設備並びにこれらの部品及び附属品」に該当する特定商取引法上の指定商品というのが実務ですが、割賦販売法上の指定商品を定めている割賦販売法施行令がその別表第一の二十九で「浄水器」と明確に定めているのと比べてやや明確でないため、割賦購入あっせん等の場合は、念のため割賦販売法上のクーリングオフの主張もしておくということもあるようです。）
４（１）は請求原因事実ではないので「請求の原因」として記載しなくても良いわけですが、何故記載してあるかというと、「抗弁」というものが関わってきます。
抗弁とは、請求原因事実と両立し、かつ、原告の請求を成り立たなくするような事実をいいます。例えば、（請求原因事実については全部認めるけど）「代金は既に返還した」という事実があれば、代金返還請求権はいったん発生したものの既に消滅していることになるので、原告の請求は成り立たなくなるわけです。
抗弁もいろいろあるわけですが、訪問販売で締結した契約をクーリングオフして代金返還を求める場合、よく主張されるのは、�〃戚鵑虜櫃貌団蠑�取引法５条の書面（契約書面）を交付し、かつ、��交付日から起算してクーリングオフまでに８日経過した、という抗弁です。
この�´△了�実があると、特定商取引法９条１項１号本文により、８日経過時にクーリングオフ権が消滅しますので、クーリングオフに基づく原状回復請求というのは成り立たなくなるわけです。（以下、この抗弁を「８日経過の抗弁」と表記することにします。）
（なお、ある事実が、原告が主張立証すべき「請求原因事実」になるか、被告が主張立証すべき「抗弁」になるかについては、「ある法的効果の根拠となる条文の適用があることを主張する側が、その条文が規定している要件について主張立証する責任を負う」というのが原則です。要するに、ある条文が適用されれば有利になる側が、その条文の適用を主張するために、その条文が定めている要件について主張立証する責任を負います。
訪問販売による売買契約を解除して原状回復として代金返還請求をする場合、原状回復として代金返還を求める法的根拠が民法５４５条１項、解除権（クーリングオフ権）発生の法的根拠が特定商取引法９条１項柱書なので、その適用を主張する側（この場合、原告）が民法５４５条１項・特定商取引法９条１項柱書に定められている要件について主張立証責任を負い、
上記クーリングオフ権はいったん発生したものの、契約書面交付日から起算してクーリングオフの意思表示が発信されるまでに８日経過しているからクーリングオフ権は既に消滅しており解除の効力が生じない、という主張については、その法的根拠は特定商取引法９条１項１号本文なので、その適用を主張する側（この場合は、被告）が特定商取引法９条１項１号本文に定められている要件について主張立証責任を負うということになります。）
被告が８日経過の抗弁を主張した場合、原告としては、その要件である�，泙燭廊△了�実について「そんな事実はない。契約書面は交付されていない」などと否認するか、８日経過の抗弁の要件である事実と両立し、かつ、８日経過の抗弁の効果を覆すような事実（「再抗弁」といいます。）を主張して争うことになります。
例えば、被告が交付した書面に特定商取引法が定めている事項の記載がないような場合には、８日経過の抗弁の要件の１つである�，砲弔い董◆嵌鏐陲�交付した書面には法定記載事項の記載がない等の不備があるから契約書面とは認められない」と否認して争うことになります。
（ちなみに、８日経過の抗弁に対する再抗弁としては、不実告知または威迫によるクーリングオフ妨害の再抗弁（特定商取引法９条１項１号但書）があり、要件に分割すると、以下の「Ａ１〜Ａ５」または「Ｂ１〜Ｂ５」のようになります。
Ａ１：販売業者がクーリングオフに関し不実を告げたこと。
Ａ２：Ａ１で告げられた不実を、購入者等が真実であると誤認したこと。
Ａ３：Ａ１とＡ２の間に因果関係があること。
Ａ４：契約書面交付日から起算して８日の間にクーリングオフしなかったこと。
Ａ５：Ａ２とＡ４の間に因果関係があること。
Ｂ１：販売業者が威迫したこと。
Ｂ２：購入者等が困惑したこと。
Ｂ３：Ｂ１とＢ２の間に因果関係があること。
Ｂ４：契約書面交付日から起算して８日の間にクーリングオフしなかったこと。
Ｂ５：Ｂ２とＢ４の間に因果関係があること。
Ａ４・Ｂ４は８日経過の抗弁の主張の中に現れますので、原告としては「Ａ１〜Ａ３及びＡ５」または「Ｂ１〜Ｂ３及びＢ５」を主張立証すれば、８日経過の抗弁の効果であるクーリングオフ権消滅という効果が覆されることになります。
なお、ある事実が、被告が主張立証すべき「抗弁」になるか、原告が主張立証すべき「再抗弁」になるかについても、「請求原因事実」になるか「抗弁」になるかという問題と同様に、「ある法的効果の根拠となる条文の適用があることを主張する側が、その条文が規定している要件について主張立証する責任を負う」というのが原則です。）
ところで、多少不備があり契約書面と言えるかどうかはともかくとして、訪問販売業者が契約内容等をある程度記載した書面を購入者等に交付している場合、被告訪問販売側が８日経過の抗弁を主張して争うことがある程度予測できますので、早い段階で争点を明らかにするため、８日経過の抗弁の主張がなされる前から、その要件の１つである�，砲弔い得莵堙�に否認しておくという場合もあります。上記「訴状記載例」の４（１）は、そういう趣旨です。
契約日から起算して８日以内にクーリングオフの意思表示を発信したような事案であれば、被告が８日経過の抗弁を主張する可能性はありませんので、４（１）のような主張の記載は当然不要です。
長くなってきましたので、この辺で。
△ PAGE UP