社説

文字サイズ変更
ブックマーク
Yahoo!ブックマークに登録
はてなブックマークに登録
Buzzurlブックマークに登録
livedoor Clipに登録
この記事を印刷
印刷

社説:視点 赤塚不二夫さん その温かいギャグを受け継げ=論説委員・玉木研二

 亡くなったギャグ漫画家・赤塚不二夫さんは、戦後日本が復興から高度経済成長へ転じたころから、日本人を笑わせ、励ましてきた。「落ち込んだ時、読んで元気が出た」とファンが語るように、活力やある種の解放感を振りまく面白さがそこにある。その意味では、決して「ナンセンス」ではなかった。

 フランスかぶれで、何かと「シェー!」と奇態なポーズで奇声を上げる「おそ松くん」のイヤミ。欧米崇拝への皮肉ともとれ、留飲が下がる。また競争社会になかなか器用に乗れず、つまずく。そんな時「天才バカボン」を開き「これでいいのだ!」でなぐさめられる……。そんな人は多いだろう。

 常に「人を笑わせたい」と考え続けたという赤塚さんだが、その根底にあるのは優しさであり、人間の持つ「おかしみ」に対する愛情ではないか。それが経済至上の「モーレツ社会」だけではなく、今に至るまで人気が衰えないゆえんに違いない。

 赤塚さんは旧満州に生まれ、敗戦で引き揚げ。中学卒業後、工場などで働きながら好きな漫画に打ち込み、56年にデビューする。「もはや戦後ではない」と経済白書が宣した年であることは象徴的だ。気鋭の漫画家たちが集まった東京のアパート「トキワ荘」に加わる。少女漫画からギャグ漫画に新境地を開き、60年代、漫画週刊誌の時代になってそのテンポのよいギャグははまる。後の時代になっても次々とテレビアニメ化され、世代を超えて愛された。

 一方、世の中の「笑い」にも微妙に変化が起きたようだ。80年代の新しい漫才ブームのころから、弱者を執拗(しつよう)にからかって笑いを取るような「嘲笑(ちょうしょう)」「冷笑」の風潮が私たちの社会に現れた。学校の陰湿ないじめも社会問題化する。それは赤塚さんのギャグ漫画が醸し出すおかしみとは全く別種のものだ。その世界では人と人(動物も含めて)のつながりが確かだが、あざける笑いの世界にはそれがあまりに希薄だ。それは、今の格差感や疎外感が重く漂う社会にも共通している。

 今、日本の漫画、アニメ、ゲームなどが「クール(かっこいい)ジャパン」と世界で高く評価されている。その創造性や高品質は日本の長い漫画史の蓄積の上にある。ただ、技術的な発達だけではなく、人間にあくなき愛着を持ち、読む人をどこか励ますものでなければ、長く支持を得続けることは難しい。

 相次ぐ陰惨な事件が人のきずなというものを考えさせる今、赤塚さんの作品と姿勢が示唆するものは大きい。

毎日新聞 2008年8月4日 東京朝刊

社説 アーカイブ一覧

 

おすすめ情報